第54話 「謝罪」と「感謝」
満月と無数の星々が輝く夜空の下。
「女神」が暮らすログハウス近くの湖の畔にある岩の上に、少年・春風と少女・レナが座っている。
傍から見たらなんともうらやま……否、ロマンチックな状況なのだが、
(な、何故だ? 何故、こんな状況になってるんだ!?)
肝心の春風は、ダラダラと滝のように汗を流しながらそう疑問に思っていた。
ふと、チラリとレナを見たが、彼女の表情は悲しそうに沈んでいたので、
(あああああ! なんかすんごい気まずいんですけどぉおおおおお!?)
と、春風は心の中でそう悲鳴をあげた。
するとその時、
「ねぇ、春風」
と、レナがそう口を開いたので、
「は、はいぃ! 何でしょうか!?」
と、春風はビクッとしながらそう返事すると、
「春風が家を出た後、アマテラス様に聞いたんだけど……」
と、レナが沈んだ表情のままそう言った。
それを聞いて、春風が「え?」と首を傾げると、
「春風、向こうに大切な家族や大切な人達がいるんだよね?」
と、レナは顔を下に向けた状態でそう尋ねてきた。
その質問に対して、春風は「あ……」と声をもらした後、
「はい」
と、コクリと頷きながらそう答えると、
「今日、この世界に召喚された『勇者』達の中にも、春風の大切な人達がいるんだよね?」
と、レナが更にそう尋ねてきたので、
「はい」
と、春風は再びコクリと頷きながらそう答えた。
その答えを聞いて、
「……そっか」
と、レナが顔を下に向けたままそうボソリとそう呟くと、
「そして、このルーセンティア王国……ううん、世界の人達が行った『勇者召喚』の所為で、この世界だけでなく春風や勇者達の故郷まで『次元の壁』の材料として消滅することになって、それを阻止する為に、春風、神様と契約して、人間辞めちゃったんだよね?」
と、震えた声でまた更にそう尋ねてきたので、
「……はい」
と、春風はその質問に対して、ゆっくりと頷きながらそう答えた。
その答えを聞いて、
「そう……なんだ」
と、レナは震えた声でそう呟くと、
「ごめんなさい!」
と、春風に向かって土下座しながら謝罪してきたので、
「え!? 何でレナさんが謝ってるんですか!? レナさん何にも悪くないでしょ!?」
と、驚いた春風が大慌てでレナに向かってそう言うと、
「だって、この世界の人達の所為で、春風や勇者達の故郷が大変なことになっちゃって、春風が人間辞めることになっちゃって、挙句春風が勇者達とお別れすることになっちゃって……!」
と、レナは額を岩に擦り付ける感じでそう返事したので、
「い、いや、だからレナさんが謝ることじゃないですって! 俺がこの世界に来ることを選んだのも、オーディン様と契約したのも俺自身の意志な訳ですし……!」
と、春風は焦った様子でそう言いながら、「だから頭を上げて!」と最後にそう付け加えた。
ただ、
(まぁそれも、17年前の時点でそう運命づけられていたみたいだけど……)
とも考えてはいたが、それを口に出すのは違うと思って言うのをやめることにした。
しかし、そんなことを考えていた春風を前に、
「で、でも!」
と、レナはそれでも顔を上げようとしないばかりか、
「春風、勇者達の中に、大好きな人達がいるんでしょ!?」
と、とんでもない質問までもしてきたので、
「うぐ! な、何でそれ聞きますか!?」
と、春風は戸惑いながらそう尋ね返すと、
「わかるもん! だって、春風からその人達の匂いがするんだもん! それも、かなり深そうな関係だってわかるんだもん!」
と、レナにそう答えられてしまった。
その瞬間、春風の脳裏に2人の少女と、1人の女性の姿浮かび上がったので、
「うわぁあああああ! 言わないでぇえええええ!」
と、春風は顔を真っ赤にしながらそう叫んだ後、観念したのか、
「……はい、います。そして事情があったとはいえ、その人達を置いてきてしまったことに罪悪感を覚えてます」
と、ガクリと肩を落としながらそう答えた。
その答えを聞いて、
「そう……だよね」
と、レナは震えた声でそう呟いた。
そしてそんなレナを見て、春風は「ふぅ」とひと息入れると、
「レナさん、ちょっとすみません」
と言って、両手でレナの顔をゆっくりと持ち上げた。
その顔はボロボロと目から出てきた大粒の涙に濡れていたので、
(う、うわぁ凄い顔……)
と、春風はそう考えたが、すぐに首をブンブンと横に振って、
「レナさん、先程も言いましたように、俺がこうなったのは俺自身の意志です。そして、悪いのは『ルール無視の異世界召喚』をやらせた敵の親玉達と、それを実行したルーセンティア王国の人達なんです。だから、そんな連中の為にレナさんが謝ることはありません。というか、寧ろレナさんには感謝してるんですよ」
と、真っ直ぐレナを見つめながらそう言った。
その言葉を聞いて、今度はレナが「え?」と首を傾げると、
「王城で騎士達を相手にしてた時、レナさんが来てくれなかったら、俺は間違いなくやられてました。幾ら『神様』と契約した身とはいえ俺はまだレベル1で自分の力を使いこなせてない状態ですし、『強さ』は向こうが圧倒的に上ですからね」
と、春風は真っ直ぐレナを見つめたままそう話しを続けたので、それにレナが「そ、それは……」と何か言おうとしたが、それを遮るように、
「それだけでも嬉しいですのに、その後レナさんは、俺をヘリアテス様……『本当の神様』と会わせてくれたじゃないですか。そのおかげで『500年前の真実』といったヘリアテス様やこの場にいないループス様の事情を知ることが出来たんですよ」
と、春風は笑顔でそう言うと、
「いやぁ、ホントに助かりましたわ」
と、最後にそう付け加えた。
そんな春風の言葉に、レナが「あ、あの……」と再び何かを言おうとしたが、それよりも先に、
「ですから、レナさん」
と、春風が真面目な表情でそう口を開いたので、それにレナが「は、はい!」と返事すると、春風はレナの顔から手を離し、彼女から少し後に下がると、
「俺を連れ出してくれて、ありがとうございます」
と、深々と頭を下げながらそうお礼を言った。
それを聞いて、レナは「あ……」と声をもらすと、またボロボロと目から大粒の涙を流しながら、
「わ……わだじ……ごそ……わだじを、信じで……ぐれで……ありがとう」
と、春風に向かってそうお礼を返した。
さて、余計な話ではあるが、そんな春風とレナから少し離れた位置にある木の後ろでは、
「あらあらぁ、いい感じねぇ」
と、アマテラスが2人を見てニヤニヤし、
「うぅ、れ、レナぁ……」
と、ヘリアテスが目をウルウルとさせながら、何やら悔しそう(?)な感じの表情になっていた。




