第38話 森の中を進んで
ルーセンティア王国王都からかなり離れたところにある森。
その森の中を、今、春風とレナは進んでいた。
森の中は昼間だというのに薄暗く、今にも近くの木の後ろから何かが飛び出てくるのではないからと思うくらい不気味な雰囲気を出していて、1歩1歩進むごとにその雰囲気が増していくのを感じた春風は、
(一体、何処まで進んでいくんだろう?)
と、内心不安になったが、
「この世界の、本当の神様に会わせてあげる」
と言ったレナの言葉に嘘偽りを感じなかったので、春風はすぐに首をブンブンと横に振ると、目の前を歩いているレナの後を追った。
(まぁ、『神眼』にも反応はなかったしね)
その時だ。
ーーグゥウウウウウ。
「うっ!」
突然の音に春風がそう呻いたので、
「え!? な、何今の音!?」
と、驚いたレナは思わず立ち止まって周りをキョロキョロし出すと、
「す、すみませんレナさん」
と、春風が気まずそうにそう謝罪してきたので、
「ど、どうしたの春風?」
と、レナが恐る恐るそう尋ねると、
「今の音……俺が原因です」
と、春風は気まずそうに自分のお腹を摩りながらそう答えたので、
「あぁ、そういうことか」
と、レナは盛大に頬を引き攣らせ、春風は恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
そう、先程の音は、春風のお腹からだったのだ。何故なら、「勇者召喚」こと「ルールを無視した異世界召喚」が行われたその時、春風……というより、春風と爽子、そしてクラスメイト達はお昼ご飯の直前だったのだ。それ故に、
(お、お腹すいたぁ)
と、春風のお腹が空腹を訴えてきたのだ。
そんな春風を見て、
「だ、大丈夫、春風……?」
と、レナが尋ねようとした、まさにその時……。
ーーグゥウウウウウ。
「あ……」
なんとレナのお腹も鳴り出したので、レナも春風と同じように顔を真っ赤にした。
そんなレナを見て、
(あ、これもしかしてヤバいんじゃ?)
と考えた春風は、
「あ、そうだ」
と、思い出したかのように上着のポケットに手を入れると、
「あった!」
そこから2つの紙に包まれた飴玉を取り出して、
「あの、これ食べますか?」
と、そのうちの1つをレナに差し出した。
それを見て、
「な、何それ?」
と、レナが再び恐る恐る尋ねてきたので、
「え? 何って、飴玉ですけど、見たことないんですか?」
と、春風は「おや?」と言わんばかりに首を傾げた。
その質問を聞いて、
「あ……あめだま?」
と、レナは本気で「わからない」と言わんばかりに首を傾げたので、
「えーっと、お菓子の一種なんですけど……」
と、春風はそう説明しようとしたが、レナは「ますますわからん!」と言わんばかりの表情をし出した。
そんなレナの様子を見て、春風は「えーっと……」と話を続けようとしたが、再び「グゥ」とお腹が鳴り出したので、
(ああ、もう面倒だ!)
と考えると、春風は飴玉の1つを手に取り、包み紙を剥がした。
出てきたのは綺麗なオレンジ色の飴玉だったので、
「あ、綺麗……」
と、レナがそう感想を言うと、春風はそのオレンジ色の飴玉をパクッと口の中に入れた。
「え!? ちょっと!」
と、驚くレナを前に、春風は「ん……」ともう1つの飴玉を差し出す。
レナは「う……」と躊躇ったが、やがて覚悟を決めたのか、ソーッとその飴玉を受け取ると、春風と同じように包み紙を剥がして、そこから出てきたオレンジ色の飴玉を、春風と同じようにパクッと口の中に入れた。
その結果、
「あ、甘い! でも、固い!」
と、レナは再びそう感想を言ったので、それを見た春風は「ふふ」と笑うと、
「最初は固いですから、口の中でコロコロ転がしながら溶かすんです。で、ある程度溶けたら噛み砕けるようになれますから」
と、口の中で飴玉を転がしながら、レナに向かってそう説明した。
そして、その言葉に従うかのように、レナも口の中で飴玉を転がす。
余程美味しかったのか、レナの表情が笑顔になり、
「ありがとう」
と、レナは春風に向かってお礼を言った。
そんな彼女を見て、
(よ、よかった)
と、春風はホッと胸を撫で下ろすと……。
ーーフーちゃん!
ーー春風君!
(はっ!)
不意にルーセンティア王国に置いてきた、大切な2人の少女の顔が浮かび上がったので、
(ち、違う違う違う! これは、断じて浮気ではない!)
と、春風は首をブンブンと横に振りながら、自分自身にそう言い聞かせた。
因みに、それを見たレナは「ん?」と首を傾げていた。
それから少しして、2人は再び森の中を歩き出した。
一体何処まで進むのだろうと春風が再び不安そうな表情になると、
「着いたよ」
と、レナがその場に立ち止まりながらそう言ったので、春風も「え?」と立ち止まった。
そこは森の中なのは変わらないがかなり開けた場所で、ふと上を見上げると、まだ昼の青空が広がっていた。
「あの、ここって一体……?」
と、春風がレナにそう尋ねようとすると、レナは数歩程前に出て、
「おーい、みんなぁ! 出てきてぇ!」
と、何もないところに向かってそう叫んだので、春風は思わずギョッとなった。
すると次の瞬間、レナの前方に、赤、青、オレンジ、緑色をした、大小様々な光の粒が集まり出したので、
「え、何!? 何ですか!?」
と、再びギョッとなった春風がそう尋ねると、レナは春風の方を振り向きながら、
「安心して春風。この子達は『精霊』。私の『友達』で、『家族』の一員なんだ」
と、笑顔でそう答えた。
その答えを聞いて、
「へ、へぇ、そうなんですか……」
と、春風がそう呟くと、レナはその光の粒……否、精霊達に向かって、
「お母さんのところまでの道をお願い」
と、頼み込んだ。
すると、そのお願いを受け入れたのか、精霊達はレナから少し離れると、それぞれ強く輝き出した。
そして次の瞬間、春風とレナの前に、白い扉が現れた。
見た目は何処にでもありそうな普通の扉なのだが、何処か神聖なものを感じたのか、春風は緊張のあまりゴクリと唾を飲んだ。
そんな春風を前に、
「ありがとう」
レナは精霊達にお礼を言いながら扉のノブを握ると、それをガチャリと回して、ゆっくりと扉を開けた。
そして、
「さ、こっちだよ」
と、レナはそう言うと、扉の向こうへと進み出したので、
「ま、待ってください!」
と、それを見た春風は大慌てで彼女の後を追うように扉を潜った。
その後、扉は光の粒子となって消滅し、あとには何も残らなかった。




