第32話 「お守り」
今から1年前。
それは、春風が今の高校に入学したばかりのことだった。
「春風。水音。高校入学、おめでとう」
と、春風ともう1人の少年・水音に向かってそう言ったのは、ショートヘアがよく似合う20代前半くらいの女性。そんな彼女に向かって、
「「ありがとうございます、師匠」」
と、春風と水音はそうお礼を言った。
その後、
「はい、これは私からの入学祝いよ」
と、そう言って「師匠」と呼ばれた女性が2人に差し出したのは、2つの木製の箱だった。
春風と水音は「何が入ってるんだろう?」とその箱を開けてみると、
「ん? 師匠、これって……?」
と、中に入ってたものを見て、春風がそう尋ねてきたので、
「私が作った特製の『お守り』よ。これが、あなた達を守ってくれるわ」
と、「師匠」と呼ばれた女性はニコッと笑ってそう答えた。
そして、1年が過ぎた現在。異世界「エルード」にて、
「ふ、ふざけるなぁあああああああっ!」
『っ!』
1人の「騎士」を思わせる鎧を纏った青年が、春風に向かって突撃してきた。
しかも、腰に下げた剣を鞘から引き抜きながら、だ。
その瞬間、
「ゆ、雪村!」
と、咄嗟に春風を庇うように爽子は前に出る。
しかし、
「うおおおおお!」
青年騎士は止まることなく、寧ろ爽子を斬り殺す勢いで、握り締めた剣を振り上げたので、
(駄目だ!)
「先生!」
ーードン!
「な!?」
春風はすぐに爽子を横へと突き飛ばして青年騎士の前に立つと、上着の内ポケットに入れてた、「師匠」と呼んだ女性に貰った「お守り」を取り出し、防御するかのようにそれを前に突き出した。
その瞬間、春風に向かって振り下ろされた青年騎士の剣と、それを防御しようと突き出した春風の「お守り」にぶつかって、「ガキィン!」という音が謁見の間に響き渡った。
「何!?」
突然のことに驚く青年騎士。
それと同時に、
(しめた!)
彼の勢いが弱くなったのに気付いた春風は、
「うりゃあ!」
と、1歩前に出ながら、青年騎士を押し返した。
「ぐあ!」
青年騎士はバランスを崩して後ろに倒れそうになったが、どうにかその場に踏ん張った。
その後、
「な、何だ? 貴様、今、何を……!?」
と、青年騎士が春風の手に持っている「お守り」に視線を移すと、
「な、扇!? 扇だと!?」
と、大きく目を見開きながら驚いたので、
『な、何ぃ!?』
『ええっ!?』
と、そこで漸くハッとなったウィルフレッド達や爽子とクラスメイト達も、彼に続くように目を大きく見開いたが、
「あの形状……あれは……」
ただ1人、煌良だけは、春風が手に持っている「お守り」……否、閉じた状態の黒い扇を見て、ボソリとそう呟いた。
そして、
「あ、師匠の……」
「「マリーさんのお守り」」
水音と、春風の大切な人達である2人の少女も、大きく目を見開きながらそう言った。
一方、春風はというと、
(ありがとうございます師匠。こいつのおかげで、俺も先生も助かりました)
と、チラリと手に持っている「お守り」こと黒い扇を見つつ、目の前にいる青年騎士を睨みながら、心の中でこの場にいない「師匠」にお礼を言った。
その後、
「お、おのれぇえええええええ!」
と、青年騎士は激昂しながら、再び春風に向かって突撃してきたので、
「……は! や、やめよ!」
と、ウィルフレッドは止めに入ったが、青年騎士の耳には届かず、
「死ねぇえええええ!」
と、再び春風に向かって剣を振り下ろそうとしたので、
「……は。嫌だね」
と、春風は静かにそう言うと、両手でグッと扇を握り締めて、
「うおおおおお!」
と、青年騎士の剣目掛けて、それを思いっきり振るった。
すると、「バキィン!」と先程以上に大きな音を立てて……青年騎士の剣が、真っ二つに折れた。
それを見て、
「な!」
『何ぃいいいいいいい!?』
青年騎士だけでなくウィルフレッドや爽子とクラスメイト達、そしてその他大勢の人達は再び驚きに満ちた叫びをあげて、
(うっそぉ! 折れたぁ!?)
春風の方も、目の前起きたことに目を大きく見開いたが、
「……じゃなくて!」
と、すぐにハッとなって、
「ごめん!」
と、目の前の呆けている青年騎士に向かってそう謝罪しながら、
「えい!」
ーーズゴン!
彼に向かって、渾身の飛び蹴りをかました。
「ぐほぉ!」
その攻撃をまともにくらった青年騎士は、思いっきり後ろへと吹っ飛ばされると、
「がはぁ!」
背後の壁に激突した。
それを見て、
(しまった! 今の俺人間じゃないから……!)
と、春風は「やっちまったか!?」と言わんばかりに、倒れ伏した青年騎士をジーッと見つめると、
「う……ご……あ……」
と、相手は全身をピクピクとさせながらそう呻いていたので、
「よ、よかった、死んでない」
と、春風はそう呟きながら、ホッと胸を撫で下ろした。
その後、
(しかし、思ったより体が軽いし、今の蹴りも凄いキレがあった。これが、『神の分身』の体と、『スキル』の恩恵ってやつか……)
と、春風は片方の拳をグッとさせながらそう呟き、次に、
(そして、師匠に貰ったこの『お守り』。剣を真っ二つにするなんて、一体何で出来てるんだ?)
と、もう片方の手に持っている扇を見てそう疑問に思っていると、
『え、エヴァン!』
(……ん?)
倒れ伏した青年騎士のもとに他の若い騎士達が集まったので、
(へぇ、あの人『エヴァン』っていうのか。なんかカッコいい名前……)
と、春風がそう感心ていると、
「き、貴様ぁ!」
「よくもエヴァンを!」
(……え?)
なんと、他の若い騎士達も、春風を睨みながら剣を構え出したので、
「ちょ、ちょっと……!」
と、春風はそれを見て驚いた後、
「ウィルフレッド陛下! 早く、ここを出て行く許可をください!」
と、すぐにウィルフレッドに向かってそう言ったが、
「え……あ……」
と、ウィルフレッドはそう呻きながら呆然としているだけだったので、
「へ、陛下ぁあああああ! しっかりしてくださいいいいい!」
と、春風は大慌てでウィルフレッドに向かってそう叫んだ。
だが、時既に遅かったようで、
『貴様ぁ、逃さんぞ!』
と、若い騎士達がそれぞれ剣を構えながら、春風に向かってそう怒声を浴びせてきたので、
「……あああ、もう!」
と、春風は「もうどうにでもなれ!」と言わんばかりにそう叫ぶと、グッと握り締めた扇を構えながら、
「上等だよ。怪我しても文句言わない奴から……かかって来いやぁ!」
と、今にも春風に突撃しようとしている若い騎士達に向かってそう言い放った。




