第28話 春風、動く
さて、話を始める前に、最初に言っておくことがある。
雪村春風。
本名、光国春風、17歳。
彼は他人、特に男子・男性に対して、とあるコンプレックスを抱いている。
「ちょっと、幾つか質問したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
と、かけていた眼鏡を外しながら、ウィルフレッドに向かってそう言った春風。
そんな春風を前に、肝心のウィルフレッドはというと、
「……」
と、眼鏡を外した状態の春風の素顔を見て、目を大きく見開いていた。よく見ると、彼の頬が少し赤くなっていた。
いや、ウィルフレッドだけではない。彼の家族である王妃マーガレットと、娘である2人の王女、クラリッサとその妹イヴリーヌ、更に五神教会教主のジェフリーとその他周囲の人達も、皆、春風の素顔を見て呆然としていて、特にクラリッサに至っては若干悔しそうに顔を少し歪めていて、妹のイヴリーヌに至っては何故か頬を赤く染めていた。
そんなウィルフレッド達を見て、
「あのぉ……」
と春風は声をかけたが、皆、呆然とするだけで返事はなく、それどころか春風の周囲も静かになっていたので、おかしいなと思って周りを見回すと、
「……あれ? 先生? 皆さん? どうしたんですか?」
と呟いたように、爽子やクラスメイト達、そしてその他大勢の人達も、皆、春風の素顔を見て呆然としていた。特に春風の大切な人達である3人の少年少女達は、皆、イヴリーヌと同じように頬を真っ赤にしていたので、
「あ、あのぉ……」
と、春風がそう口を開くと、
「……は! す、すまない、ついボーッとなってしまった!」
と、漸く春風の声に気付いたウィルフレッドが、大慌てで春風に向かってそう謝罪したので、
「い、いえ、お気になさらず……」
と、春風は少し恥ずかしそうな表情でそう返事した。
その後、
「え、ええっと、其方は?」
と、ウィルフレッドから名前を尋ねられたので、
「あぁ、申し訳ありません。名乗るのが遅れましたが、自分は雪村春風と申します」
と、春風はウィルフレッドに向かって謝罪しつつ、そう自己紹介した。
その自己紹介を聞いて、ウィルフレッドは気持ちを切り替えようとして「コホン」と咳き込むと、
「ああ、その……春風殿……で、いいだろうか?」
と、尋ねてきたので、それに春風が「はい」と返事すると、
「そ、其方は私に何か聞きたいことがあるみたいだが、申し訳ないが、私も其方に聞きたいことがあってな……」
と、ウィルフレッドは少し気まずそうな感じでそう言ったので、それを聞いた春風は「え?」と首を傾げたが、
「ああ、それでしたら、ウィルフレッド陛下からでいいですよ。自分はその後で構いませんので」
と、その後すぐに穏やかな笑みを浮かべながらそう言ったので、
「そ、そうか。では……」
と、ウィルフレッドはそう呟くと、
「その……春風殿。其方……性別はどちらになるのだ?」
と、今度はかなり気まずそうにそう尋ねてきたので、その質問を聞いた春風はピキッと反応しながらも、
「ああ、申し訳ありません。自分は、顔はこんなですが、この格好の通り、れっきとした『男』ですよ」
と、穏やかな笑みを浮かべたままそう答えた。
ただ、最後の方は語気が強めだったが。
その答えを聞いて、ウィルフレッドの周りから「ええ!?」と驚きに満ちた声があがり、
「そ、そうか……男……なのだな」
と、ウィルフレッドは安心したような、ちょっと残念に感じたような、かなり複雑そうな表情を浮かべた。
そんなウィルフレッド達を見て、
(ああ、ちくしょう。やっぱこんな顔晒すべきじゃなかったかなぁ……)
と、春風は眼鏡を外したことを少し後悔した。
さて、長くなってしまったが、最初に語ったことをもう一度語ろう。
雪村春風、本名、光国春風、17歳。彼は男子・男性に対して、とあるコンプレックスを抱いている。
それは、自分の顔だ。
春風自身の性別は「男」だ。実際、彼のステータスにもそう表記されている。
しかし、彼のその顔は、彼のこと知らない人から見るとどう見ても「女の子」で、それも「華恋な美少女」と呼べるくらい美しかった。
まぁとにかく、春風はこの「美少女」のような顔立ちの所為で、幼い頃から嫌な思いをしてきたのだ。
その為に、顔のことで時折不貞腐れたこともあったりしたが、それでも今日まで真っ直ぐここまで育ったのは、今は亡き春風の両親は勿論、現在の「家族」である涼司や、春風が「師匠」と呼ぶ人物に、大切な人達である3人の少年少女達、そして、春風が今日まで出会ってきた多くの人達が、そんな春風のことを受け入れ、愛してくれたからだ。
ただ、高校生になった今も、春風はこの顔が好きではなく、成長すれば多少は男っぽくなれるだろうと期待してたが、どういう訳か成長するほど余計に女っぽさに磨きがかかっていて、その所為で彼は様々な厄介ごとに巻き込まれたことが多々あった。
それ故に、春風は普段の生活ではあまり目立たないように、度が入ってない伊達眼鏡をかけ、必要時以外はなるべく周りから距離をおくようになったのだ。
しかし現在、春風はそれをやめたかのように伊達眼鏡を外し、ウィルフレッドを含めた周囲の人達に自身の素顔を晒した。
それは、これから春風がやろうとしていることに対して、誰にも邪魔をさせないようにする為である。
ただ、最初は大人しくなってくれればいいと思ってはいたが、周りの反応が自分の予想以上だったので、
(うーん。これも、オーディン様との契約……俺があの方の分身になったのが影響してるのかな?)
と、春風はタラリと汗を流しながらそう疑問に思ったが、
(いやいやいや! 今はそんなことを考えている場合じゃない!)
と、考えるのをやめようと首をブンブンと横に振った。
その後、
「そ、それで春風殿。私に聞きたいこととは何であろうか?」
と、ウィルフレッドがそう尋ねてきたので、春風は「よし!」と小さくそう呟きながら気持ちを切り替えると、
「ウィルフレッド陛下。あなた方の事情や、この世界の現状については理解出来ましたが、無礼を承知のうえで、陛下にお尋ねしたいことがあります」
と、真剣な表情で真っ直ぐウィルフレッドを見てそう言った。
その言葉を聞いて、ウィルフレッドが「な、何だろうか?」と返事すると、
「今回、俺達をこの世界に召喚した時に用いた『勇者召喚』について、幾つか質問したいのです」
と、春風は更に真剣な表情で、ウィルフレッドに向かってそう言った。




