第246話 「スカーレット」、再び
今回はいつもより短めの話になります。
グラシアの過去の話を聞いて、春風は思う。
(断罪官。そして、その大隊長ギデオン・シンクレア。あの人達との対決は、避けて通ることは出来ない)
と、そう思った春風は悩む。
(だけど、もしそうなった時、果たして俺は……いや、俺とレナ、そしてもう1人の『悪魔』はあの人達に勝てるのか?)
と、そう悩んだ後、春風は考える。
(それに、あのギデオンって人が持ってたあの剣。あれを見た時、凄く危険なものを感じた。一体、あれは……)
そして、考えた末に、
(……駄目だ。考えれば考えるほど不安になってしまう。こんなんで、本当に俺達は勝てるのか?)
と、春風は再びそう悩んだが、その後すぐにハッとなって首を左右に振って、
(いや、『勝てるのか?』じゃない。『勝たなきゃいけない』だ。何故なら、今の俺には守りたい『大切なもの』があるし、『生きる』と決めた『理由』もある。だから……)
と、考えた後、
「絶対に……勝つんだ」
と、静かにそう決意した。
その時だ。
「スカーレットちゃん! こっちもお願い!」
という声がしたので、
「あ、はーい! わかりました!」
と、春風……否、「スカーレット」は気持ちを切り替えたかのように笑顔でそう返事した。
時は夜。場所は中立都市フロントラル内商業区、歓楽通りにある一軒の店。
そこは、幾つもある「大人向け」の店の1つで、店主のナンシーの指示のもと、少々派手なドレス姿の女性従業員達が、今日も店を訪れたお客をもてなしていた。
当然、その女性従業員の中には、真っ赤なドレス姿の従業員「スカーレット」こと、女装した少年・雪村春風の姿もあった。
そんな春風はというと、
「いらっしゃいませ!」
「ご注文はお決まりでしょうか?」
と、「男」でありながらドレス姿というとんでもない格好をしつつも、店を訪れたお客さんを相手に笑顔で接客していたが、その心の中では、
(ああ、もう! 二度とこの姿になることはないって思ってたのにぃ!)
と、思いっきり自身の現状を嘆いていた。
春風……いや、正確に言えば「スカーレット」への依頼。
それは勿論、ナンシーの店の手伝いだった。
何でこんな状況になっているのかというと、実は、春風が初めて「スカーレット」として店を手伝ったあの夜の後、
「あの子は一体誰だ!?」
「スッゲェ可愛かった!」
「ああ、またあの子接客されたい!」
「お、俺もだ!」
などと、事情を知らない一部の男性客が、それぞれ「スカーレット」こと女装した春風に対して、かなり興奮気味にそう言ったので、
(こ、これは……思った以上に凄い人気だねぇ)
と、そのことにナンシーは「うーん」と深く考え込むと、
「よし! あの子には悪いが、もう一回手伝ってもらおう!」
と、春風にもう一度「スカーレット」になってもらおうと考え、ギルド総本部を通して春風に「指名依頼」することにした。
因みに、そのことを店の全女性従業員達に伝えると、
『大賛成!』
と、そう言って彼女達はグッと親指を立てた。
そんなわけで今、ナンシーからの「指名依頼」を受けた春風は、再び真っ赤なドレス姿の女性従業員「スカーレット」として、ナンシーの店の手伝いをしている。
そんな現在の状況に、
「うぅ。こんなことしてる場合じゃないのに……」
と、今にも泣き出しそうな表情でそうぼやく春風だが、
「まぁまぁ春風。引き受けたからには、しっかり最後までやり遂げようね。私も一緒に頑張るから」
と、仕事を手伝っていたレナにそう励まされたので、
「あはは。レナ、ありがとう」
と、春風は乾いた笑い声をこぼしながらそう返事した。
ただ、目は笑ってなかったが。
まぁとにかく、そんな感じで働く春風に、
「スカーレットちゃん、こっちお願い!」
と、女性従業員の1人がそう声をかけてきたので、それに春風が「はーい!」と返事すると、
「……い、いらっしゃいませ」
と、とあるお客を前に盛大に頬を引き攣らせた。
そのお客というのが、
「やぁこんばんは」
ハンターギルド総本部長のフレデリックと、
「あらあら、随分と可愛らしいお姿ね」
中立都市フロントラル市長のオードリーと、
「やぁ、久しぶりだねスカーレットさん」
レギオン「黄金の両手」リーダーのタイラーと、
「久しぶり」
その助手のアーデと、
「おお! ドレス姿似合ってるじゃないか!」
レギオン「紅蓮の猛牛」リーダーのヴァレリーと、
「「……」」
そのメンバーにして春風とレナのパーティメンバーである双子の兄妹、ディックとフィオナと、
「や、やぁ……」
「よ、よう」
「ど、どうも……」
「こ、こんばんは……」
先輩ハンターである、エリック、イアン、ステラ、ルーシーだった。
まさかの知り合い達だったので、
(……おお、『地球の神々』よ。私は一体何の『試練』を受けているのですか?)
と、春風は心の中で、この場にいない「地球の神々」に向かってそう尋ねた。
その際何処かから、
『いや、誤解! 誤解だから! 我々なんにもしてないよ!』
と、そんな複数の叫び声が聞こえた気がしたが、春風はそれをスルーすることにした。
まぁそれはさておき、
(う、うーん。この人達を相手に、俺どこまで出来るんだ!?)
と、目の前にいる「お客様」達を見て、春風がタラリと汗をながした、まさにその時、
……きぃ。
と、店の扉がそう音を立てながら、ゆっくりと開かれたので、
(ん? また新しいお客さんかな……?)
と、その音を聞いた春風がふと扉の方へと視線を向けると、
「……あ」
「こ、こんばんは」
「「……」」
そこにいたのは、「白い風見鶏」の新たな宿泊客である、ショートヘアの女性と三つ編みの少女、そして、幼い少年の3人だった。




