第240話 「グラシア・ブルーム」という女・「終焉の時」来たる
今回は、残酷な表現があります。
時は少し遡る。
「断罪官」に関わらないように生きると決めたグラシアは、それから長い間、「ハンター」として様々な仕事をこなしながら、世界各地をまわる日々を送っていた。
あるところでは凶暴な魔物を倒し、あるところでは旅人を襲う盗賊団と戦い、またあるところでは高い身分の人間の不正を調査したりなど、そんな風に活躍していったが、同時に誰にも心を開くことはなく、常に1人で行動していたので、いつしか周囲からは孤高の存在として注目されていた。
本当は、ただ単に「断罪官」から逃げ回っていただけじゃなく、自分の所為で誰かが傷付き、最悪死んでしまうのが怖いだけだったのに……。
まぁそれはさておき、そんな日々を送っていくうちに、やがてグラシアに「限界」がきたのか、とある魔物退治の仕事中、
(し、しまった!)
ちょっとした油断から大怪我を負ったうえに、その後すぐに足を滑らせて崖から転落してしまったのだ。
「う、うう……」
と、落ちた先でそう呻いたグラシア。体を動かそうにも、落ちる最中に全身を打ちつけたのか、指1本動かすことが出来ないでいた。
おまけに傷口からもドクドクと血が流れていたので、それがグラシアの命を更に縮めていた。
(ああ。私の人生も、ここまでかな?)
と、薄れゆく意識の中で自身の死を覚悟したグラシア。
だがしかし、
「お、おい! 大丈夫か!?」
(え?)
そんな彼女に、救いの手が差し伸べられた。
偶然その場を通りかかった1人の青年によって、グラシアは一命を取り留めたのだ。
その後、グラシアは青年が暮らしている小さな村でお世話を受けることになった。
最初は青年だけでなく、村の住人達とも少し距離を置いた態度をとっていたグラシアだったが、彼らの優しさに触れていくうちに、次第に心を開くようになっていた。特に自分を助けてくれた青年に対して、グラシアは「恋心」を抱くようになったのだ。
そして、
(もう、ここで暮らしていくのもいいかもしれない)
と、そう考えたグラシアは、「ハンター」を引退し、その後は村の住人として穏やかに生きていくことを決意した。
そして数年の時が流れ、村での生活に慣れていたグラシアは、青年をはじめとした優しい人達と共に、穏やかな日々を送っていた。
それ自体はグラシアにとって「幸せ」ではあったが、それと同時に、「固有職保持者」であることを隠し続けることに後ろめたさを感じてもいた。
しかし、この平和な暮らしを、共に生きたい人がいるこの幸せを手放したくないグラシアは、青年や村の住人達に自身の秘密を知られないように必死になって隠し続けた。
だがある時、後ろめたさを感じながらも幸せな日々を送っていたグラシアに、「終わりの時」が訪れた。
ある日、グラシアが住む村に1組の男女が入ってきた。
まるで、何かから逃げてきたかのように見えるその男女に、グラシアは最初警戒して、自身のスキルを使って調べようと思ったが、
(駄目だわ。ここで力を使えば、何処かで私のことがもれるかもしれない)
と、そう考えて、その時は何もしないことにした。
それが、「最悪の事態」を招くことになるとも知らずに。
そして、村全体でその男女をもてなすことが決まると、グラシアもそれを手伝うことにし、村人達と共にその男女と楽しいひと時を過ごした。
だが、それから暫く経ったある時……村に断罪官が現れた。
彼らの目的。それは、村に来た男女で、その正体は断罪官が追う「異端者」だった。
それだけでも村人達、特にグラシアにとってはショックだったが、最悪なことに男女を追ってきた断罪官の中にグラシアの両親を殺した隊員がいて、しかももっと最悪なことに、その隊員はグラシアのことを覚えていたのだ。
その結果、断罪官による「粛清」という名の虐殺が行われた。
村中に火が放たれ、その結果、家が次々と燃やされて、悲鳴をあげて逃げ惑う村人達は、皆次々と断罪官の隊員達に殺害された。当然、その中には断罪官の目的である男女も含まれていた。
燃え盛る村と、殺されていく村人達の悲鳴。絶望的なその状況の中、
(ああ……また、私は何もかも失ってしまう……)
と、涙を流して呆然とするグラシアだったが、
「何してるんだ!? 早く逃げろ!」
「え!?」
と、青年に逃げるよう促されたグラシア。
自分を逃がそうとする青年に向かって、
「な、なんで……? だって私は……」
と、グラシアがそう尋ねると、
「いいから早く!」
と、青年にそう怒鳴られたグラシアは、彼に手を引かれる形でその場から逃げ出した。
そして、村から少し離れたところで、
「グラシア、ここで待ってるんだ」
と、青年にそう言われたので、
「え? あ、あなたは?」
と、グラシアがそう尋ねると、
「俺は村に戻って、まだ生きてる人達を逃がしてくる!」
と、青年はそう答えて、グラシアを残して村に戻った。
そんな彼の見送った、次の瞬間、
(こ、これは!)
と、無意識のうちに発動させていたスキル「先読み」で、「青年の死」という残酷な未来を見てしまい、
「だ、駄目よ。そんなの絶対に駄目!」
と、グラシアは大慌てで青年を追った。
そして、グラシアが村に戻ると、必死に殺されそうになっていた村人を守りつつ、断罪官に立ち向かう青年を見つけて、
「ま、待って……!」
と、グラシアはその場から駆け出そうとしたが、一歩遅かったようで……。
ーーザシュッ!
「あ……」
グラシアの目の前で、青年は殺された。
殺した相手の正体はというと、なんの因果か……かつてグラシアの両親を殺した隊員だった。
「あ……あ、あ……」
グラシアの目の前で崩れ落ちた青年の死体。
それを見て呆然とするグラシアの足下に、大切な人だった青年の生首が、ゴロンゴロンと転がって来た。
「いや……いや……」
そして、その青年の生首と目が合った瞬間、
「いやぁあああああああっ!」
グラシアの中で、何かが壊れた。




