第239話 「グラシア・ブルーム」という女・幼少期〜成人期編
10歳で「全て」を失ったグラシアは、生きる為に必要な荷物を纏めると、「断罪官」によって滅ぼされた故郷の村を後にした。
幸いなことに、食料や衣服、調理器具、武器、その他の必要な道具、更にはお金も多く手に入れることが出来ていたので、グラシアはちょっと……いや、かなり罪悪感はあったが、
「これで、当分は生きられる」
と、安心していた。
しかし、だからといってまだ10歳の子供であるグラシアにとって、村の外は危険がいっぱいだった。
外の世界には、ただの野生動物や危険な虫に加えて恐ろしい魔物がいるだけでなく、己の「職能」を悪用したタチの悪い人間だっている。それだけでも厄介だが、もっと厄介なのは突然の嵐や雷、地震といった「自然災害」で、それが、幼いグラシアの旅を、より過酷なものにしていた。
勿論、「誰かに助けを求める」という選択肢もあったのだが、それが頭に浮かび上がる度に、両親をはじめとした断罪官に殺された人達の顔も浮かび上がって、
(だ、駄目! そんなことをしたら……!)
と、グラシアはその選択肢を選ぶことが出来なかった。
もう、自分の所為で人が殺されるなんてことを繰り返したくなかったからだ。
そう考えたグラシアはそれ以降、一度町や村に入っても、必要な物資を入手したらすぐにそこを出るということを繰り返すようになったのだ。
そんな感じで、幼いグラシアは過酷とも言える旅を続けていたのだが、グラシアだってなんの力もないわけじゃない。何せ彼女には、過去、現在、そして未来を読む「時読み師」の固有職能があるのだ。
グラシアはその力を使って、その先で自身に降りかかる様々な危険を回避していった。ただ、まだ幼い故に力を使いこなせてなくて、その為の危険は回避出来たとしても、全くの無傷でという訳でもないことの方が多かったのだ。おまけにそういった力を使う度に、彼女は強烈な「疲労」に襲われて、その為に道中何度も倒れそうになった。
そんなある日、彼女は自身の不注意によって魔物と遭遇してしまう。
絶対絶命な状況の中、グラシアは最初は「死」を覚悟していたが、無惨に殺された両親や大好きな人達のことが頭に浮かんで、
(い、いやだ……死にたくない!)
と、そう思ったグラシアは、自身の持つスキルを最大限活用しただけじゃなく、幼いながらも必死になって知恵を振り絞った。
そして、苦戦の末にグラシアは、どうにか魔物を倒すことが出来た。
(や、やった……)
と、グラシアがホッと胸を撫で下ろした次の瞬間、
「レベルが上がりました」
と、頭の中でそんな声が聞こえ、それにグラシア「え!?」と驚いたが、更に次の瞬間、
「入手するスキルを選んでください」
という声と共に、グラシアの目の前に、大量のスキル名が記された「スキルリスト」が現れたので、それにグラシアは戸惑いながらもどうにか状況を理解すると、冷静に考えた末、
(うん。今の私に必要なのは、これだ)
と思ったスキルを入手した。その後、
(もしかして、レベルが上がるごとにこうしてスキルが手に入るの?)
と、考えたグラシアは、それ以来次々と魔物と戦ってレベル上げをし、次々と新たなスキルを入手していった。
そして、故郷の村を出てから、5年の月日が流れた。
15歳、即ち法的には「成人」の仲間入りをしたグラシアだったが、彼女はそれを素直に喜べなかった。
何故なら、それを祝ってくれる人達は、もうこの世に存在していないからだ。
まぁそれはさておき、村を出てからの5年間、グラシアは魔物を倒してレベルを上げ、スキルを入手しつつそれを使いこなす為の訓練をしていった。
更に、グラシアは15歳になったので、とある町に立ち寄り、そこで彼女は「ハンター」となった。今の人の世で生きる為に新しい「身分」が必要だと考えたからだ。勿論、「固有職保持者」だとバレないように、最大限注意をしながら、である。
そして無事に「ハンター」になった後、グラシアは魔物退治から要人の護衛など、「ハンター」として様々な仕事をしながら、更に自身の強さに磨きをかけていった。
それから暫くして、グラシアは自分がある程度「強くなった」と実感すると、
(これ、もう断罪官の奴らと戦えるんじゃ?)
と考え、早速断罪官を探すことにした。
それから数日後、ついにグラシアは断罪官を見つけることが出来たが、
(な……何よあれ?)
巻き込まれないように遠くから一目彼らの戦いぶりを見た瞬間、彼らの強さはグラシアを大きく上回っていたと理解してしまい、
(だ、駄目だ。あんな連中に勝てるわけない!)
と考え、グラシアは彼らに挑むことなくその場から逃げ出した。
断罪官からある程度離れたところまで着くと、グラシアはその場に両膝をついて、
「うぅ、悔しい」
と、大粒の涙を流した。
当然だろう。目の前に「大切な人達」を殺した断罪官がいるというのに、彼らの圧倒的な強さを前に恐怖し、その場から逃げ出してしまったのだから。
いや、それだけではない。断罪官の連中が圧倒的に強いだけでなく、どういう訳か彼らを前にすると、
(嘘、全然『勝てる』って気がしない?)
という考えに至ってしまい、それがグラシアが抱いた恐怖を更に大きくしていた。
(うう。お父さん、お母さん、みんな……ごめんなさい)
あまりの現実に、グラシアは心が折れてしまったのか、
「あいつらに挑むのは、やめよう」
と、弱々しくそう呟くと、ゆっくりと立ち上がってその場を後にした。
しかし、死んだ両親や大切な人達の為にも「生きる」と決めた以上、
(立ち止まることは……許されない)
と、考えたグラシアは、断罪官を警戒しつつも、
(だったら、あいつらとは極力関わらないようにしよう)
と、心の中でそう決意した。
そして、それから更に月日が流れ、19年後。
34歳となったグラシアに、「運命の時」が近づいていた。




