第238話 「グラシア・ブルーム」という女・幼少期編・2
今回はいつもより長めの話になります。
時は移って現在。
「……これが、私と断罪官の『因縁』の始まりです」
と、春風とレナに向かってそう語ったグラシア。
「は、初めて聞いた、グラシアさんのこと……」
そのあまりの出来事に、レナは顔を真っ青にしてタラリと汗を流したので、
「……レナ、もしかして知らなかったの?」
と、春風が俯いた状態でレナに向かってそう尋ねると、
「う、うん。『とても悲しい出来事があって、その所為で死んだ』ってことしか聞いてなかった」
と、レナはグラシアの方に体を向けたままそう答えた。
その答えを聞いて、
「申し訳ありませんレナ様。全て話すには、レナ様はまだ幼かったですし、私自身もあまり話したくない内容でしたので……」
と、グラシアが申し訳なさそうに謝罪しながらそう言ったので、それにレナが「う、ううん、気にしないで……」と返事すると、
「あれ? じゃあ、お父さんとお母さんには話したんですか?」
と、疑問に思ったレナはグラシアに向かってそう尋ねた。その質問に対して、
「はい。レナ様が寝静まった後、私はループス様とヘリアテス様に、自分がどのように生きてどのように死んだかを説明しました。どちらも私の話を真剣に聞いてくださって、最後は優しくしてくださいました。あの方達にとっては『侵略者の末裔』の1人である、こんな私に……」
と、グラシアはコクリと頷きながらそう答えると、
「そ、そっか。お父さんもお母さんも知ってたんだ……」
と、レナは「む……」と少し頬を膨らませながらそう返事したが、その際チラッと春風に視線を向けると、
「……」
春風は何故か苦しそうな表情で、右手で自身の頭を、左手で自身の胸をグッと押さえていたので、
「は、春風!?」
「春風様、どうかなさいましたか!?」
と、それを見たレナとグラシアが驚くと、
「……大丈夫。すぐに治まるから」
と、春風はスッと左手を上げて、2人に対して「待った」をかけながらそう言った。
その言葉に対して、レナは「で、でもぉ……」と狼狽えていたが、そんなレナを無視して、春風はゆっくりと深呼吸すると、自身の胸を押さえていた手を離して、ゆっくりとレナの方に顔を向けて、
「ほら、俺はもう大丈夫だから」
と、ニコッとしながらそう言った。
そんな春風の言葉に、最初は「うぅ……」と何か言いたそうな表情をしたレナだったが、それでも春風は笑顔を崩さなかったので、
「……うん。わかった」
と、レナは春風の言葉を信じることにした。
そんなレナを見て、春風は笑顔で「ありがとう」とお礼を言いつつ、
(そっか。形は違うけど、グラシアさんも俺と同じだったんだ)
と、心の中でそう呟いた。
そう。実は春風は、グラシアの幼少期の出来事を聞いて、自分の過去と重ねていたのだ。
何故なら、春風もまた幼い時に実の両親を亡くしたからだ。
今は新しい「家族」や、優しい人達に囲まれて幸せな日々を送ってはいるが、それでも、両親が死んだ時のことを思い出した時や、もっと言えばその両親が死んだ日が近くなるにつれて、その時の記憶がフラッシュバックしたり、夜では「悪夢」として現れるようにもなったりして、それが春風をずっと苦しめていたのだ。
そして、そういったことがずっと起こっていったので、
(いつか、こんな『記憶』や『夢』に悩まされなくてもいい日が、来るのかなぁ?)
と、いつしか春風はそんなことを考えるようにもなった。勿論、「家族を」はじめとした周囲の人達には内緒で、である。
そして現在、グラシアの『過去』の話を聞いて、春風は今まさに、その時の記憶がフラッシュバックを起こしてしまい、それが春風を苦しめていたのだ。
しかし、
(辛いけど、今はそれを口に出すべきじゃない。『不幸自慢』をする気なんてさらさらないし、『悲劇の主人公』を気取るつもりなんてないんだ!)
と、春風はそう考えると、先程したようにレナとグラシアに向かって「もう大丈夫」と言った。自分の「過去」のことで、レナ達に心配させたくないと思ったからだ。
その後、春風は気持ちを切り替えるように、自身の左右の頬をパンパンッと叩いて「よし!」と小さく呟くと、
「グラシアさん、辛いことをお尋ねするみたいで申し訳ありませんが、その後、あなたはどうしたのですか?」
と、グラシアに向かってそう尋ねた。
その質問に対して、グラシアは「え?」と声をもらしたが、すぐに真面目な表情になって、
「……川から出た私は、すぐに安全そうな洞穴を見つけた後、暫くの間そこに身を隠していました。そして、それから一晩経って、安全になったのを確認した後、私は苦労の末に故郷の村に戻ったのです」
と、答えたので、
「え、それ大丈夫ですか!? 断罪官とかに鉢合わせとかなかったですか!?」
と、レナが驚きながらそう尋ねると、
「勿論、その辺りもキチンと警戒しましたが、幸いなことに彼らに遭遇することはなく、スムーズに故郷の村に入ることが出来ました。まぁ、肝心の村のなかは酷い有様でしたけど……」
と、グラシアは何処か「悲しみ」が込められた笑みを浮かべながらそう答えたので、その答えにレナも春風も「あ……」と声をもらした。
その後、
「その……こんなことを聞くのも間違ってると思いますが、生き残りとかいなかったのですか?」
と、春風が恐る恐るそう尋ねると、グラシアは悲しそうな表情で「いいえ」と首を左右に振りながら答える。
「残念ですが、生き残った人間はいませんでした。ただ……」
「「ただ?」」
「村のはずれに、明らかに新しく作られたかのような『お墓』が幾つかあったのです」
「え、『お墓』!? それって……」
と、グラシアの話を聞いていたレナがそう尋ねると、
「ええ、恐らく『断罪官』の連中が建てたものでしょう」
と、グラシアはコクリと頷きながらそう答え、
「全く、あれだけのことをしておいて……!」
と、自身の右手をグッと握り締めながら最後にそう付け加えた。よく見ると、その手はプルプルと震えていたので、明らかに「怒っている」と考えた春風とレナは、
「ぐ、グラシアさん、落ち着いて!」
「そ、そうそう!」
と、必死になってグラシアを宥めた。ただ、
(意外だなぁ。てっきり死体はそのまま放置するんじゃないかって思ったけど……)
と、春風は心の中で「うーん」と唸りながらそう呟いていた。
まぁそれはさておき、そんな2人の行動に、グラシアはハッとなると、
「も、申し訳ありません」
と、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら謝罪した。
それを聞いて、2人はホッと胸を撫で下ろすと、
「そ、それで、その後は……?」
と、レナが恐る恐るそう尋ねてきたので、
「はい。その後、私はこれからどうしようと考えた末に、村を出て旅をすることにしたのです。あのまま村に残ったら、きっと殺された人達が『幽霊』として現れるか『悪夢』に現れて、『お前の所為で私達は殺された』と責められそうで怖かったですし……」
と、グラシアは悲しそうな表情でそう答えた。それを聞いて、
(それは……そうだよな)
と、春風とレナは納得の表情を浮かべた。
そんな2人を前に、グラシアは話を続ける。
「そして、一通り村中を見て、使えそうな武器や道具に、食べられそうな食料を集めました。幸いなことに断罪官の狙いは私を殺すことのみでしたので、その所為なのか他のものには手をつけてなかったので、それらも全て集めた後、その全てを私が持ってるスキルの1つである『無限倉庫』に放り込み、それが終わると、私は村を旅立ったのです」
と、2人に向かってそう話すと、
「まぁ、それからは色々とありましたが」
と、その辺りのことを語り始めた。




