第234話 その男、「大隊長」
「そうだな。申し訳ないが、この都市には消えてもらうだろう」
というセリフと共に春風達の前に現れた、漆黒の鎧を纏った騎士……「断罪官」の男性。
整った髪型と立派な髭を生やした、何処か「威厳」に満ち溢れたその男性騎士は春風達を前に腕を組んで仁王立ちで立っている。そんな男性騎士を見て、
「そ、そんな…‥どうして」
と、アーデがタラリと汗を流し、
「……」
と、レナが無言で身構えて、
「「あわわ……」」
と、ディックとフィオナが恐怖で全身をガクガクと震わせた。因みに、ディックがフィオナを庇うように彼女の前に出ていて、フィオナはその後ろで震えている状態である。
そして、そうこうしている間に、その男性騎士のところに他の断罪官の一員らしき漆黒の鎧を纏った騎士が次々と集まって、春風達を見つめてくる。
そんな状況の中、
「あ、あなたは……」
と、春風がそう口を開いたので、その瞬間、その場が一気に緊張に包まれた。
そして、レナ、アーデ、ディック、フィオナが一斉に春風に視線を向けた、次の瞬間、
「どちら様ですか?」
『ズコォーッ!』
緊張が、吹き飛んだ。
春風のあまりのセリフに、仁王立ちしている男性騎士を除いた、その場にいる者達全員がズッコケていると、
「はぁるかぁあああああっ!」
と、レナが怒り顔でそう怒鳴ってきたので、
「えぇ!? だ、だって本当に知らないし……!」
と、春風がそう言い訳しようした。
そんな2人を前に、
「こ、こいつ……」
と、レナ達と同じようにズッコケていた断罪官のメンバーらしき騎士がそう口を開いたが、傍に立っている仁王立ちの男性騎士がスッと右手を上げて「よせ」と言わんばかりに騎士をそう制すると、
「ほう、未だにこの私……というか、我々のことを知らぬ人間がいるとはなぁ」
と、仁王立ちしている男性騎士がそう口を開いたので、そのセリフに春風とレナが「ん?」とその仁王立ちしている男性騎士を見ると、
「あー、これは失礼しました。自分、『ハンター』の春風と申します。あと、顔はこんなですが、『男』です」
と、「あ、そうだった!」と言わんばかりにハッとなった春風が、自身の顔を指差しながらそう自己紹介したので、それに仁王立ちの男性騎士が「何?」と眉をピクリと動かすと、
「だ、駄目、春風! 彼は大隊長! 『断罪官』の一番偉い人!」
と、漸くズッコケた状態から立ち直ったアーデが、春風に向かってそう叫んだので、それを聞いた春風が、
「え、そうなんですか!?」
と、大きく目を見開くと、
「いかにも。我が名は、ギデオン・シンクレア。異端者討伐部隊『断罪官』の、現・大隊長である」
と、仁王立ちの男性騎士……否、ギデオン・シンクレア……以下、ギデオンは春風達に向かってそう自己紹介した。
その自己紹介を聞いて、春風が「はぁ」と反応すると、
「……れ、歴代最強の……大隊長!?」
と、ディックがブルブルと体を震わせながらも、これまた震えた声でそう言ったので、それを聞いた春風は「え、そうなの!?」とまた反応した。
その時だ。
「……」
と無言のギデオンから尋常ではないプレッシャーのようなものが発せられたので、
「……はあ?」
と、春風はもの凄く嫌そうな顔でそう声をもらすと、次の瞬間、バチンと何かが弾けた音がしたような気がして、
「な、何!?」
と、レナが「え? え?」と周りをキョロキョロし出した。そして、それは他の人達も同様で、アーデ、ディック、フィオナだけでなくギデオン以外の騎士達も、皆「何が起きた!?」と言わんばかりに周りをキョロキョロし出した。
一方、春風とギデオンはというと、キョロキョロと辺りを見回すレナ達を他所に、お互い鋭い視線で見つめ合っていた。
そして、
「……ふ」
と、ギデオンが小さく鼻で笑うと、左手で腰に挿した剣の鞘を掴み、親指で剣をチャキッと動かした。
その瞬間、
「……」
と、春風も無言で腰のベルトに挿した翼丸を鞘から引き抜く素振りをした。それと同時に、ギデオンの傍に立つ騎士達も、皆、腰の剣の柄に手を当て始めた。
それを見て、
「ちょ、ちょっと春風……!」
と、レナが慌てた様子でそう声をかけたが、春風はそれが聞こえてないのか、目の前のギデオンを睨んだまま動こうとしなかった。
そんな春風に向かって、
「ほう、いい反応だな」
と、ギデオンがそう口を開くと、
「いえいえ、自分などまだまだですよ」
と、春風はギデオンをジッと見つめたままそう返事したので、それを聞いたギデオンが「ふむ……」と呟くと、
「少年よ、『春風』っと言ったな? 貴様に1つ聞きたいことがある」
と、春風に向かってそう言ってきたので、それに春風が「何でしょうか?」と返事すると、
「白い尻尾を生やした悪魔と、額から青い角を生やした悪魔、そして、背中に赤い翼を生やした悪魔を知っているか?」
と、ギデオンは春風に向かって尋ねた。
その質問に対して、
「何ですかそれ?」
と、春風がそう尋ね返すと、
「偉大なる5柱の神々を滅ぼす『3人の悪魔』の特徴だ」
と、ギデオンがそう答えたので、
「へぇ、それはまた随分と個性的な特徴ですね。誠に申し訳ないですが、自分は知りませんよ」
と、春風はギデオンに向かってハッキリとそう答えた。
否。正しくは、そう嘘をついたと言った方がいいだろう。
そんな春風の嘘を聞いて、
「は、春風……」
と、レナが心配そうな表情を浮かべると、
「……そうか」
と、ギデオンはそう呟いて、腰の剣を抜く体勢を解いた。
それを見て、レナ達が「あ……」と声をもらすと、
「隊員達よ、もうこの辺りに用はない。行くぞ」
と、ギデオンは騎士達……否、断罪官の隊員達に向かってそう命令し、それに隊員達が、
『はっ!』
と、一斉にそう返事した。
その後、ギデオンはアーデに視線を向けると、
「……まだ、続けてましたか」
と、アーデに向かってそう声をかけてきたので、
「ええ、辞めるつもりはないわ」
と、アーデがギデオンを睨みながらそう返事すると、
「出来れば、あなたには『国』に帰ってほしいのですが」
と、ギデオンはアーデに向かって更にそう言った。
その言葉に対して、アーデは「む……」となると、
「……あなたには関係ないことよ」
と、アーデはプイッとそっぽを向きながらそう返事したので、それを聞いたギデオンは「やれやれ」と言わんばかりの呆れ顔で首を横に振りながら「はぁ」と溜め息を吐くと、隊員達と共にその場から歩き出した。
そして、ギデオン率いる断罪官が全員その場から立ち去って、残されたのが春風達だけになると、春風は翼丸を抜こうとする体勢を解いて、
「あー、怖かったぁ」
と、今にもその場にヘタレ込みそうな勢いでそう口を開いたので、
「「「「ズコォーッ!」」」」
と、それを聞いたレナ、ディック、フィオナ、アーデは再びその場にズッコケた。




