第233話 不穏な話
「どうも彼らの中から、『裏切り者』が出たらしいの」
と、春風達に向かってそう言ったアーデ。
そんな彼女の言葉に、春風が「え、それって……」と反応すると、
「そんな! 有り得ないですよ!」
「そうです! 何かの間違いでは!?」
と、ディックとフィオナが大声でそう反論してきたので、それに春風がギョッと驚いていると、
「し! 声が大きい」
と、アーデにそう注意されてしまい、それを聞いた2人はハッとなってすぐに両手で口を覆った。
それを見て、アーデが「よしよし……」と2人の頭を撫でていると、
「あのぉ。今のセリフってどういう意味でしょうか?」
と、春風が恐る恐る「はい」と手を上げながらそう尋ねてきたので、それを聞いたアーデが「おっとごめんね」と軽く謝罪すると、
「言葉の通りだよ。とある筋からの情報によると、数日前に断罪官の一部の小隊から『裏切り者』が現れて、そいつが所属していた小隊の隊長と隊員達を殺して逃げ出したっていうの。で、今回ここに断罪官の連中が来た理由はそいつに関係してることって訳」
と、春風達に向かってそう説明した。
その説明を聞いた瞬間、春風の脳裏にとある記憶が浮かび上がった。
ーー「五神教会」で、何やら不穏な出来事が起きたみたいなのです。
そう。それは昨日、オードリーが春風にそう告げた時の記憶だった。
その時のことを思い出して、
(そうか。昨日、オードリー市長さんが言ってた『不穏な出来事』って、これのことだったのか)
と、春風が納得の表情を浮かべると、
「ということはアーデさん。今、ギルド総本部にその『断罪官』が来てるってことは、もしかしてオードリー市長さんのところには……?」
と、アーデに向かってそう尋ねた。その質問に対して、
「うん、春風のお察しの通り、今オードリー市長のところには『五神教会』の幹部も来ているの」
と、アーデは頷きながらそう答えたので、春風は「やっぱりか」と再び納得の表情を浮かべた。
すると、
「で、ですが……そんなことって有り得るのでしょうか?」
と、ディックが恐る恐るそう口を開いたので、それに春風が「え?」と反応すると、
「だ、だって、断罪官……というより、『五神教会』の信者達って、みんな5柱の神々を崇めてるんですよ? そんな人達の中から『裏切り者』が出たって、そんなの、神様を裏切ったってことじゃないですか!?」
と、ディックは「納得出来ない!」と言わんばかりの表情でそう反論した。
いや、ディックだけではなく、隣のフィオナも、ディックと同じような表情で「うんうん!」と力強く頷いていた。
そんな2人を見て、
「確かに、この世界の人間達は、みんな神々から『職能』……いや、『加護』を授かってる。だから、『五神教会』に限らず、この世界の住む殆どの人達は、そんな神々に感謝してると思う」
と、アーデがコクリと頷きながらそう言うと、
「私も、その1人だから」
と、最後にそう付け加えた。
そんなアーデの言葉を聞いて、
「だ、だったら、どうして……?」
と、今度はフィオナが恐る恐るそう口を開くと、
「いるじゃない。その『神々の加護』を受けてない存在が2つ……いや、3つだね」
と、アーデがそう返事したので、それにフィオナが「え?」と反応すると、
「『悪しき種族』と呼ばれてる存在、『獣人』と『妖精』」
と、アーデは指を2本立てながらそう言った。
その言葉を聞いて、春風は「あ……」と小さく声をもらすと、チラッとレナを見た。
すると、
「……大丈夫だよ春風」
と、その視線に気付いたレナは、春風に向かってニコッとしながら小声でそう言った。しかし、よく見ると彼女は今にも血が出そうなくらい拳をグッと握り締めていたので、
(ああ、これすっごい怒ってるな)
と、春風は心の中でそう呟いた。
その後、
「で、もう1つが……」
と、アーデがそう口を開いたので、春風はすぐにアーデに視線を向けると、
「『固有職保持者』。知ってるでしょ?」
と、アーデは3本目の指を立てながら、ディックとフィオナに向かって尋ねるようにそう言った。
その質問に対して、ディックもフィオナもコクリと頷くと、
「で、ですが、そんなの『噂』の中だけの存在ですよね? 実際、私もお兄ちゃんも、『固有職保持者』なんて見たことないですし。ましてや『獣人』や『妖精』なんて、それこそ伝説の中だけの存在ですよね?」
と、フィオナが「固有職保持者」だけじゃなく「獣人」や「妖精」のことまで否定してきたので、
(あはは、ごめんねフィオナさん。そしてディック君。今、君達の目の前に本人が2人もいるんですけどねぇ)
と、春風は表情こそ真面目だが、心の中では盛大に頬を引き攣っていた。
そして、それはレナも同様で、彼女も表情は真面目だが、心の中では、
(こんのぉ! あんたいつか絶対叱ってやるから、覚えてなさいよぉ!)
と、自分の存在を否定したフィオナに対して怒りを露わにしていた。
まぁそれはさておき、そんな心境の春風とレナを他所に、
「そう。確かに、今言った3つの存在は現在確認されてないから、いるのかどうかも怪しいところだけど、もし、本当にいるとしたら?」
と、アーデがディックとフィオナに向かってそう尋ねたので、その質問に対して2人は「え?」と首を傾げると、ディックはハッとなって、
「……まさか、その『裏切り者』って、今言った3つの存在と繋がってる?」
と、恐る恐るアーデに向かってそう尋ねてきたので、それにアーデはコクリと頷くと、
「まだ確証はないけど、現段階では『その裏切り者は悪しき種族か固有職保持者、即ち異端者と繋がっていて、今もその存在と行動を共にしている』ということになってるの」
と、ディックに向かってそう答えた。
その答えを聞いて、フィオナが「そんな」と呟く中、
(ふーん。『確証はないけどそう睨んでる』、か)
と、春風が「なるほどねぇ」と言わんばかりの表情で、心の中でそう呟いていると、
「という訳で、そういった関係の話で五神教会の幹部と断罪官の連中はここ訪れたってことだから、残念だけど、今日はハンターの活動は出来そうにないから」
と、アーデがグッと親指を立てながらそう言ったので、それに春風が、
「え、ええ!? な、何でですか!?」
と、驚くと、
「だって、今のこんな状況であの連中に目を付けられたら、下手すりゃ間違いなく『異端者』とみなされてしまうからね。そうなったら……多分そうはならないとは思うけど……」
と、アーデはそう返事したが、セリフに最後の部分が弱々しくなっていたので、
「え、何ですか?」
と、春風が首を傾げながらそう尋ねると、アーデは「ふぅ」とひと息入れて、
「そうなったら、このフロントラルが滅ぶ」
と、意を決したかのような表情でそう言った。
その言葉を聞いて、
「え、ええ? まさかそんな……」
と、春風が「そんな大袈裟な……」と反論しようとした、まさにその時、
「そうだな。申し訳ないが、この都市には消えてもらうだろう」
と、春風の背後でそんな声がしたので、
『っ!?』
と、春風、レナ、ディック、フィオナ、そしてアーデが一斉に声がした方へと振り向くと、
(あ……)
そこには、先程春風達の前を通り過ぎた漆黒の鎧を纏った黒騎士……断罪官の1人がいた。




