第231 話 現れたもの、それは……
翌朝、春風はベッドから起き上がると、すぐに部屋全体を見回した。昨日、食堂であの幼い少年に睨まれたので、大丈夫とは思いつつも「何かされるのでは?」と不安になったからだ。
そう考えた春風は、寝る前に部屋全体に「結界」を張っておいた。これは、初めてこの部屋に来た時、レナにグラシアを紹介した時に張ったものと同じタイプで、勿論、事前にレベッカから許可をもらってある。
結界を解除した後、春風は念の為にベッドの下から机、椅子、クローゼットの中、更にはトイレやバスタブの中などを隅々までチェックし始めた。そして、特に何も異常がないのを確認すると、
(どうやら、俺の考えすぎだったな……)
と、春風はホッと胸を撫で下ろしたが、すぐにハッとなって、
(いやいやいや! まだ油断しちゃ駄目だ!)
と、首をブンブンと左右に振ると、
「よし、仕掛けておくか」
と、小さくそう呟いて、万が一の為に色々と仕込むことにした。
その後、春風は朝食にしようと部屋を出て食堂に向かった。その際、廊下にも何かないか忘れずにチェックしていて、そこでも特に異常がないのは確認済みである。
食堂に入ると、既に何人か来ていて、それぞれテーブル席やカウンター席で食事をしていた。
ただ、その中には昨日出会った3人組の姿はなかったので、
(あの人達は来てないのか……)
と、春風は少しホッとした。何となく「会いたくないな」と思っていたからだ。
その後、春風は深呼吸して気持ちを切り替えると、いつものカウンター席に向かい、デニスに何を食べるか注文した。そして、注文した料理が目の前に出されると、
「いただきます」
と言って、食事を開始した。
食事を終えると、春風はすぐに部屋に戻った。起きた時と同じように部屋を隅々までチェックすると、最初にチェックした時と同じく何の異常もなかったので、
(一応、仕掛けはこのままにしておくか)
と、春風は心の中でそう呟くと、仕事へ行く為の支度をして再び部屋を出た。
「白い風見鶏」の外に出ると、
「おっはよー春風!」
「兄貴、おはようございます!」
「おはようございます」
と、そこには既にレナ、ディック、フィオナが来ていたので、
「うん。みんなおはよう!」
と、春風は笑顔でレナ達に向かってそう挨拶した。
その後、春風達は軽く世間話をすると、
「さぁ、今日もお仕事頑張ろう!」
と、レナが元気よくそう言ったので、
「おー!」
「はい!」
「わかりました」
と、春風、ディック、フィオナはそう返事した。ただ、全員が「おー!」じゃないことが不満だったのか、レナは「むぅ」と頬を膨らませていた。
まぁそれはさておき、そんな感じで春風達がギルド総本部に向かおうとその場から歩き出し、それから商店通りに出ると、何やら通りを歩く人達どころか、店を構えている人達までもが何処か落ち着かない雰囲気だったので、
(……あれ? 何、この雰囲気?)
と、春風が首を傾げていると、
「あ、兄貴!」
と、ディックが何かに気付いたかのようにとある方向を指差しながらそう叫んだので、それに春風だけでなくレナとフィオナまでもが「え?」と反応して、一斉にディックが指差した方へと振り向くと、
(何だ? 何か来てる?)
と、春風がそう気付いたように、向こう方から何かが近づいてきてるのが見えた。
(何だ? 黒い鎧姿の……騎士?)
それは、漆黒の鎧を身に纏う数人の騎士(?)のようで、全員、これまた黒い馬に乗っていた。
そしてよく見ると、その漆黒の鎧を纏った騎士……いや、もう「黒騎士」と呼ばせてもらおう。
とにかく、その黒騎士達を通らせる為か、通りに出ていた人達は一斉に道をあけていた。ただ、その人達の表情は何処か怯えているように見えたので、
(何だ? どうしたんだろう?)
と、春風が1歩前に出ると……。
ーー駄目です、春風様!
「はっ!」
と、頭の中でそんな声が聞こえたような気がしたので、思わず春風はハッとなってその場に立ち止まった。
そして、そのすぐ後、数人の黒騎士達は春風達の前を通り過ぎていったので、あまりのことにレナ、ディック、フィオナは呆然としていたが、何故か春風だけは自身の左腕、もっと言えば左腕に装着した銀の籠手をジッと見つめていたので、
「春風、どうしたの?」
と、気になったレナがそう声をかけると、
「……なんでもないよ、レナ」
と、春風はジッと銀の籠手を見つめたままそう答えたので、それにレナが「え、ええっと……」と困った表情を浮かべていると、
「……なんで、ここにあいつらが来てるんだ?」
と、ディックがボソリとそう呟いたので、
「え? あの騎士さん達のこと知ってるの?」
と、春風が思わずディックの方を振り向きながらそう尋ねると、何故かディックだけでなくフィオナまでもが「え!?」と大きく目を見開いて、
「あ、兄貴、知らないんですか!?」
と、ディックが驚きに満ちた声色でそう尋ねてきたので、春風はそんな様子のディックを見て「ん?」と首を傾げた。
すると、ディックは「ちょっと失礼!」と言って春風の腕を掴むと、そのままそそくさと隅っこの方へと歩き出した。当然、レナとフィオナも一緒にである。
突然のことに春風は戸惑いながらも、
「い、一体どうしたのさ……?」
と、ディックに向かってそう尋ねると、ディックは辺りをキョロキョロと見回した後、春風の方へと顔を近づけて、
「あいつら『断罪官』ですよ、『断罪官』!」
と、小声でそう言ったので、
「……え? 何それ?」
と、春風が本気で「知らない」と言わんばかりの表情でそう尋ねた。
すると、
「五神教会に所属している、異端者討伐部隊です」
と、ディックではなくフィオナがそう答えたので、
「え、そうなの!?」
と、春風はギョッと目を大きく見開いて、ディックとフィオナを交互に見ながらそう尋ねた。
それに対して、ディックとフィオナはコクリと頷くと、
「間違いありません、あいつらが乗ってた黒い馬についてた装飾に『五神教会』の紋章が刻まれてましたし、同じくその紋章が刻まれた漆黒の鎧が、その『断罪官』だという証なんです」
と、ディックが春風に向かってそう説明し、それに合わせるかのようにフィオナも「うんうん」と頷いていた。
そんなディックの説明を聞いて、春風が「へぇ、そうなんだ」と左腕の銀の籠手を摩りながらそう呟くと、
「……ん? ちょっと待って。その『断罪官』って人達、ギルド総本部に向かってなかった?」
と、春風が「おや?」と首を傾げながらそう尋ねてきたので、それを聞いたレナ、ディック、フィオナは「あ、そういえば!」と言わんばかりに目を大きく見開いた。
そして、そんな3人を見て、春風が「うーむ」と考え込むと、
「よし、確かめに行きますか」
と言ってその場から歩き出し、ギルド総本部へと向かった。
そして、そんな春風に気付いたのか、
「は、春風!」
「兄貴!?」
「ま、待ってください!」
と、レナ、ディック、フィオナも、大慌てで春風を追いかけた。




