第228話 ご機嫌な春風
「あー。なんかもう色んな意味で疲れた」
「お、お疲れ様、春風」
あの後、春風とレナはヴァレリーとタイラーからしつこくレギオンへの勧誘を受けていたが、
「ほらほら。今日はもう遅いですから、その辺で終わりにしましょう」
と、フレデリックの助けもあってその場はお開きとなった。
ただ、ヴァレリーとタイラーは最後まで「むぅ」と2人して膨れっ面していたが。
ヴァレリー達から解放されると、
「じゃあ2人とも、今日お疲れ様。また明日からよろしく」
と、春風は今日の仕事を共にしたディックとフィオナに向かってそう言い、
「はい、兄貴! 明日もよろしくお願いします!」
「レナさんも、よろしくお願いします」
と、ディックとフィオナもそう返事すると、それぞれ総本部を出た。因みに、ディックとフィオナの2人はレギオン「紅蓮の猛牛」が所有している宿泊施設に寝泊まりしていて、それを聞いた春風は、
(『社員寮』みたいなものなのかな?)
と、疑問に思っていた。
まぁそれはさておき、ディックとフィオナと別れてギルド総本部を出た後、
「じゃあ春風、また明日ね!」
「うん、レナもお疲れ様」
と言ってレナとも別れると、春風は1人、「白い風見鶏」への帰路についた。
その後、「白い風見鶏」に戻った時には、空はすっかり真っ暗になっていて、あちこちの宿屋や食堂に明かりつき始めた。勿論、春風が寝泊まりしている「白い風見鶏」もその1つだ。
出入り口を潜って中に入ると、
「あ、春風君おかえりなさい」
と、受け付けにいた従業員のウェンディにそう言われたので、
「ウェンディさん、ただいま戻りました」
と、春風もウェンディに向かって笑顔でそう返事した。
それから2人は軽く世間話をすると、春風は荷物を置きに自室へと向かった。そして自室の扉を開けて中に入ると、装備を脱いで動きやすそうな格好になり、また部屋を出ると「白い風見鶏」内にある食堂に向かった。
食堂に入ると、今日はお客さんの数は少なく、とても静かだったが、
(うーん。これはこれでありかも……)
と、春風は特に気にすることもなく、そのままカウンター席へと向かった。
そして椅子に座ると、
「いらっしゃい。そして、おかえり」
と、料理人のデニスに迎えられ、
「デニスさん、ただいま戻りました」
と、春風もデニスに向かってそう返事した後、今日の夕食を注文した。
因みに、今日の夕食は肉と野菜がたっぷり入ったスパゲッティだ。
それから暫くすると、春風の目の前に注文した料理が置かれたので、
「いただきます!」
と、春風はそう言うと、食事を開始した。
ただ、
「……」
と、何故かデニスにジッと見つめられていたので、
「あの、どうかしたんですか?」
と、春風は食事中であるにも関わらず、恐る恐るデニスに向かってそう尋ねた。
その質問に、デニスが「む」と反応すると、
「……春風、今日何かいいことがあったのか? 随分と機嫌がいいから」
と、逆にそう尋ね返されたので、その質問を受けた春風が、
「え? そ、そんなに機嫌よさそうにしてました?」
と首を傾げた後、再び恐る恐るデニスに向かってそう尋ねた。
その質問に対して、デニスがコクリと頷くと、
(う、うわぁ。ま、マジかよ、恥ずかしいなぁおい!)
と、春風は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした。
その時だ。
「ほほう、そいつは気になるねぇ」
と、春風の横でそんな声がしたので、思わず春風が「え?」と声がしたへ方へと振り向くと、
「あ、レベッカさん」
「やぁ。おかえり春風」
そこには女将であるレベッカがいたので、
「あ、はい、ただいま戻りました」
と、春風はペコリと頭を下げながら、レベッカに向かってそう言った。
その後、レベッカは春風の隣の椅子に座ると、
「で、デニスも言ってたけど、何今日いいことがあったって?」
と、先程デニスがしたのと同じ質問をしてきたので、
「え、えっと……それは……」
と、春風は更に顔を真っ赤にしたが、それでもレベッカとデニスの夫婦がジッと見つめてきたので、
「実は……」
と、春風は観念したかのように、今日の仕事中に起きた出来事を話し始めた。
それから暫くして、
「……と、いうことがありまして」
と、春風が恥ずかしそうにそう締め括ると、
「ほほう、まさか『弟子』が出来たなんてねぇ」
と、レベッカが何処か嬉しそうな表情でそう言ったので、
「い、いえ! 『弟子が出来た』と言いましても、俺自身まだまだ未熟なところが結構ありますから、教えられることだって限りがありますし、寧ろ俺の方がディックに色々と教わることもあるかと……」
と、春風は更に顔を真っ赤にしてオロオロしながらそう言い返した。
そんな春風を見て、レベッカは「はは」と笑うと、
「謙遜しない。アンタの実力は既に多くの人達に認められてるんだ。そんなアンタに憧れて、そのディックって子が弟子になったんだろ? だったら、もっと自分に自信を持ちなって」
と、優しくそう言ったので、その言葉に春風が「うぅ」と呻くと、
「……ぜ、善処します」
と、顔を赤くしたまま、レベッカに向かってそう返事した。
その後、デニスが春風の食べ終わった食器を片付けて、春風が目の前に置かれた水の入ったグラスを手に取り、その中身をグビッと飲み干すと、
「あ、そうだ」
と、何かを思い出したかのような表情でそう口を開いたので、
「ん? どうしたんだい春風?」
と、レベッカがそう尋ねると、
「そのぉ……」
と、春風はレベッカに顔を近づけて、
「実は、今日仕事を終えてフロントラルに戻った時のことなんですけど……」
と、周りに聞こえないように小声で今日門で見た怪しいボロボロマントの3人組のことを話し始めた。
それを聞いて、
「そりゃほんとかい?」
と、尋ねてきたレベッカに、春風は「はい」とコクリと頷きながらそう返事した。
しかし、この時の春風……否、春風、レベッカ、デニスの3人は知らなかった。
彼らのいるカウンター席から少し離れた位置にあるテーブル席で、
「「「……」」」
その椅子に座る3人の人物が、無言で春風達を見つめていたのを。




