第212話 「綺麗事」か、「侮辱」か
それから春風とレナは、フレデリックに改めて昨日遭った出来事を報告した。
仕事中に「魔物の擦りつけ」をされ、その為にポイズン・マンティスと「血塗れの両目」化したデッド・マンティスと戦う羽目になったことや、そのデッド・マンティスがポイズン・マンティスの死骸を喰らってパワーアップしたこと。更にそのパワーアップしたデッド・マンティスを、春風とレナで見事に真っ二つにしたことや、擦りつけを行った者達がヴァレリーのところのレギオンメンバーだというところまで、とにかく詳しい内容をフレデリックに説明した。その説明の最中にヴァレリーもうんうんと頷いてので、それが2人の話の信憑性を更に大きくしていた。
因みに、最初のポイズン・マンティス達を春風が「氷槍」で倒した話については伏せてある。
説明を聞き終えて、
「……なるほど、そのようなことがあったのですか」
と、フレデリックが納得の表情を浮かべると、
「それにしても春風さん」
と、チラッと春風を見つめ出したので、
「は、はい、何でしょうか?」
と、春風はビクッとしながらもそう返事すると、
「確か、『山の型』でしたか? デッド・マンティスを真正面から真っ二つとは、随分と無茶をしましたね」
と、フレデリックが真剣な表情でそう尋ねてきたので、その質問に春風が「あ……」と声をもらすと、
「……そうですね。失敗したら間違いなくこちらが真っ二つでしたから」
と、表情を暗くしながらそう答えた。
その答えに対して、
「そうだな、1歩間違えたらお前が死んでたぞ。死ぬのが怖くないのか?」
と、今度はヴァレリーがそう尋ねると、
「え? 普通に怖いですけど」
と、春風はそう即答したので、それを聞いたヴァレリーは勿論、フレデリックとレナまでもが口を開けてポカンとした。
その後少しして、
「……驚きましたね。私はてっきり『自分は死など恐れない』と答えると思ってましたが」
と、漸くハッと我に返ったフレデリックがそう口を開くと、
「『死ぬのが怖くない』なんて綺麗事ですよ。そんなものは、『生と死の境』に立ったことがない人間のセリフです」
と、春風は真っ直ぐフレデリックを見つめながらそう返事し、
「……まぁ、俺も立ったことがないですけど」
と、最後に「はは……」と苦笑いをしながらそう付け加えた。
すると、
「おい春風」
と、ヴァレリーが何やら低い声で話しかけてきたので、
「何でしょうか?」
と、春風がそう返事すると、
「今お前が言ったその言葉、誇り高き戦士達への侮辱ととらえていいのか?」
と、ヴァレリーが尋常じゃないプレッシャーを放ちながらそう尋ねてきた。よく見ると、その表情は明らかに「怒り」に満ちていたので、それを見たレナは緊張のあまりタラリと汗を流しながらゴクリと唾を飲んでいたが、逆に春風は落ち着いた表情を浮かべて、
「……確かに、ヴァレリーさんからしたらこんなセリフ、そうとらえてしまうのも当然ですよね」
と、真っ直ぐヴァレリーを見つめながらそう言い、それを聞いたレナが、
「ちょ、春風!?」
と、ギョッと大きく目を見開いたが、それでも春風の表情は変わらず、
「ですが、俺は『師匠』からずっとそう教わってきました。その時の師匠の表情は凄く真剣でしたので、俺は今でも、『この言葉が正しい』と信じています」
と、真っ直ぐヴァレリー見つめたままそう話続けたので、その言葉にヴァレリーは更に「怒り」に満ちた表情になったが、
「落ち着いてください」
と、フレデリックがそう口を開いたので、その言葉に何かを感じたのか、ヴァレリーは落ち着いた表情になって、
「……すまない」
と、謝罪した。
それを聞いて、フレデリックが「ふぅ」とひと息入れると、
「春風さん。少しお尋ねしますが、あなたの『師匠』殿は『生と死の境』とやらに立ったことがあるのですか?」
と、春風に向かってそう質問した。
その質問に対して、
「ええ。『師匠』曰く、『それまで自分として生きてきた記憶や感覚が少しずつ溶けてなくなっていって怖かった』だそうです」
と、春風がそう答えると、
「なるほど、その恐怖があったからこその『教え』という訳なのですね?」
と、フレデリックが続けてそう尋ねてきたので、それに春風は「はい」と頷きながら答えた。
その答えにフレデリックが「そうですか」と納得の表情を浮かべると、
「ですが、生きているときっと人生の何処かで『圧倒的強者を相手に逃げられないし負けられない戦い』をしなくちゃいけない時があったりしますよね? そんな時、総本部長ならどうしますか?」
と、今度は春風がそう尋ねてきたので、
「言葉巧みに相手を油断させてその隙に倒しますね」
と、フレデリックはそう即答し、その答えを聞いて、
「即答しますね。自分はその質問をされた時、『交渉してそいつを仲間にする』と答えましたよ」
と、春風が「はは」と弱々しく笑いながらそう言うと、
「ぶっ飛びすぎるよ!」
「ぶっ飛びすぎるだろ!」
と、レナとヴァレリーは春風に向かって即座にツッコミを入れ、
「ほっほっほ、それは中々面白そうな案ですね」
と、フレデリックは朗らかな笑みを浮かべながらそう言ったが、すぐに表情を真剣なものに変えて、
「ですが、それが出来れば苦労はない……ですよね?」
と、春風に向かってそう尋ねると、
「ええ。残念なことに、『圧倒的強者』の多くは他人の話なんて全然聞かないでしょう。であれば、残された手段はただ1つ。それは、自分の『全て』を込めた一撃を叩き込むことです」
と、春風は自身の拳をグッと握り締めながらそう答え、その答えに、
「それが、『山の型』か……?」
と、今度はヴァレリーがそう尋ねると、
「ええ。『山の型』とは単なる攻撃の型ではありません。『お前を倒して生き残る』という『覚悟』を表す為の技術です。そして、これに必要なのは『死にたくない』という想いで、それ以外は必要ありません」
と、春風は更に拳を握り締めながらそう答え、
「つまり、『死』への恐れと『生きたい』と願う意志が、敵を屠る強大な一撃を生み出す……ということですね?」
と、今度はフレデリックがそう尋ねてきたので、それに春風はコクリと頷いた。
それを見て、フレデリックが「なるほど」と納得の表情を浮かべると、部屋がシーンと静まり返ったので、
「すみません、先程から随分と生意気なことばかり言って……」
と、春風は申し訳なさそうな表情を浮かべたが、
「いえいえ、とても為になる話でしたよ」
と、フレデリックは笑顔でそう返事した。
それを聞いて、春風は恥ずかしそうに顔を真っ赤にすると、
「さて、それではお二人に渡したい『報酬』があるのですよ」
と、フレデリックが笑顔のままそう言ったので、
「「報酬?」」
と、春風とレナが首を傾げると、フレデリックは「ええ」と呟いて、
「春風さん、あなたを『銀級』に、レナさんを『金級』に昇級とします」
と、笑顔のまま2人に向かってそう言った。




