第209話 春風の「魔術」
それは、春風がまだヘリアテスのところで暮らしていた時のことだった。
ヘリアテスと生活している中、ある程度自身の魔力を扱えるようになった春風は、
(そういえば、よく漫画とかに『合体魔術』とかあったな)
と、ふとそんなことを思い出して、
(……今の俺なら出来るんじゃね?)
と考えて、ちょっと実験してみることにした。
最初にやったのは、2種類の属性の魔力を同時に出すことだった。
(まずはオーソドックスに、『炎』と『水』だな)
と、そう考えた春風は両手を前に出すと、ゆっくり目を閉じて、
(炎属性の魔力を右手に、そして水属性の魔力を左手に……)
と、状況をイメージしながら、心の中でそう呟いた。
そして、暫く静かにしていると、右手がだんだん熱く、左手が水に手を入れているような感覚になってきたので、春風は恐る恐る目を開けると、
(お、出来た出来た!)
右手が赤い光に、左手が青い光に包まれていた。
そして、その光が自身の魔力だということを理解すると、
(で、この2つの魔力を合わせて……)
春風は異なる2つの魔力に包まれた状態の両手を、ゆっくりと合わせた。
次の瞬間、ブワッと指先から蒸気のようなものが勢いよく噴き出たので、
「わ! わ! わぁあ!」
と、驚いた春風は思わず合わせていた両手を離して、包んでいた魔力を消した。
「び、びっくりしたぁ」
春風はあまりのことにその場で呆然としていた。それと同時に、何やら疲労に襲われたかのように「ぜぇ、はぁ」と肩で息をしていたが、
(で、でも……ちょっと楽しくなってきたかも!)
と、ニヤッとしながら心の中でそう呟くと、それからも魔力を用いた実験を続けた。
どうやら炎属性の魔力には「熱」を操る特性も持っていたようで、その特性を利用することによって、水に更に熱を加えると「お湯」、もっと加えれば先ほど発現した蒸気のようなものを出すことが出来、逆に水から熱を奪えば「氷」に変えることが出来た。
そのことがわかると、
(これ、上手くいけば俺オリジナルの『魔術』が作れるんじゃないか?)
と、春風はそう考えに至り、更に実験を続けることにした。
ただ、
「私の許可なしに危ないことしないで!」
と、ヘリアテスに滅茶苦茶怒られてしまったが。
そして現在、フロントラル内にあるレナの家で、
「……で、出来上がったのが、あの『魔術』?」
と、春風からの説明を聞き終えたレナがそう尋ねてきたので、
「うん。ただ、まだ実験段階だからね、名前の方も取り敢えず『氷槍』なんてつけたけど、もっとカッコいい名前にしたいなって思ってるんだ」
と、春風はコクリと頷きながらそう答えた。
その答えを聞いて、レナが「そうだったんだ……」と呟くと、
「ねぇ、春風。その、『魔力の合成』って、他にも出来たりするの?」
と、恐る恐るといった感じで再びそう尋ねてきたので、
「うん。実験をしていく中で、もう1種類作ることが出来たんだ」
と、春風はそう答えると、レナの前に自身の両手をスッと差し出した。
そして、ゆっくりと目を閉じた、次の瞬間、左手が青、右手がオレンジ色の光に包まれたので、
「これって、水の魔力と土の魔力?」
と、レナはその光を見て大きく目を見開きながらそう尋ねた。
その質問に対して、春風はコクリと頷くと、レナの目の前でゆっくりと光に包まれた手を合わせた。
すると、合わせた手の隙間から、小さな芽が現れて、それがだんだんと成長し、やがて綺麗な花が咲いた。
その花を見て、
「うわぁ! 凄い凄ーい!」
と、レナはパァッと表情を明るくしながらパチパチと拍手すると、春風は「ふふ」と笑って、
「今はまだこれくらいしか出来ないけど、いつかはデカい木を生み出す予定なんだ」
と、現在の状態とこれからの予定についてそう説明した。
その説明を聞いて、レナは「ほうほう!」と感心すると、すぐに「うーん」と考えだして、
「春風。今話した技術、私とお母さん、そしてグラシアさん以外には話してないよね?」
と、途中チラッとグラシアを見ながらそう尋ねた。
その質問に対して、
「うん。こいつを知ってるのはヘリアテス様とグラシアさん、そしてレナだけだよ」
と、春風が真剣な表情でそう答えると、
「春風、この技術は誰にも言わない方がいいと思う。勿論、見せるもの駄目だからね」
と、レナも真剣な表情でそう言ってきたので、
「わかってる。こんなのが出来るって知られれば、そこから俺が『固有職保持者』だってのがバレちゃうからね」
と、春風は真剣な表情のままそう返事した。勿論、小声で、である。
すると……。
ーーきゅううううう。
と、春風のお腹からそんな音がしたので、
「「あ」」
と、春風とレナは思わずそう声をもらすと、
「え、えっと。今から夕飯作るから、春風、うちで食べてってよ!」
と、レナが顔を真っ赤にしながらそう言い、その言葉に対して、
「え、い、いいのかな? なんか、俺も手伝おうか?」
と、春風も顔を真っ赤にしながら、少し慌てた様子でそう尋ねたが、
「いいよいいよ! すぐに出来上がるから、春風はここで待ってて!」
と、レナは焦った感じでそう言うと、そそくさと部屋を出ていった。
残された春風は、
(やっぱ、内緒にした方がいいよな)
と、自身の両手を見ながら心の中でそう呟くと、
「うふふ」
と、グラシアがそう笑い出したので、
「ど、どうしたんですかグラシアさん?」
と、春風が恐る恐るグラシアに向かってそう尋ねると、
「春風様。中々、罪作りな方なのですねぇ」
と、グラシアはニヤニヤしながらそう答えたので、
「ちょ、何!? その質問どういう意味!?」
と、春風は慌てた様子で再びグラシアに向かってそう尋ねたが、
「べっつにぃ」
と、グラシアは更にニヤニヤしながらそう答えた後、すぐにマジスマ内に戻ってしまったので、
「ちょ、グラシアさん? グラシアさーん!?」
と、春風は大慌てでマジスマを握り締めながらグラシアを呼んだが、
「うっふふー」
と、グラシアはそう応えるだけでそこから出てこなくなった。
さて、そんなやり取りが行われた中、部屋についている窓の向こう、即ち家の外では、
「……な、何、今のって?」
アーデがしっかりと中の様子を見ていたのだが、中の春風とグラシア、そしてレナはその存在に気付いていなかった。




