第203話 「覚悟」の型
それは、春風が「師匠」と呼ぶ女性の弟子となって暫くした時のことだった。
「春風、『死ぬのが怖くない』なんて綺麗事よ」
と、真剣な表情でそう言った「師匠」に、
「それは、どういう意味ですか?」
と、春風が首を傾げながらそう尋ねると、
「『死ぬのが怖くない』なんてことを言う人はね、実際に『死の淵』……いや、『生と死の境』と呼ぶべきかな? まぁ、どっちでもいいや。で、その『生と死の境』に立ったことがないから言える言葉なの。自慢じゃないけど、私はこれでも昔、その『生と死の境』ってのに立ったことがあってね、その時は本当に怖かったわ。だって、それまで『自分』として生きてきた『記憶』や『感覚』が、少しずつ溶けてなくなってるんだもの。それが嫌だから必死にもがいて、結果、私は『家族』を失ったけど……」
と、「師匠」はそう言うと、
「こうして、春風と一緒にいられるようになったのよねぇ!」
と、そう言いながら、最後に春風をギュッと抱き締めた。
その後、「師匠」は春風から離れると、
「まぁでも、人間生きてると、きっと何処かで『圧倒的強者』を相手に絶対に逃げられないし絶対に負けられない戦いをしいられる時があったりするのよ。そんな時、どうすればいいと思う?」
と、春風に向かってちょっと軽いノリでそう尋ねてきたので、その質問に対して春風は「え?」と目を見開いた後、
「交渉してそいつを『仲間』にする……とか?」
と、恐る恐るそう答えたので、その答えに「師匠」はポカンとした後、
「あっはっは! それはそれで面白そうね!」
と、大笑いしながらそう言うと、
「だけど、『圧倒的強者』の大半は、相手の話なんて全然聞かない奴が多いのが現実なんだよねぇ」
と、暗い表情でそう付け加えて、最後に「はぁ」と溜め息を吐いた。
その後、
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
と、春風が再びそう尋ねると、「師匠」はスッと自身の右手の人差しを立てて、
「答えは1つ。己の「全て」を込めた一撃を、そいつに叩き込む。これしかない」
と、真剣な表情を浮かべながらそう言った。
その言葉を聞いて、春風はゴクリと唾を飲むと、
「で、その為の『型』が、これからあなたに教える『山の型』って訳」
と、「師匠」はそう言いながら、とある1つの「構え」をとった。
それは、「正拳突き」の構えで、「師匠」はその構えをとると、
「春風、この『山の型』は単純な攻撃の型じゃない。これは、『お前を倒して、絶対に生き残る』という強い意志……即ち、『覚悟』を表す構えよ。そして、この型に必要なのは、『死ぬのが怖い』『死ぬのは嫌だ』という想いで、それ以外は必要ない」
と、その状態のまま春風に向かってそう説明し、それを聞いた春風が、
「死ぬのは……嫌だ?」
と、首を傾げると、
「そう。死ぬのが嫌だから、生きたいから、絶対生き残る、その『想い』をこの一撃に込めて相手にぶつける。それが、『山の型』なの」
と、「師匠」はそう答え、最後に思いっきり拳を突き出した。
その瞬間、春風の目の前をビュウッと風が吹いた。
そして現在、異世界「エルード」にある「中立都市フロントラル」付近に位置する森の中で、
「……いくぞ、山の型」
かつて「師匠」に習った「山の型」の構えをとった。
使う武器は刀「霊刀・翼丸」。
構えは、居合い切り。
左手で鞘をグッと掴み、右手はいつでも抜けるようにソッと手を柄に置いた。
そして、春風はゆっくりと深呼吸しながら、目の前の敵をジッと見つめると、ゆっくりと目を閉じた。
そんな春風に向かって、
「は、春風様、やっぱり危険です!」
と、マジスマ内のグラシアが必死に声をかけるが、
「……」
聞こえてないのか、それとも、敢えて無視しているのか、春風は構えをとった状態な上に沈黙していたので、
「は、春風様! 春風様ぁ!」
と、グラシアは何度も春風の名前を呼んだ。
一方、春風の目の前にいる敵ーーデッド・マンティスはというと、
(自分は強くなった)
(自分は、最強の力を手に入れた)
と、最初は心の中でそう思っていた。
何故なら、今の自分は「血濡れの両目」化によって戦闘力が上がり、それに加えて自身の下位種である「ポイズン・マンティス」を食らって更に強くなったと思っているからだ。
だが、
(なのに、目の前のこいつは何だ?)
と、自身の前にいる人間ーー春風を見て、
(何故、こんなにもこっちが恐れているんだ?)
恐怖していた。
それだけではない。
(おまけに、何だこいつは? 何故、こんなにも大きく見えるんだ?)
現在、デッド・マンティスの目には確かに春風1人しか映ってないのだが、どういう訳か、その姿があまりにも大きく見えていた。
それは、まさに大きな山のように思えたので、
(……認めない)
と、デッド・マンティスはブルブルと体を震わせていると、
(こんなの、認めるものかぁ!)
と、心の中でそう思っているかのように、
「ギギィイイイイイイイッ!」
と、上空に向かって叫んだ。
そして、デッド・マンティスは「怒り」のままに春風に向かって突撃すると、4つの鎌の1つに自身の力を込めて、それを大きく振りかぶった後、1歩も動こうとしない春風に向かって、
(これで、終わりだぁあああああ!)
と、思いっきりそれを振り下ろした。
それを見て、
「春風様ぁ!」
と、マジスマ内のグラシアはそう悲鳴をあげたが、
「大丈夫」
と、春風はゆっくりと目を開けながら一言そう言うと、翼丸の柄をグッと握り締め、片足でダンッと地面を踏み締めると、力いっぱい鞘から引き抜いた。
その瞬間、
(……あれ?)
デッド・マンティスの視界が急に上下逆になった。
(一体、何故?)
と、そう疑問に思ったデッド・マンティスの視界に入ったのは、それまで自分がいた森の地面と、そこに立つ翼丸を抜き放った春風、そして……自分の下半身だった。
そして、それを見た瞬間、
(……あ。自分、斬られてたんだ)
と、漸くそのことに気が付き、そう思った時には、もう自分の上半身はドサッと音を立てて地面に落ちていた。




