第195話 春風、「店」を手伝う・夜編3
ナンシーの店に現れた2人の人物、レギオン「黄金の両手」リーダーのタイラーと、その助手のアーデ。
まさかの「知り合い」の登場に、
(ど、どうしよう! 春風、この状況どうしよう!?)
と、2人の存在にレナはオロオロしながら春風に視線を向けたが、
「……」
とうの春風は落ち着いた表情をしていたので、レナは思わず「へ?」とポカンとしていると、春風は落ち着いた表情のまま、タイラーとアーデがいるテーブル席へと歩き出した。
そして、春風が2人の傍に立つと、
「いらっしゃいませ、ご注文は何になさいますか?」
と、見事な営業スマイルでそう尋ねた。
そのスマイルを見て、
『うっ! ま、眩しい!』
と、レナをはじめ、ナンシーや他の女性従業員、更には店を訪れていた男性客までもがそう叫んだ。
当然、それにはタイラーとアーデも含まれていたが、
(こ、ここで負ける訳にはいかない!)
と、タイラーは心の中でそう叫んで自身を奮い立たせると、
「あ、あの!」
と、春風に声をかけた。
それを受けて、
「はい、どうかなさいましたか?」
と、春風が首を傾げながらそう返事すると、
「あ、あなたは、もしやは……」
と、タイラーは「春風君ですか!?」と尋ねようとしたが、それを遮るかのように、
「ああ、これは大変失礼しました」
と、春風が落ち着いた感じでそう口を開くと、
「はじめまして、私、今宵だけの臨時従業員の、スカーレットと申します。よろしくお願いします」
と、丁寧な口調かつ丁寧なお辞儀をしながらそう自己紹介してきたので、
「え……あ……?」
と、それを聞いたタイラーは目をパチクリとさせると、
「こ、これは失礼しました、僕はタイラー・ポッターと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
と、春風に向かってそう自己紹介した。
それを聞くと、春風は笑顔で、
「では改めまして、ご注文は何になさいますか?」
と、タイラーとアーデに向かって改めてそう尋ねると、
「えっと、では……」
と、2人は春風に飲み物を注文し、それを受けた春風は、
「かしこまりました」
と、再び丁寧なお辞儀をしながらそう言うと、店内にある厨房へと向かった。
そして、それを追いかけるようにレナも厨房に向かおうとしたその時、
「待って」
と、アーデに腕を掴まれてしまったので、
「……何ですか?」
と、レナはアーデをギロリと睨みながら尋ねた。
その質問に対して、アーデはグイッとレナを自身の傍まで引っ張ると、
「あれ、春風だよね?」
と、小声でそう尋ねてきたので、
「いいえ、彼女は『スカーレット』です」
と、レナはキリッとした表情で、アーデと同じように小声でそう答えた。
しかし、その答えに納得出来なかったのか、
「春風……だよね?」
と、アーデは顔を近づけながら再びそう尋ねると、タイラーがポンとアーデの肩に手を置いて、
「いいえ、彼女はスカーレットさんです。それでいいではありませんか」
と、穏やかな笑みを浮かべながらそう言ってきたので、
「……わかりました」
と、アーデは不服そうな表情でそう返事し、レナから手を離した。
その後、特に問題なく仕事をこなしていった春風とレナ。
その最中、
『昼間はすみませんでした』
と、昼休憩の最中に店内でトラブルを起こしたガラの悪そうな男性達が店を訪れてきて、ナンシーや迷惑をかけた女性従業員達に向かってそう謝罪してきた。因みにこれは2回目で、1回目は昼休憩が終わって暫くした後にやって来て、
『すみませんでした』
と、皆、深々と頭を下げながら謝罪してきたので、
「はぁ。まったくしょうがないねぇ」
と、ナンシーは呆れた顔をしつつも、彼らのことを許した。
まぁそれはさておき、それから更に暫くすると、店内がある程度落ち着いてきたので、
「ありがとうね2人共。後はこっちでなんとか出来るから、今日はもうあがっていいよ。ああ、ギルド総本部にはあたしらの方から言っとくから」
と、ナンシーがそう言ってきた。
その言葉を聞いて、春風は「え、大丈夫ですか?」と尋ねたが、
「あんた達、明日だって仕事するんだろ? 特に、スカーレットは帰りを待ってる人がいるんだし」
と、ナンシーにそう言われたので、その瞬間、脳裏にレベッカ達の姿が浮かんだ春風は、
「わかりました、そうさせてもらいます」
と、ナンシーの話を受け入れた。
その後、
「ああ、出るなら裏口から出な。出来れば見つからないように」
と、言われたので、春風とレナはすぐに帰り支度をした。
その最中、
「あ、そうだ。これ、お返しします」
と、春風は「スカーレット」として着ていた真っ赤なドレスを返そうとしたが、
「いや、そいつはあんたにやるよ。その方が、きっとドレスも喜ぶから」
と、ナンシーに拒否され、それに続くように、女性従業員達も「うんうん!」と頷いてきたので、
「え、えぇ?」
と、春風はタラリと汗を流しながらも、そのドレスをもらうことにした。
その後、春風とレナはナンシーに言われたように店の裏口から外に出て、誰にも見られてないか確認すると、そそくさと店を後にした。もうかなり夜も遅くなっていたので、ギルド総本部への報告は明日に回すことに決めると、2人は真っ直ぐ「白い風見鶏」へと向かった。
その道中、
「はぁ、なんか凄い疲れたぁ」
と、春風が溜め息を吐きながら言ったので、それを聞いたレナは、
「あはは。お疲れ様、スカ……じゃなくて、春風」
と、笑いながらそう言った。ただ、「スカーレット」と呼ぼうとしたことに春風はムッとなったが。
それから少し歩いていると、
「と、ところで春風! 今日の仕事なんだけど、春風って、接客上手いよね!?」
と、レナが少しわざとらしい感じでそう尋ねてきたので、それに春風が「ん?」と反応すると、
「ああ、昨日の仕事でも言ったけど、俺、実家が喫茶店やっててね、オヤジ……家族と一緒に何度もお客さんを相手にしたことがあるんだ」
と言って、最後に「はは」と笑った。
その答えを聞いて、レナが「そ、そうなんだ」と呟くと、
「あ、あのね春風!」
と、少し大きな声でそう言ったので、それに春風がビクッとしながら「な、何?」と返事すると、レナは頬を赤くしつつも真剣な表情で、
「き、今日の春風の姿、凄くよかったけど、春風は……ちゃんとした『男』だからね!」
と、真っ直ぐ春風を見ながらそう言ってきたので、その言葉に春風は目をパチクリとさせると、
「はは、ありがとう。凄く嬉しいよ」
と、笑顔でレナに向かってそう返事した。
それからまた暫く歩いていると、漸く「白い風見鶏」が見えてきて、
「あ、おかえり2人共!」
と、丁度外に出ていたレベッカが、春風とレナに向かってそう言った次の瞬間……。
ーーグウウ。
2人のお腹からそんな音がしたので、思わず、
「「あ」」
と、お互い顔を見合わせると、すぐに「はは」と笑って、その場からレベッカのもとへと駆け出した。
翌日。
「ねぇ。昨日のあれは、何?」
と、アーデに思いっきり詰め寄られた。




