第186話 春風、悩む
さて、ルーセンティア王国とストロザイア帝国で、大きな動きが起きたところで、また時を数日前に戻すとしよう。
波乱に満ちたハンター登録と初仕事の翌日、朝起きて朝食を済ませた春風は、迎えに来たレナと共に「白い風見鶏」を出てハンターギルド総本部へと向かった。
商店通りは既に大勢の人達で賑わっていて、そんな通りを歩いてる最中、
「さぁ、今日もお仕事頑張ろうね!」
と、レナが元気よく声をかけてきたが、
「う、うん、そうだね」
その反対に、春風は何処か元気がなさそう……というよりも、何か「悩んでいる」と言わんばかりの表情をしていたので、
「ど、どうしたの春風?」
と、気になったレナがそう尋ねると、春風は「あー」と答え難そうな表情をすると、
「昨日の夜、レベッカさんに言われた時のこと考えて……」
と、春風は弱々しい笑みを浮かべながらそう答えた。
その答えを聞いて、
「ああ、あの話かぁ……」
と、レナが納得の表情を浮かべながらそう言うと、2人して昨日の夜のことを思い出し始めた。
それは、春風がハンター登録と初仕事、そして、アーデとの戦いを終えて「白い風見鶏」へと戻った時のことだった。
食堂内のカウンター席で、
「「ご馳走様でした」」
と、夕食を終えた春風とレナが、食事を用意したデニスに向かってそう言うと、
「はは、昨日と同じくらいのいい食べっぷりじゃないか」
と、食堂に入ってきたレベッカがそう声をかけてきたので、
「あ、ど、どうも……」
と、春風は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらそう返事した。
その後、デニスによって食器が片付けられ、春風が残されたグラスに入った水を飲んでいると、
「それで、初仕事はどうだったんだい?」
と、春風隣に座ったレベッカがそう尋ねてきたので、
「はい、ちょっとしたアクシデントはありましたが、同行してくれたレナとアーデさんのおかげで、何とか終えることが出来ました」
と、春風は恥ずかしそうな表情のままそう答えると、レベッカは「はは、そうかい」と笑いながらそう言って、
「それで、アンタこの後はどうするつもりなんだい?」
と、春風に向かってそう尋ねた。
その質問に対して、
「え? どうする……とは?」
と、春風がそう尋ね返すと、
「勿論、今後のことさ」
と、レベッカは真剣な表情でそう答えたので、それを聞いたレナは「あ……」と声をもらしながら春風に視線を向けた。
一方、質問された春風はというと、表情を暗くしながら「それは……」と呟いて、
「お金は勿論払います。ですので、俺は明日にでも……」
と、今にも「ここを出ていきます」と言わんばかりの表情でそう答えると、レベッカは「はぁ」と溜め息を吐いて、
「こいつはあたし個人の意見だが……アンタはここにいた方がいいと思う」
と、春風に向かってそう言ったので、
「え? どうして……?」
と、それを聞いた春風はポカンとした表情でそう尋ねた。
その質問に対して、
「いや『どうして?』ってあんた、今日ハンターになったばかりなだけじゃなく、この世界のこと全然わかってないだろう?」
と、レベッカがそう尋ね返すと、
「それは……!」
と、春風はすぐに「わかってます!」と答えようとしたが、すぐにハッとなって、
「……そう、ですね」
と、レベッカに向かってそう言った。
春風は考えた。
確かに、この世界の「真実」については女神ヘリアテスから聞いたが、この世界の「現在」についてはまだ知らないことが多かった。
それ故に、レベッカから「この世界のことを全然わかってない」と言われた時、
(確かに、その通りなんだよなぁ)
と、考えてしまったのだ。
そんなことを考えていた春風を前に、
「だからさ、折角『ハンター』になった訳だし、ここで生活しながら、この世界のことを少しずつ学んでからでも遅くはないだろ? 幸いここには色んな奴らが食事に来るから、外の世界の情報には困らないし」
と、レベッカが笑いながらそう言ってきたので、
「はは、確かにそうですね」
と、春風も笑いながらそう返事した。
そんな春風を見て、レナも「ふふ」と笑うと、
「ああ! なんだったら、レナみたく家を借りるってのはどうだい? まだ空いてる物件が幾つかあるんだ」
と、レベッカが思いついたようにそう提案してきたが、
「それは……やめておきます。色々と誤解が生まれそうですし……」
と、春風は困ったような笑みを浮かべながらそう断ったので、
「ありゃ。そいつは残念だね」
と、レベッカは少しムッとしながらそう返事した。
そして、時は現在に戻り、
「あはは。いやぁ、あの時は本当に参ったよ」
と、食堂でのことを思い出した春風が苦笑いを浮かべながらそう言うと、
「うーん。でも、家のこと本当に断ってよかったの?」
と、レナがそう尋ねてきたので、
「いいんだよ。いずれ故郷に帰る身だしさ。それに……」
「それに?」
「そんなことしたら、向こうに残してきた人達に『テメェ! 滅茶苦茶エンジョイしてんじゃねぇか!』って叱られそうで怖い」
と、春風がそう答えると、レナは「えぇ?」と声をもらしながらタラリと汗を流したが、その後すぐに少し寂しそうな顔で、
「……そっか」
と、呟いた。
すると、レナは何かを思いついたかのようにハッとなって、
「あ! だったら、前にも言ったけど私の家で暮らさない?」
と、春風に向かってそう提案してきたが、
「遠慮します!」
と、春風はそれをピシャリと跳ね除けたので、
「な、何でぇ!?」
と、レナがショックを受けながらそう尋ねると、
「『男』としてアウトな気がするから!」
と、春風はハッキリとそう答えた。
その答えを聞いて、
「だから何でぇ!?」
と、レナが更にショックを受けると、
「あーもう! この話はお終い! ほら、早く行こう!」
と、春風はその場から逃げるように駆け出して、
「あ、ちょ、ちょっと待ってよぉ!」
と、それに続くように、レナもその後を追いかけた。
そんな中、春風はというと、レナに追いかけられながら、
(ごめん、レナ! 俺にはもう、絶対に裏切りたくない大事な人達がいるんだ!)
と、心の中でレナ謝罪しながらそう叫んでいた。




