第179話 ウィルフレッド、「確信」する
今回は、いつもより長めの話になります。
「春風殿は、既に『邪神』と接触している」
と、爽子達に向かってそう言ったウィルフレッド。
その言葉を聞いて、会議室にいる者達全員が絶句した後、
「あ、あの……それは、本気で言ってるのですか?」
と、爽子がタラリと汗を流しながら、恐る恐るそう尋ねてきたので、
「うむ、私はそう確信しているし、それを裏付ける『根拠』もある」
と、ウィルフレッドはコクリと頷きながらそう答えた。
その言葉を聞いて、
「こ、根拠……ですか? それは一体……?」
と、爽子は再び恐る恐るそう尋ねると、
「質問に質問で返すようで申し訳ないが、この『エルード』という世界は、ここ『ルーセンティア王国』と、ヴィンセントが治める『ストロザイア帝国』という2つの大国と、その周りにある幾つかの小国が存在している。ここまではいいだろうか?」
と、ウィルフレッドがそう尋ね返してきたので、それに爽子達がコクリと頷くと、
「そして、『中立都市フロントラル』は、この『ルーセンティア王国』と『ストロザイア帝国』の、丁度中間に位置している、どの国にも所属していない都市で、ここからだとどんなに速く馬車を走らせても、最低1ヶ月はかかる」
と、ウィルフレッドはフロントラルの場所とそこに着くまでにかかる日数を説明した。
その説明に爽子ら勇者達が「おぉ……」と声をもらすと、
「……え、ちょっと待ってください」
と、爽子が何かに気付いたかのようにハッとなったので、それに生徒達が「ん?」と反応すると、
「雪村がここを出て行ってから、まだ1週間と少ししか経ってませんが……」
と、爽子が更にタラリと汗を流しながらそう言ったので、それを聞いた生徒達や、マーガレットらウィルフレッドの家族達も、
『あ、そういえば!』
と、今になって気付いたかのようにハッとなった。
そんな彼・彼女達を前に、
「その通りだ。ここからフロントラルに向かったなら、そんな短い日数で行くことなど不可能なのだ」
と、ウィルフレッドがそう言うと、
「目的の場所まで一瞬で行ける『魔術』はないのですか?」
と、爽子はそう尋ねたが、
「いや、そのような都合のいい『魔術』はない」
と、ウィルフレッドが即座に否定したので、
「そ、そうですか」
と、爽子がシュンとなると、
「えっと……『魔術』とか『スキル』とかで肉体を強化しながら進むっていうのはどうですか?」
と、爽子の傍で純輝が恐る恐る「はい」と手を上げながらそう尋ねたが、
「いや、それらには全て『制限時間』が設けられていて、その時間を過ぎれば強化された身体能力はガクッと元に戻るうえに激しい疲労に襲われる。途中に町や村があればそこで休めばいいが、周囲に何もないところだと魔物やタチの悪い者達の餌食となってしまうだろう」
と、ウィルフレッドは首を左右に振りながら、これも否定した。
すると、
「なら、ストロザイア帝国の『魔道飛空船』ならどうでしょうか?」
と、今度は煌良がそう尋ねると、
「残念ながら、フロントラル、もしくは付近で『魔道飛空船』を見た者はいない。あれはかなり目立つからな」
と、ウィルフレッドはそれも否定したが、
「では、『ストロザイア帝国』以外の国で造られたものなら……」
と、煌良は引くことなく質問を続けようとした。
しかし、それでもウィルフレッドは首を縦に振ることはなく、
「いや、あれは『ストロザイア帝国』独自の技術で造られたものだ。現状、この世界に存在している小国で、あれを生み出せる技術を持ったところは、ない」
と、はっきりと否定したので、
「……そうですか」
と、煌良は今度こそ諦めたのか、それ以上質問してこなかった。
その後、
「……じゃあ、春風君はどうやって……?」
と、美羽がそう疑問を口にすると、
「それはわからない。しかし、現に春風殿は短い日数でフロントラルに現れた。そのような『奇跡』じみた出来事など、それこそ、『神』でしか起こせないだろう」
と、ウィルフレッドがそう答えたので、
「まさか……『邪神』が?」
と、今度は歩夢がそう疑問を口にした。
その言葉にウィルフレッドはコクリと頷くと、
「そうだ、長きに渡る封印から目覚めた『邪神』なら、その程度の『奇跡』を起こすことが可能だろうと、私はそう思ってる」
と、歩夢だけじゃなく爽子達に向かってそう言い切った。
その言葉に対して、誰もが何も言えないでいると、
「……雪村、一体何を……?」
と、爽子がボソリとそう呟いたので、それに気付いた周囲の人達が「ん?」と爽子に視線を向けると、爽子はハッとなって、
「あ、いえ、その、何と言いますか……最初、私は雪村が『地球』に帰る方法を探しているんじゃないかなって思ってたんですが、ヴィンセント皇帝陛下を交えて話し合っていくうちに、『実は違う目的があるんじゃないか』って思ったりもしまして……ですが、こうして映像越しとはいえ、久しぶりに雪村の姿を見たら、なんかもう、訳がわからなくなりまして……しかも、あの子自身、何か大きな『秘密』を抱えてるようにも見えて……」
と、あれこれ言い訳じみた発言をしていったが、
「ですから……その……」
と、次第に勢いが弱くなり、とうとうその先の言葉が出てこなくなると、その場に力無くへたり込んで、
「……駄目だな。私は……教師失格だ。あいつが何を考えて私達のもとから去ったのか、全くわからないのだから」
と、今にも泣き出しそうなくらい声を震わせながらそう言った。
そんな状態の爽子に、生徒達が駆け寄ると、
「いいえ、爽子様は悪くありません」
と、それまで黙っていたクラリッサがそう口を開いたので、それに爽子や生徒達だけでなくウィルフレッドも「え?」と反応すると、クラリッサは爽子の傍に近づいて、
「元を辿れば、わたくしが『勇者召喚』で皆様をこの世界に召喚した所為で、このような状況に陥ってしまったのです。ですから、もし恨むのでしたら、このわたくしを恨んでください」
と、本気で申し訳なさそうな表情でそう言った。
その言葉を聞いて、爽子が「そ、それは……!」と抗議しようとしたが、それを遮るかのように、
「いや、恨むなら私を恨んでほしい。全ての責任は、『国王』であるこの私にあるのだから」
と、ウィルフレッドがクラリッサの肩を掴みながら、爽子に向かってそう言ってきたので、
「そ、そんな、待ってください陛下!」
「そうですお父様、ここは私が……!」
と、爽子だけでなくクラリッサまでもがウィルフレッドに抗議した。
その後、3人が「あーでもないこーでもない」と口論し、それを止めに入った者達まで交えて更にヒートアップていると、
「だあああああ! もう、あったまきたぁ!」
と、鉄雄が怒鳴り声をあげてきたので、それを聞いた周囲の人達がギョッとなって、
「あ、暁…‥君?」
と、純輝が恐る恐る鉄雄に向かってそう尋ねると、
「そんなにわかんねぇなら、いっそ雪村本人に聞いた方が早いだろう! あいつ、そのフロントラルってところにいるんだろ!?」
と、鉄雄は王族達を前にしているのにも関わらず怒鳴るようにそう答えたので、
「あ……それも、そうかも」
「そうだな」
と、純輝だけでなく煌良までもが納得の表情を浮かべた。勿論、他の生徒達も2人と同じような表情になった。
そして、
「……うん、そうだよね」
と、歩夢が下を向いて「ふふ」と笑いながらそう言うと、すぐにゆっくりと顔を上げて、
「だったら……私が、フロントラルに行きます!」
と、周囲に向かってはっきりとそう言った。




