第172話 みんなで「記録」を見る・8
最後の映像記録用魔導具を起動した水音達の前で、今、映像の春風と映像のアデレードの「戦い」が行われようとしていた。
そんな2人の様子を見て、
「うーむ。映像とはいえ、こうして見てみるとアデレードの本気が伝わってくるのがわかるな」
「そうですね父上」
と、ヴィンセントとレオナルドがそう感心していると……。
ーーちょおっとぉおおおおお! アーデさん! アンタ、何ふざけたこと言ってんのぉ!?
と、鬼のような形相をした映像のレナがそう怒鳴ってきた。
因みに、レナの傍にはハンターギルド総本部長のフレデリックと、映像の春風達が仕事中に助けた3人の男女の姿もあった。
彼女怒鳴り声を聞いて、
「う、うわぁ、レナ・ヒューズさんメッチャ怒ってるぅ」
「う、うん」
と、祭と祈がドン引きしながらそう呟いていると……。
ーーふざけてない、私はこの通り本気。そして、誰にも私の邪魔はさせない。もし邪魔しようものなら、私は一切容赦はしない。たとえ『神』であろうと。
と、映像のアデレードがもう片方の剣の切先を映像のレナに向けながらそう言ってきたので、それを聞いた水音は、
「す、凄い本気を感じる」
と、タラリと汗を流しながらそう言い、その言葉に続くように、
「あ、ああ。ていうかあの人、さっき雪村に『戦う理由』を問われた時、『私が戦いたいから』って答えてたよな?」
「う、うん、確かにそう言ってたね」
と、進と耕も水音と同じようにタラリと汗を流しながらそう言った。
すると、
「というか、ストロザイア帝国の『皇女』って、みんな好戦的なのか?」
と、絆がそう疑問を口に出したので、それに水音ら勇者達が「あ」と声をもらすと、皆、一斉にエレクトラに視線を向けた。
そんな彼らの視線を受けて、
「ちょ! そんな目で見るな! 私も確かに『戦い』は好きだが、姉様程酷くはないぞ!」
と、エレクトラは「ちょっと待てい!」と言わんばかりに抗議してきたが、
「いやぁ、お前も大概だぞ」
「そうねぇ、エレンちゃんもアーデちゃんと同じくらいよねぇ」
「はは、そうですね」
と、ヴィンセント、キャロライン、レオナルドが笑いながらそう言ったので、
「えぇ!? 父様!? 母様!? 兄様まで!? 酷いです!」
と、エレクトラはショックを受け、その様子を見た水音ら勇者達は「ははは」と盛大に頬を引き攣らせた。
しかし、それから間も無くして、
「……て、おっと。どうやら雑談はここまでのようだぜ」
と、ヴィンセントの表情が真面目なものになったので、それに水音達が「え?」と反応すると、
「あれ!? なんか人が増えてますけど!?」
と、水音がそう驚きに満ちた声をあげたように、いつの間にか小闘技場内に大勢の人達が集まっていたので、
「ふむ。どうやら見物客が集まったみてぇだな」
と、ヴィンセントは真面目な表情のままそう言った。
映像の春風と映像のアーデが立つ小闘技台を囲むように集まってきた大勢の見物客を見て、
「な、なぁ。これ、もう雪村逃げられなくね?」
と、進がヒクヒクと頬を引き攣らせながらそう尋ねてきたので、
「そうだね。春風、元々こういうの苦手だから、ちょっと心配に……」
と、それを聞いた水音が本気で心配そうな表情になっていると、目の前にいる映像の春風が腰のベルトにつけた革製のケースから折り畳んだ状態の黒い扇を引き抜いたのが見えたので、
「あれ? あれって……」
と、水音が大きく目を見開くと、
「ん? 水音、知ってるのか?」
と、エレクトラがそう尋ねてきた。
その質問に対して、
「1年前に師匠が春風にプレゼントした『お守り』です」
と、水音がその扇に視線を向けたままそう答えると、
「ほう! あれがそうなのか!?」
と、今度はヴィンセントがそう尋ねてきたので、
「はい。多少見た目が派手になってますが、間違いありません」
と、水音はそれでも映像の春風の右手に持っている黒い扇に視線を向けたままそう答えた。
そんな水音達のやり取りを他所に、映像の春風が……。
ーーはぁ。本当は嫌だけど、仕方ないか。
と、溜め息を吐きながらボソリとそう呟くと、右手に持っていた黒い扇を左手に持ち替えた。
その動きを見て、
「え? 雪村、何する気だ……?」
と、進がそう疑問を口にすると……。
ーーいくよ、夜羽。
と、映像の春風はそう言って、ゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間、映像の春風の左手に持っている黒い扇が緑色に光り出した。そして、小闘技場内で「きゃあ!」「な、何だ何だ!?」と悲鳴があがり出したので、
「え!? な、何!?」
と、祭がギョッと目を大きく見開きながら、驚きの声をあげた。
いや、祭だけではない。水音達も祭と同じように大きく目を見開き出した。
そんな水音達を他所に、
「これは……小闘技場内に風が吹いてきたのか?」
と、ヴィンセントはそう疑問を口にしていると、
「父上、あれを!」
と、レオナルドがとある方向を指差しながらそう言ってきたので、ハッとなったヴィンセントはすぐにその指差した方へと視線を移した。
そこには「夜羽」と呼んだ緑色に輝く扇を手にした春風がいて、その扇にはまるで風が集まっているかのようになっているのが見えたので、
(は、春風……一体何を!?)
と、それを見た水音がそう疑問に思っていると……。
ーーフッ!
と、映像の春風がその扇をブンッと振った。
次の瞬間、左手に持っていた黒い扇は、緑色の刀身を持つ小振りの剣へと姿をかえたので、
『ええ!? 剣になっちゃったぁ!?』
と、水音ら勇者達だけでなく、レオナルドを除いた皇族達も驚きに満ちた叫びをあげた。
ただ1人、レオナルドはというと、
「さっきの光……風属性の魔力か……?」
と、ボソリとそう呟くと、
「まさか……扇を媒体に、自分の魔力を『剣』として具現化させたのか!?」
と、結論づけるようにそう疑問を口にしたので、
「え!? 魔力を具現化って、そんなの可能なんですか!?」
と、耕がレオナルドに向かってそう尋ねたが、
「馬鹿な、魔力を剣に変えるなんて……何かのスキルか? いや、そんなスキルは聞いたことがない。なら、あの扇の力か……?」
と、レオナルドはブツブツとそう呟くだけで、耕の質問に答えようとしなかった。
一方、目の前で起きた出来事に、水音はというと、
(い、一体……春風は何をしたんだ!?)
と、緑色の剣を握る春風を見つめながら、心の中でそう疑問に思っていた。
それからすぐに、映像の春風が空いた右手で腰に下げた剣を鞘から引き抜くと……。
ーーそれじゃあ、遠慮なくいかせてもらいますね。
と、その切先をアデレードに向けながらそう言った。
その瞬間、映像とはいえ小闘技場内が一気に緊張に包まれたのを感じたのか、周りの見物客だけでなく水音達までもがゴクリと唾を飲んだ。
そして、そんな水音達が見守る中、映像のフレデリックが映像の春風と映像のアデレードを交互に見て……。
ーーそれでは……。
と、ゆっくりと自身の右腕を振り上げて……。
ーー始め!
と、叫びながら、勢いよくその右腕を振り下ろした。




