第155話 現れたのは……
「はぁ。なんかもう色々と疲れた」
小闘技場を出た瞬間、春風は激しい疲労感に襲われたので、
「お疲れ様、春風」
と、レナはそんな春風の肩にポンと手を置きながら言い、
「そうですね。今日はあなたにとって、本当に色々とありすぎましたからね」
と、フレデリックは穏やかな笑みを浮かべながら言ったので、
「はは……そうですね」
と、春風は疲れ切った表情で弱々しくそう返事した。
あれから春風は、アーデにしつこく「私と戦って」「私を痛めつけて」と言い寄られていた。
「あ、アーデさん。ちょっと本当に勘弁してほしいんですけど……」
と、春風は何とか断ろうとしたが、
「お願い、あと1回だけでいいから」
と、アーデは目をキラキラとさせながら懇願してきた。
そんなアーデを見て、
(いや、冗談抜きで勘弁んしてくれよ。ていうか、アンタ幾つなんだよ!?)
と、春風は表情には出さず、心の中でそう疑問に思ったが、
「私、19歳だよ?」
と、アーデにそう答えられてしまったので、
「え、マジですか……じゃなくて、今俺の心読みました!?」
と、春風はギョッと目を見開きながらそう尋ねると、
「何となくそんな気がした」
と、即答されてしまい、春風は思わず「うわ、マジか」と手で自身の顔を覆った。
その後もアーデに「お願い」と詰め寄られて、それに春風がウンザリしていると、
「アーデさん。申し訳ありませんが、今日はもう遅いですし、皆様もお疲れでしょうから、この辺で終わりにしましょうね」
と、それまで黙って見守っていたフレデリックにそう言われてしまったので、
「うぅ……でも……」
アーデはフレデリックの提案に「むぅ」と頬を膨らませたが、
「アーデさん」
と、笑顔でそう言ったフレデリックに何かとてつもないものを感じたのか、
「……わかりました」
と、最終的にフレデリックの言葉に従うことにした。
その言葉を聞いて、
「うんうん、いい子ですよアーデさん」
と、タイラーは何度も頷きながら、アーデの頭を「よしよし……」と撫で始めたので、それを見た春風は、
(よかった、これでもう安心かな)
と、心の中でそう呟きながら、ホッと胸を撫で下ろしたが、
「ところで春風君、君さえよければ是非レナさんと一緒にうちのレギオンに来ませんか? 歓迎しますよ?」
と、すぐに春風とレナへのスカウトを始めたので、
(ええ!? まだ終わってなかった!?)
と、春風が再びギョッと目を見開いていると、
「あ、こら! 春風は私が目をつけたんだぞ! 春風、こいつのところではなく私のところに来い! 勿論、レナも一緒にだ!」
と、怒ったヴァレリーまでもが、「負けるものか!」と言わんばかりに春風とレナを勧誘しはじめた。
そんなタイラーとヴァレリーの言葉に対して、春風とレナは「ふ……」と鼻で笑うと、
「謹んで、ご遠慮させてもらいます」
「絶対に嫌!」
と、そう言ってタイラーとヴァレリーのスカウトを断った。
そんな2人の言葉を聞いて、
「「うーん、いけず」」
と、ヴァレリーとタイラーはそう言いながらガックリと肩を落とし、そんな状態の2人を見て、
「はぁ、やれやれですね」
と、フレデリックは呆れ顔でそう呟いた。
因みに、残されたエリック、ステラ、イアンの3人はというと、
「うーん、タイラーさんだけでなくヴァレリーさんからもスカウトの話が来るとは……」
「一体何者なのかしら、春風君って……」
「さぁな。只者じゃないことだけは確かだが……」
と、皆、春風を見ながらヒソヒソと話し合っていた。
その後、春風達が小闘技場を出ると、
「あれ? そういえば……」
と、春風が何かを思い出したかのように「おや?」と首を傾げたので、
「ん? どうかしました?」
と、それに気付いたフレデリックがそう尋ねると、
「あの、総本部長さん。今日の仕事の報酬、まだ貰ってないんですが、何処で貰えるんですか?」
と、春風は困ったような表情でそう答えたので、
「ああ、それでしたら、先程の仕事終了を報告した受け付けの隣の窓口で報酬を受け取れますよ」
と、フレデリックはニコッとしながらそう言った。
その言葉を聞いて、
「本当ですか? それでは早速行かないと!」
と、春風はそう言いながら、その窓口に向かおうと駆け出したので、
「あ! 待ってよ春風!」
と、それを見たレナはすぐに春風の後を追いかけた。
それから長い渡り廊下を走っていたその時、
ーーヌッ!
「うわ!」
春風の目の前に、何か大きなものが文字通りヌッと現れたので、春風は危うくその何かにぶつかりそうになったが、どうにかギリギリで踏み止まることが出来た。
(あ、あっぶねぇ……)
と、春風はホッと胸を撫で下ろした後、
「す、すみません、驚かせてしまったでしょうか?」
と、すぐに目の前に現れた「何か」に向かってそう謝罪すると、
「大丈夫ですよ。其方こそ、驚かせてしまったかしら?」
と、逆に女性の声で「何か」にそう尋ね返されたので、
「え? あ、こちらも大丈夫です」
と、春風はそう答えると、その「何か」をジッと見つめた。
その正体は、フレデリックと同じようにロングコートをマントのように羽織った、眼鏡をかけたスーツ姿の初老の女性だった。
何処か気品に満ちた雰囲気をしたその女性を見て、
(うわ、すっごい綺麗な人)
と、春風は思わず見惚れてしまったが、
(でも、何となく総本部長さんに似たものを感じる)
と、同時にそう思った春風は「おや?」と首を傾げた。
すると、
「春風ぁ、大丈夫……」
と、漸く春風に追いついたレナだが、
「っ!」
目の前の初老の女性を見て、思わずカチンと固まってしまった。
そんなレナの様子に、
「え、どうしたのレナ!?」
と、驚いた春風が大慌て声をかけたが、
「……」
レナは無言のまま初老の女性を見て、ダラダラと滝のように流しながら固まっていたので、春風はかなり心配になった。
すると、
「お二人共、どうかしましたか?」
と、春風とレナの背後にフレデリックが現れたので、春風とレナは思わずビクッとなって、
「「あ、総本部長さん」」
と、フレデリックを見てそう声をもらした。
そんな2人の様子にフレデリックも「ん?」と首を傾げたが、2人の目の前にいる初老の女性を見て、
「ああ、そういうことでしたか」
と、納得の表情を浮かべると、
「オードリー市長、お仕事は終わったのですか?」
と、初老の女性に向かってそう尋ねた。
その質問を聞いて、
(……え? 総本部長さん、今何て言った?)
と、春風が「理解出来ない」と言わんばかりに首を傾げると、
「ええ、今終わったところですよ」
と、「オードリー市長」と呼ばれた初老の女性はニコッとしながらフレデリックに向かってそう答えた。
その答えを聞いて、春風は「え? え?」と戸惑っていると、初老の女性は「うふふ」と笑って、
「はじめまして、私はオードリー・クロフォード。この『フロントラル』の市長を勤めてます。以後よろしくね」
と、春風に向かってそう自己紹介した。




