第154話 戦いの終わりと、アーデの「秘密」
小闘技場を舞台とした、春風とアーデの戦いは、激しい攻防の末、春風の勝利に終わった。
それが決まった瞬間、春風とアーデの戦いを見ていた大勢の人達は、皆、わらわらと小闘技場を出ていった。
それから暫くすると、
「う……うーん」
と、それまで気を失っていたアーデが漸く目を覚ましたので、
「あ、アーデさん!」
と、それに気付いた春風がアーデに向かって声をかけた。
その声を聞いて、
「は、春風……」
と、アーデがそう口を開いた次の瞬間、背中に激痛がしたので、アーデは思わず「うぅ!」と呻くと、
「あ! 大丈夫ですか!?」
と、春風は慌てた様子でそう尋ねた。
その質問に対して、
「だ、大丈夫。大丈夫……だから」
と、アーデはまだ痛そうに悶絶しながら答えたその時、
(そ、そうだ。私は……)
と、それまでの記憶を思い出して、現在、自身は小闘技台の上で横になっている状態だと理解した。
その後、漸く痛みが引いてきたので、アーデはゆっくりと上半身を起こすと、
「私……負けちゃったんだね?」
と、春風に向かって表情を暗くしながら尋ねた。
その質問に対して、春風が「う! それは……」と答え難そうにしていると、
「ええ。信じたくはないでしょうが、あなたと春風さんの戦いは、春風さんの勝利に終わりましたよ。ああ、因みにですが、お二人の戦いを見ていたギャラリーの方々は皆帰っていきまして、今この場にはアーデさんと春風さん、私、レナさん、エリックさん、ステラさん、イアンさんがいます」
と、春風の傍に立つフレデリックがそう答えたので、アーデは辺りを見回してフレデリックの言ってたことが事実だと理解すると、
「……そう」
と、その答えを聞いたアーデは表情を暗くした。
そんなアーデを見て、春風が気まずそうな表情になったその時、
「は〜る〜か〜」
と、春風のすぐ後ろでそんな声がしたので、春風は「わぁあ!」と驚いた後、すぐに後ろを振り向くと、
「ヴァレリーさん!?」
そこには「ゴゴゴ……」とプレッシャーを放つヴァレリーがいたので、その様子に春風はダラダラと滝のように汗を流していると、
「僕もいますよ」
と、ヴァレリーの後ろから、1人の男性がひょっこりと顔を出したので、
「た、タイラーさん!?」
と、春風はその男性……タイラーを見て驚きの声を上げると、
「ああ、そういえばヴァレリーさん達もいましたね」
と、フレデリックがわざとらしくそう言ったので、春風は思わずギロリとフレデリックを睨んだが、
「おいこら春風ぁ。私と手合わせした時とは随分と違うじゃないかぁ」
と、更にプレッシャーを放つヴァレリーと、
「いやぁ、中々素晴らしい戦いぶりでしたよ。私の助手を相手に……」
と、ヴァレリーに負けないくらいのプレッシャーを放つタイラーを見て、
「あーそのー。というかお二人も見ていたんですか?」
と、春風は更に滝のように汗を流しながら、恐る恐る2人に向かってそう尋ねると、
「決まってるだろ、最初からだ」
「ええ、しっかりと見させてもらいましたよ」
と、ヴァレリーもタイラーもグッと親指を立てながらそう答えた。
それを聞いた春風が「マジですか」と呟くと、
「うぅ……」
と、アーデからそんな呻き声がしたので、
「は! あ、アーデ……さん?」
と、春風はすぐにアーデに視線を向けた。
よく見ると、彼女の体は小刻みに震えていたので、
「あ、アーデさん……その……俺は……」
と、春風が狼狽えながらもアーデに向かって声をかけると、
「さーいこぉおおおおお!」
と、アーデは何故か頬を赤くしてうっとりとした表情でそう叫んだので、それを聞いた春風は、
「……は?」
と、目をパチクリとさせながらそう声をもらしたが、そんな春風を無視して、
「こんな……こんな戦いは初めて! 『魔術』を使えるのに実際に使ったのは1回だけ! しかも使ったのは攻撃魔術じゃなくて強化魔術で、それ以外は全然使ってこない! そして極め付けは最後の攻撃が剣じゃなくて『体術』、しかも投げ技だなんて! ああ、なんて……なんて最高なの!?」
と、アーデは更に顔を赤くして「はぁ……はぁ……」と息をきらし、全身をクネクネと動かしながらそう言った。
突然のアーデの豹変ぶりを見て、
(え、えぇ? 何この人?)
と、春風がドン引きしていると、
「ああ、すみません春風君。うちの助手は普段は口数が少なく、基本的に真面目な性格ですが、ちょっととある問題がありまして……」
と、タイラーが「あはは」と苦笑いしながらそう言ったので、
「え? 何ですか、その『問題』って……?」
と、春風がそう尋ねると、
「その……実はアーデさんには、好戦的な一面があると同時に、その……被虐嗜好なところがありまして、特に強い相手に痛めつけられることに興奮と快楽を得るという、なんとも困ったところがあるんですよ」
と、タイラーは暗い表情で再び苦笑いしながらそう答えた。
その答えを聞いて、
(え。それってまさか……)
と、春風が心の中でとある結論に至ろうとした、まさにその時、
「春風ぁ!」
と、アーデがガバッと春風の腕に抱きついてきたので、
「ひゃいい!」
と、春風は思わず変な叫びをあげたが、そんな春風を無視して、
「ねぇお願い! もう一度私と戦って! そして……」
と、アーデは顔を真っ赤にして目をキラキラとさせながらそう言ってきたので、
(あ、ああこの表情。間違いない、この人は……)
と、それを聞いた春風はタラリと汗を流しながら、心の中でそう呟くと、
「私をもっと痛めつけて!」
と、アーデは満面の笑みを浮かべながらそう懇願してきたので、
(この人……ドMだ!)
と、春風はそう結論づけると、
「は! ま、待ってアーデさん! こんなところでそんなこと言っちゃいけません!」
と、すぐにレナ達に視線を向けたが、
『……』
何故か全員、顔を真っ青にしながらそっぽを向いていたので、
「あ、あれ? 皆さん?」
と、春風はそう言って首を傾げると、
「もしかして、皆さん知ってたんですか?」
と、「まさか」と思ってレナ達に向かってそう尋ねると、全員黙ってコクリと頷いたので、
「知ってたんかーい!」
と、春風はそうツッコミを入れた。
勿論その間も、
「ねぇお願い! また私と戦ってよぉ! そしていっぱい痛めつけてよぉ!」
と、アーデは春風に向かって更に懇願していた。




