第138話 「理由」を聞き終えて……
桜庭水音。
春風のクラスメイトの1人にして、異世界「エルード」に召喚された「勇者」の1人である少年。
そして、春風にとって「大切な人達」の1人でもある。
その桜庭水音ーー以下、水音がルーセンティア王国からストロザイア帝国へと旅立った。
その出来事だけでも春風にショックを与えたのだが、そうなってしまった原因が春風本人にあるという事実も知ってしまい、それが、春風に更なるショックを与えた。
因みに水音の他にもストロザイア帝国へと旅立った者達もいたのだが、今の春風にその人達のことを尋ねる精神的余裕はなかった。
事実を聞いてその場に膝から崩れ落ちた春風を、
「は、春風ぁ」
と、レナは心配そうに見ていたが、レナ自身も「邪神と繋がりがあるかもしれない」という疑惑を向けられているので、
(うう、どうしよう。これ、どう答えればいいの!?)
と、どう反応すればいいのかわからず、春風とヴァレリー達を交互に見ながらオロオロしていた。
さて、そんな2人に向かって、
「あの、大丈夫でしょうか?」
と、フレデリックが恐る恐るそう話しかけると、春風はゆっくりと立ち上がって、
「……すみません、フレデリック総本部長さん。色んなこと聞いて考え……ていうか、頭が追いつかなくて……」
と、暗い表情でそう謝罪すると、
「いえ、気にしないでください……」
と、フレデリックがそう励まそうとしたが、
「で、結局のところ、今私が言ったことは事実なのかい?」
と、空気を読んでないのかヴァレリーが春風に向かってそう尋ねてきたので、
「いやいやヴァレリーさん、ここはまず空気を読んで……」
と、彼女の隣に立つタイラーがそう注意しようとしてきたが、それを遮るかのように、
「はは、ははは、あははははははは……!」
と、いきなり春風が暗い表情のまま大声で笑い出したので、それを聞いたフレデリック達が、
『な、何事!?』
と、目を大きく見開きながら驚いていると、
「あーおかし。黙って話を聞いてみれば、何とも想像力が豊かな話ですね」
と、春風は暗い表情のまま笑いながらそう言った。
そのあまりの様子を見て、
「は、春風?」
と、レナが恐る恐る声をかけてきたが、それを無視するかのように、
「ほう、私の話の内容は事実ではないと言いたいのか?」
と、ヴァレリーが目を細めながらそう尋ねてきた。
そんなヴァレリーを見て、
「ええ、全くの誤解ですよ。俺はそんな大層な人間じゃありません。まぁ、『勇者』じゃないってのは本当のことですが」
と、春風は口もとを醜く歪めながらそう答えた。
その様子に、レナだけでなくタイラーとアーデ、そしてレベッカまでもが緊張のあまりゴクリと唾を飲んだが、それを無視して春風は話を続ける。
「ルーセンティア王国でどんな話し合いが行われたのか知りません。しかし、『いい人間』か『悪い人間』かと問われたら、俺は迷いなく『悪い人間だ』と答えられますよ。何せ、俺は『自分の幸せが最優先』の人間ですからね、目的を果たす為なら平気で他人を利用しますし、用が済めばその人を切り捨てたりもして、『悪い人間』と仲良くなれば、『いい人間』と敵対することだってありますよ」
と、「くっくっく……」と醜く口もとを歪めたままそう話す春風。そんな春風を見て、
『……』
と、レナをはじめとしたその場にいる者達全員、何も言えずにいた。
しかしそれでも春風は止まることなく、
「そもそもですよ、俺、同じ世界の人間達のもとから去った人間ですよ? もうその時点で俺が『悪い人間』だっていう証じゃありませんか? ルーセンティア王国を飛び出した理由だって、どれだけ綺麗事を言ったところで結局は自分の為で、残されたみんなのことなんて……」
と、途中手で自身の顔を覆いながらそう話を続けたが、
(いや、もうやめよう。これ以上は自分が惨めになるだけだ)
と、そう考えて、首をブンブンと横に振ると、
「フレデリック総本部長さん、ヴァレリーさん、タイラーさん、アーデさん、レベッカさん」
と、目のにいるフレデリック達に声をかけた。
それに対して、フレデリック達が「ん?」と反応すると、
「気分の悪くなる話ばかりで、本当に申し訳ありません。図々しいお願いなのは百も承知ですが、今日1日だけここにいさせてください。明日になったら、自分はここを出ていきます。そして、今この世界で起きてる『問題』が解決したら、自分は勇者達と共にこの世界からも去ります。まぁ、その辺りつきましては、みんなと相談してからになりますが」
と、春風は深々と頭を下げて謝罪しながらそう言い、最後に、
「長々とすみませんでした。では、早速ハンターの仕事を受けようと思いますので、これで失礼します……」
と、そう付け加えると、「では……」と言ってその場から去ろうと歩き出し、
「ま、待って春風……!」
と、レナが慌てた様子で追いかけようとした、まさにその時、
「ちょーっと待ったぁ!」
と、ヴァレリーが春風の肩をガシッと掴んできたので、
「「ふえ!?」」
と、春風レナは思わず間の抜けた声を出してその場に止まった。
突然のことに対して、
「あ、あの……ヴァレリーさん、一体何を……?」
と、春風はゆっくりとヴァレリーに視線を向けながらそう尋ねると、ヴァレリーはニヤッとしながら、
「気に入ったよ。お前を『紅蓮の猛牛』にスカウトする!」
と言ってきたので、それを聞いた春風は目をパチクリとさせながら、
「……は?」
と、なんとも間の抜けた声をもらし、更に、
「勿論……レナ、お前も一緒にだ!」
と、ヴァレリーはレナ視線を向けながらそう言ってきたので、
「……はぁ?」
と、春風と同じようになんとも間の抜けた声をもらすと、
「いやいやいやヴァレリーさん、何をしれっと彼を引き入れようとしているのですか?」
と、タイラーがガシッとヴァレリーの肩を掴みながらそう尋ねてきた、
そんなタイラーを見て、
(あれ? タイラーさん、ヴァレリーさん止めようとしてるのか?)
と、春風はそう疑問に感じたが、
「僕にも彼をスカウトさせてくださいよ。話を聞いて、是非とも彼を『黄金の両手』に入れたいと思ってるんですから。ああ、勿論レナさんも一緒にですが」
と、タイラーはヴァレリーに向かってそう言ったので、
(あ、アンタもかいいいいいいい!?)
と、春風は心の中でタイラーに向かってそうツッコミを入れた。




