第12話 「分解」と「質問」と「再構築」
(ああ、なんかいい感じがする)
オーディンとの契約の最中、春風の肉体は赤い光の粒子となった。
最初は「分解される」ということに不安になっていたが、実際になってみると嫌な感じはせず、寧ろ契約前にオーディンが説明したように「気持ちいい」とさえ思っていた。
そんなこと思っているうちに、やがて肉体が全てその赤い光の粒子になり、その時点で春風の目の前が真っ黒に染まった。
すると、
「聞こえるかい春風君?」
と、オーディンがそう声をかけてきたので、
「……はい、何ですか?」
と、春風はゆっくりと目を覚ました後、目の前にいるオーディンに向かってそう返事すると、
「うん、今のところ大丈夫のようだね」
と、オーディンは「魂」だけの状態の春風を見て、コクリと頷きながらそう言った。
そんなオーディンに向かって、
「あの。俺は今、どのような状態になってるんですか?」
と、春風が恐る恐るそう尋ねると、
「契約前に言ったように、今、君は肉体を失って『魂』だけの状態になってるんだ」
と、オーディンはそう答えて、春風の目の前に1枚の鏡を出した。
そして、春風はその鏡に自分の姿を映すと、
「あ、本当に肉体がなくなってる」
と、春風がそう言ったように、その鏡には春風自身の姿はなく、変わりにプカプカと空中に浮かんでいる青白く燃える火の玉が映っていた。
それを見た瞬間、
(ああ、これが俺の『魂』なんだ)
と、春風は心の中でそう感心すると、
「あの。俺の体は、どうなってしまったんですか?」
と、オーディンに向かって再びそう尋ねた。
その質問を聞いて、
「ああ、心配しないで。ちゃんと君の周りに浮かんでいるから」
と、オーディンはそう答えながら、春風の周囲に浮かんでいる赤い光の粒子を指差したので、
「も、もしかして、これ全部が……?」
と、春風はまた恐る恐るそう尋ねた。
その質問に対して、オーディンはコクリと頷きながら、
「そうだよ。この光の粒子1つ1つが、君の肉体だったものだよ」
と、真面目な表情でそう答えたので、
「そ、そうですか」
と、春風はそう返事した。
その後、
「ああ、そうそう」
と、オーディンが何かを思い出したかのようにそう口を開くと、
「君の肉体に刻まれていた「術式」も、ここにちゃんとあるから」
と言って、自身の手に持っている「あるもの」を春風に見せた。
それは、一見光の球体なのだが、よく見ると、その表面には何か文字のようなものが無数に刻まれていて、その文字のようなもの1つ1つから、何やら悍ましいものを感じたのか、
「うぅ……」
と、春風は吐き気を催したかのようにそう呻いた後、
「それが、例の術式ですか?」
と、オーディンに向かってそう尋ねて、その質問を聞いたオーディンは、
「そうだよ。これが『不完全な異世界召喚の術式』だよ」
と、答えたので、それを聞いた春風は「そう……ですか」と返事すると、
「ううぅ……」
と、再び吐き気を催したかのようにそう呻いた。
そんな様子の春風を見て、オーディンは「ああ、ごめんね」と謝罪すると、手に持っている「不完全な異世界召喚の術式」ーー以下、「術式」を引っ込めながら、
「これから君に、幾つかの質問するから、しっかりと答えるように」
と、優しい口調でそう言ってきたので、
「はい、わかりました」
と、春風は再びそう返事した。
その返事を聞いて、オーディンは「じゃあ、始めるよ」と言って質問を始める。
「君は、何を望むんだい?」
「俺は……俺は『強さ』が欲しいです」
「どんな『強さ』が欲しいんだい?」
「『大切なもの』を守ったうえで、俺自身も生き残る『強さ』と、どんな状況になっても自分の『意志』と『信念』を曲げない『強さ』です」
と、ハッキリとそう答えた春風に、オーディンが「なるほど……」と言うと、
「ああ、ですが……」
「ん?」
「いきなり大きな『強さ』ですと、俺自身がそれに潰されてしまいそうで怖いですから、最初は弱くて小さなもので、俺と一緒に成長する『強さ』がいいです」
と、春風はそう付け加えたので、それを聞いたオーディンは目をパチクリすると、
「はは。君って結構細かいというか、欲張りところがあるね」
と、笑いながらそう言ったので、
「すみません。自分でもそう思います」
と、春風はそう謝罪した。
その謝罪を聞いて、オーディンは「ふふ」と笑うと、
「じゃあ、続けるね」
と、再び質問を始める。
「君は、『なりたい自分』というものはあるかい?」
「はい、あります」
「どんな『自分』になりたいんだい?」
「勿論、世界でただ1人の、俺だからこそなれる、俺にしかなれない『自分』になりたいです」
「即答だね。じゃあ、それは具体的にはどんな『自分』なんだい?」
「変な言い方になりますが、『常識』を理解出来ても、目的の為なら躊躇いなくその『常識』に立ち向かうこどころか、最終的には新しい『常識』を作ってしまえる、そんな『自分』ですね」
と、再びハッキリとそう答えた春風に対して、
「お、おぉ。それはまた、随分とぶっ飛んでるね」
と、オーディンが頬を引き攣らせながら言うと、
「そうですね。自分でも『何言ってんだ?』って思ってます」
と、春風は若干暗い感じの口調でそう返した。
その返事を聞いて、オーディンは再び「ふふ」と笑うと、
「ありがとう。以上で質問は終わりだよ」
と、穏やかな笑みを浮かべながらそう言ったので、
「わかりました」
と、春風はそう返事した。
その後、
「さぁ。今から君の肉体の『再構築』に入るよ」
と、オーディンがそう言った次の瞬間、周囲を漂っていた春風の肉体だった赤い光の粒子が、オーディンの前に集まり出した。
そして、オーディンがまるで指揮者のように腕を動かすと、集まった全ての粒子が1つの赤い塊になった。
その赤い塊を前に、
「そして、これを……」
と、オーディンはそう言うと、先程引っ込めた「術式」を取り出して、それをジィッと見つめた。
すると、「術式」が眩い光に包まれて、それが「術式」と1つになると、それまでの悍ましい雰囲気が消えて、それを見た春風は「おぉ……」と何処か神々しさを感じさを感じたかのようにそう声をもらした。
その後、オーディンはその変化した「術式」を、赤い塊と融合させた。
すると次の瞬間、1つになった赤い塊から5つの突起が現れて、それらがゆっくりと頭部、右腕、左腕、右足、左足へと変化していき、
「さぁ出来たよ」
と、オーディンがそう言った時には、やがてその塊は春風自身が見慣れた形となった。
(あ、俺の体だ)
それは、間違いなく自分の肉体だった。
因みに、服は着てなかったので、
(うわぁ。目を覚ましたら絶対に恥ずかしい思いをするなこれ)
と、春風は心の中でそう呟きながらドン引きした。
そんな春風を無視して、
「よし。それじゃあ最後に、君をこの器に移すね」
と、オーディンはそう言うと、両手で『魂』だけの存在である春風に触れた。
そして、それを出来上がった新たな春風の肉体に、
「ふん!」
と、力強く押し込むように入れた。
その瞬間、
(ああ、なんか『心』と『体』が1つになっていくのを感じる……)
と、春風はそう感じながら、そのまま意識を失った。