第122話 グラシア、再び
それは、春風がヘリアテスのもとを発つ前の夜のことだった。
明日の出発を前に、
「いよいよ明日ですね」
と、ヘリアテスがそう声をかけ、
「はい、ヘリアテス様」
と、それに春風が返事していると、
「ヘリアテス様。春風様。少しよろしいでしょうか?」
と、ヘリアテスと春風の前にスーッとグラシアが姿を現したので、
「ん? どうしたんですかグラシアさん?」
と、ヘリアテスがそう尋ねると、
「はい、無礼を承知でお話ししますが……実は、ヘリアテス様と春風様……というより春風様に『お願い』があるのです」
と、グラシアは何やら真剣な表情でそう答えたので、
(ん? 俺に? 何だろう?)
と、心の中でそう疑問に思った春風をよそに、
「はぁ、『お願い』ですか? それは、どういうものでしょうか?」
と、ヘリアテスが首を傾げながら再びそう尋ねると、グラシアは「はい……」と口を開いて、
「明日から始まる春風様の『旅』に、私も同行させてほしいのです」
と、グラシアは真っ直ぐヘリアテスを見てそう答えた。
その答えを聞いて、
「え? グラシアさんも一緒に……ですか?」
と、今度は春風が首を傾げながらそう尋ねると、
「はい、その通りです春風様」
と、グラシアはコクリと頷きながらそう答えたので、
「理由を聞いてもいいですか?」
と、ヘリアテスは「やはりですか」と言わんばかりの、まるでこうなることがわかっていたかのような表情で、グラシアに向かってそう尋ねた。
そんな表情のヘリアテスを、春風が「ん?」と視線を向けると、グラシアは再び「はい……」と口を開いて、
「自分で言うのもおかしな話ですが……正直に申しますと、私自身、17年前の死ぬ間際に見た『未来』をあまり信じてませんでした。幾ら『どんなことをしても絶対に変えられない未来』とはいえ、『本当にそんなことが起こるのか?』と、心の何処かで疑ってたりもしました」
と、少し暗い表情でそう言ったので、
(まぁ、そうだよな。『自身のスキルで見た未来』って言ったって、頭ではわかっても、心の何処かで納得出来ない……なんてことだってあるんだから)
と、春風は納得の表情を浮かべながら、心の中でそう呟いていると、
「ですが……」
(ん?)
「ですが、私はこうして、ヘリアテス様とループス様、そしてお二方に育てられたレナ様に出会い、更には今、ここに異世界の神様と契約を交わした春風様がおります。それならもしかすると、何処かでもう1人が現れるのかもしれません。私はこの目で見たいのです。私がかつて見た『未来』が、本当に現実のものとなるかを。そして、その先に何が起こるのかを。それも、一番近くで」
と、グラシアは暗い表情から真剣な表情変えながらそう言ったので、
「なるほど、グラシアさんの気持ちはよくわかりました」
と、グラシアの話を聞いたヘリアテスは納得の表情を浮かべながら言うと、春風の方を向いて、
「春風さん、私からもお願いします。グラシアさんを同行させてください」
と、深々と頭を下げながらお願いしてきた。勿論、グラシアも「お願いします」と春風に向かって深々と頭を下げた。
そんなヘリアテスとグラシアを見て、
「……俺、どんだけ『神様』にお願いされてるんだろうなぁ」
と、春風はボソリとそう呟いた後、
「わかりました。そのお願い、お引き受けします」
と、ヘリアテスに向かってそう言い、その後すぐに、
「グラシアさん、俺と一緒に行きましょう」
と、グラシアに向かってそう言ったので、
「「ありがとうございます」」
と、ヘリアテスとグラシアは同時にそうお礼を言った。
そして現在、「白い風見鶏」の一室。
「……という訳で、グラシアさんも一緒に行くことになりました」
「レナ様、よろしくお願いします」
と、グラシアが現れた理由を説明し終えた春風とグラシアが、最後にレナに向かってそう言うと、
「はぁ、そうだったんだぁ」
と、レナは納得の表情を浮かべながらそう返事したが、
「でも、何でその魔導具に入ることになったの?」
と、チラッと春風の手に持つマジスマを見ながらそう尋ねてきたので、
「ああ、それは……」
と、春風はそう口を開いた後、その時のことも説明した。
時はまた遡って、出発前夜。
「さて、グラシアさんが一緒に行くことが決まったとして……」
と、春風がそう呟くと、グラシアを見て、
「どうしよう。このまま一緒にって訳にいかないようなぁ」
と、困ったような表情を浮かべたので、
「そうですね。『幽霊』とはいえ、見える人に見つかれば、下手したら大騒ぎに発展してしまうかもしれませんし……」
と、ヘリアテスもハッとなって春風と同じく困ったような表情になり、そんな春風とヘリアテスを見て、
「あ、あぅ……」
と、グラシアがシュンとしていると、
「あ、そうだ!」
と、春風が何か閃いたかのような表情になって、ゴソゴソとズボンのポケットに手を入れると、
「グラシアさん、これに入ったらどうですか?」
と、そこからマジスマを取り出して、それをグラシアに見せながらそう尋ねた。
それを見て、ヘリアテスが「え、それですか!?」と大きく目を見開くと、
「そ、そんな! アマテラス様を……神様を召喚したその魔導具にですか!?」
と、グラシアは「そんな、畏れ多い!」と言わんばかりの驚きに満ちた表情でそう言ったので、
「う、うーん駄目ですか?」
と、春風はグラシアに向かって恐る恐るそう尋ねた。
その質問を聞いて、グラシアは「う……」と呻きながら「どうしましょう」と悩んだが、
「で、では……早速、失礼します」
と言うと、恐る恐るマジスマの画面を指で触れた。
次の瞬間、画面がピカッと光り出して、
「え……きゃあ!」
と、グラシアがそう悲鳴をあげながら、その光に吸いこまれた。
それを見て、
「「あれ!? グラシアさん!?」」
と、春風とヘリアテスが驚いていると、
「うはぁ! こ、これは、凄いです!」
と、マジスマの画面からグラシアの叫び声がしたので、
「「ぐ、グラシアさーん?」」
と、春風達が恐る恐るその画面を見ると、急に画面が映り出して、
「あ、春風様ぁ! ヘリアテス様ぁ!」
と、そこからグラシアがひょっこりと顔を出し、春風達に向かって「おーい!」と手を振った。
思ったよりも元気そうな彼女の姿を見て、春風とヘリアテスがホッと胸を撫で下ろすと、
「グラシアさん、中の方はどうですか?」
と、春風は画面内のグラシアに向かってそう尋ねた。
その質問を聞いて、
「春風様、ここは素晴らしいです! 私、今日からここに住まわせてもらいます!」
と、グラシアはパァッと明るい表情で大喜びしながらそう答えたので、それを聞いた春風がクスッと笑うと、
「わかりました。では、明日からよろしくお願いします」
と、グラシアに向かってそう言い、
「ふふ。よかったですね、グラシアさん」
と、ヘリアテスも笑いながらそう言った。




