第118話 「白い風見鶏」・2
「いやぁ、うちの娘がすまないねぇ!」
と、突如、春風達の前に現れた女性は、先程拳骨をくらって痛そうにしているウェンディの頭をググッと押さえつけながらそう謝罪した。
勿論、
「ちょ、痛い痛い! 痛いよお母ちゃん! そこ拳骨くらったところだよぉ!」
と、喚くウェンディを無視して、だ。
そんな女性とウェンディを見て、
「え、ええっと、あの……」
と、春風が戸惑っていると、
「あはは、気にしないでくださいレベッカさん」
と、レナが女性に向かって笑いながらそう言うと、
「そうはいかないレナ! こういうのはキチンとしとかないと!」
と、「レベッカ」と呼ばれた女性は「むむ!」としながらそう反論したので、
「えっと……レナ、知り合いなの……ですか?」
と、春風は恐る恐るレナに向かってそう尋ねた。
その質問にレナが「ん?」と反応すると、
「お? ああ、坊やは初対面だったね!」
と、レナと一緒に反応した女性はそう言って、
「はじめまして、あたしはレベッカ・シンプソン。この『白い風見鶏』の女将をしている。で、この子は娘で従業員のウェンディ・シンプソン。よろしくね」
と、春風に向かって自己紹介しつつ、未だに痛そうしているウェンディをそう紹介した。
その紹介に春風が「は、はぁ……」と声をもらすと、
「レベッカさんは私がここに来たばかりの時に、色々とお世話になってたんだ」
と、レナがニコッとしながらそう説明したので、
「あ、そうだったんだ」
と、春風はそう呟くと、改めて女性・レベッカ・シンプソンーー以下、レベッカに向き直って、
「はじめまして、自分は春風と申します。一応言っておきますが、自分は男です」
と、丁寧な口調でそう自己紹介した。
それを聞いて、
「ああ、それはわかってるよ、さっきそう怒鳴ってたしね」
と、レベッカは「ふふ」と笑いながらそう言ったので、春風は思わず「あ……」と恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
その後、
「さてと。で、レナ、うちに何の用なんだい?」
と、レベッカがレナに向かってそう尋ねてきたので、
「あーうん。部屋まだ空いてますか? 彼を泊めたいのですが……」
と、その質問にレナがそう答えると、春風は「ん?」と首を傾げて、
「あれ? 俺だけ? レナは?」
と、レナに向かってそう尋ねると、
「大丈夫。私、この近くに『家』を借りてるの」
と、レナはニコッとしながらそう答えた。
その答えを聞いて、春風はポカンとなった後、
「え!? レナ、『家』あるの!?」
と、大きく目を見開きながらそう尋ねると、
「うん。レベッカさんに借りてるものだけど……」
と、レナはチラッとレベッカを見ながらそう答え、それに続くように、
「ああ。あたしはここの女将をやってるだけじゃなく、『家』の貸し借りもしてるんだ。この辺りにある貸し家は殆どあたしのなんだよね」
と、レベッカもコクリと頷きながらそう言ったので、
(ま、マジですか。レベッカさんって、一体何者?)
と、春風はタラリと汗を流しながらそう疑問に思った。
すると、
「あれぇ、春風。もしかして、私と暮らしたくなったぁ?」
と、レナが挑発するかのようにそう尋ねて、
「春風が望むならぁ……」
と、最後にそう付け加えたが、
「いえ、遠慮します。それは、『男』としてアウトな気がするから」
と、春風はそう即答したので、
「あ、そうなんだ……」
と、レナはシュンとしながらそう言った。
そんな2人のやり取りを聞いて、
「あっはっはっは! 春風だったね! あんた面白いじゃないか!」
と、レベッカは豪快に笑った後、
「安心しな。部屋ならちゃんとあるからね」
と言って、受け付けカウンターの後ろにかかってる幾つかの鍵の1つをとって、
「ウェンディ、受け付けお願いね。あたしはこの子を案内するから」
ウェンディに向かってそう言うと、
「ついといで」
と、近くにある階段を登り始めたので、春風は急いでその後を追い、
「私、食堂で待ってるからね」
と、レナはその場から離れた。
2階に上がると、春風とレベッカは幾つかの部屋がある廊下に出た。
2人がスタスタとその廊下を歩き、やがて1番奥の部屋の扉の前に着くと、
「さ、ここだよ」
と、レベッカはそう言って、持っていた鍵を扉の鍵穴にさし、それをグルッと回すと、ガチャッと音が鳴った。
そして、レベッカがドアノブを掴んでそれを回し、ゆっくりと扉を開けた。
「おお!」
と、春風が驚いたように、中は結構広く、置いてあるベッド、テーブル、椅子、クローゼットも、見た目はシンプルではあるがかなりいいもではないかと春風はそう感じた。おまけに隅々まで掃除が行き届いているかのように綺麗で、それが、春風に更に好印象を与えた。
そんな感じで目をキラキラとさせた春風を見て、
「気に入ったかい?」
と、レベッカがそう尋ねると、春風はハッとなって、
「は、はい、とっても!」
と、顔を真っ赤にしながらそう答えた。
その答えを聞いて、レベッカが「そうかい」と微笑むと、
「じゃ、これが部屋の鍵だから」
と、そう言って、持っていた部屋の鍵を春風に渡した後、
「じゃ、あたしはまだ仕事があるから、荷物というか装備を置いたら1階の食堂においで」
と言って、その場から離れたので、
「は、はい。わかりました」
と、春風はそう言いながら、レベッカに向かってペコリと頭を下げた。
1人になると、春風は早速部屋の中を見て回った。
クローゼットを開けると、人が2人ほど隠れることが出来るくらい広く、ベッドの方も触ってみて寝心地が良さそうだというのがわかった。
また、部屋の中にもう1つ扉があったのでそこを開けると、中には洗面台と洋式トイレ、そしてバスタブとシャワーがあったので、
「うん、完璧!」
と、春風はガッツポーズをとりながら小さくそう呟いた。
その後、
「いけない! レナを待たせてるんだった!」
と、春風はハッとしながらそう言うと、「ええっと……」と言って、まずはマントを外して、次に革製の胸鎧を脱ぎ、左腕の銀の籠手を外し、右腕のグローブを外した。因みに、春風は銀色の籠手をテーブルに置くと、その籠手からとあるものを取り外し、それをズボンのポケットに入れた。
そして最後に腰のベルトについている鞘に納まった翼丸を外し、周りをキョロキョロして誰もいないのを確認すると、
「スキル『無限倉庫』、発動」
と、小さくそう呟いてスキルを発動した。
次の瞬間、春風の目の前に黒い大きな穴のようなものが開いたので、春風はそこに翼丸を入れた。
「よし、準備完了!」
と、一通り準備をし終えた春風はそう言った後、
「じゃ、行きますか!」
と言って部屋を出て、ガチャリと扉に鍵をかけると、
「確か1階って言ってたな」
と、小さくそう呟いて、その場から歩き出した。




