第117話 「白い風見鶏」
今回はいつもより長めの話になります。
それから春風は、レナに案内されるように中立都市フロントラルの中を歩いていた。
周囲には様々な店があって、どの店にも地球ではお目にかかれない武器や道具、更には食材まで並んでいたので、春風は何度も立ち止まりそうになったが、その度に「いかんいかん!」と踏みとどまり、レナの後を必死になってついて行った。
その最中、
「ところでレナ。俺達、今どの辺を歩いてるの?」
と、春風はどうにかレナの方に集中しようと声をかけたので、それにレナが「ん?」と反応すると、
「ああ、ごめん。そういえば、ここについて詳しく説明してなかったね」
と、「しまった!」と言わんばかりにハッとなりながらそう謝罪すると、
「私が知ってる範囲になるけど……」
と、最初にそう言った後、
「ここ「中立都市フロントラル」は、「中央広場」を中心に、政治を司る『行政区』、職人さんの仕事場が多くある『生産区』、一般市民が暮らす『居住区』、そして今私達がいる、いろんなお店がある『商業区』の4つに分けられているの。ああ、因みに、さっきの魔物の素材を買い取ったお店も含まれているからね」
と、フロントラルについて説明した。
その説明を聞いて、春風が「へぇ、そうなんだ……」と返事する内に、2人はやがて人通りの少ない通りに入った。
そこは、先程まで自分達が歩いていた数多くの店が並んでいた通りとは違った雰囲気をしていたので、
「ね、ねぇレナ。ここもその『商業区』に含まれているの?」
と、春風は少し恐る恐るといった感じで再びレナに尋ねると、
「そうだよ。さっきまで私達が歩いていた『商店通り』とは違って、ここは主に『宿屋』とか『食堂』とかが中心なんだ。勿論、一般市民が住んでる家も多少あるんだ」
と、レナは「ふふ」と笑いながらそう説明した。
その説明を聞いて、春風は「へぇ……」と声をもらした後、改めて周囲を見回した。
確かにレナの言う通り、今の自分達の周囲には、10階近くまでありそうな派手な宿や、反対に2、3階までありそうな質素な宿、少し小洒落た感のある小さな食堂や、如何にも「大衆向け」な感じの大きな食堂などがあちこちにあったので、
(へぇ、ここもここで中々いいかも……)
と、春風が心の中でそう感心していると、
「そして更にこの『商業区』、実は大人の為の『歓楽通り』っていうのもあるんだよねぇ」
と、レナは「ムフフ……」となんともいやらしい笑みを浮かべながらそう言ったので、
「あ、そういうのもあるんだ」
と、春風は「ふーん」となんとも冷めた感じでそう返事した。
その返事を聞いて、
「あれれ? もしかしてぇ、春風、興味あったりする?」
と、レナがいやらしい笑みを浮かべたままそう尋ねると、
「は?」
と、春風は何やら別の生き物を見るかのような視線をレナに向けながらそう呟いたので、
「ごめんなさい調子に乗ってましたもう変な質問はしませんのでどうかそんな目で見ないでくださいお願いします!」
と、レナは全力で謝罪した。
まぁそんなこんなで、2人は暫くの間、その宿屋や食堂などが並ぶ通りを歩いていると、
「さぁ着いたよ春風」
と、レナがとある建物の前で止まりながらそう言ったので、春風も合わせるようにピタッと止まると、
「おお、ここが……」
と、その建物を見て大きく目を見開いた。
多少の派手さはあるが、かなり頑丈そうな造りをした建物で、出入り口の上には、「宿屋兼食堂・白い風見鶏」と書かれた大きな看板が飾られていた。
「私がこの都市に来たばかりの頃に凄くお世話になった場所でね、部屋もいいし、ご飯だって美味しいんだ」
と、レナが満面の笑みでそう言ったので、
「へぇ、それは凄く楽しみだね」
と、春風もニコッとしながらそう言うと、
「おっといけない! 部屋がなくなっちゃうから急がないと!」
と、レナはそう言って春風の腕を引っ張りながら、その宿屋兼食堂の出入り口を通って中に入った。
中に入ると、掃除が行き届いているのかとても綺麗だったので、
「お、おお。これは中々……」
と、春風がそう感心していると、
「すみませーん、誰かいませんかー?」
と、いつの間にか受け付けカウンターらしき場所に立っていたレナが、奥の方に向かってそう声をかけたので、
(ん? ま、まさか、留守なんてことないよな?)
と、春風は若干不安になった。
すると、
「はーい!」
と、奥の方からそんな声がしたので、それに春風が「ん?」と反応すると、
「すみません……って、あれ? レナ、どうしたの?」
と、奥からレナと同い年くらいの少女が現れて、レナに向かってそう尋ねたので、
(ん? レナの知り合いかな?)
と、春風は首を傾げた。
そんな春風を前に、
「あぁ、よかった。留守かと思ちゃったよ」
と、レナはホッと胸を撫で下ろすと、春風の方へと振り向いて、
「紹介するね春風。彼女はここの従業員のウェンディ」
と、奥から現れたその少女についてそう紹介した。
その紹介を聞いて、
「え? あ、ど、どうも、はじめまして」
と、春風はハッとした後、その少女、ウェンディに向かって頭を下げた。
そんな春風を見て、
「……」
と、ウェンディがボーッとしていると、
「ウェンディ?」
と、レナが声をかけてきたので、
「は! な、何でもないよレナ! ところで、今日はどうしたの!?」
と、ウェンディは大慌てでレナに向かってそう尋ねると、
「部屋、空いてるかな? 彼を泊めてほしいんだけど……」
と、レナはチラッと春風を見ながらそう言った。
その言葉を聞いて、
「へ、へぇ、『彼』を……」
と、ウェンディがそう呟くと、
「……ん? 『彼』?」
と、春風を見て何故か首を傾げてしまったので、
「ん? どうしたのウェンディ?」
と、レナがそう尋ねると、
「……か、彼って……え?」
と、ウェンディは戸惑っている様子でそう口を開いた後、
「その人……『男』なの?」
と、ゆっくりと春風を指差しながら、レナに向かってそう尋ねた。
その質問を聞いて、レナは「あ……」と声をもらすと、漸くそこでウェンディの質問の意図が理解出来たのか、
「お・と・こ・で・す!」
と、春風はウェンディに向かってそう怒鳴った。
それを聞いた瞬間、
「えええええ!? 男ぉ!?」
と、ウェンディはショックを受けると、すぐにレナに近づいて両肩を掴んだ後、
「ちょっと待ってレナ、嘘でしょ!? あの人『男』なの!?」
と、チラッと春風を見ながらそう尋ねたので、
「うん、信じられない気持ちはわかるけど、彼、春風はれっきとした『男の子』だよ」
と、レナはウェンディに向かって春風を紹介するかのようにそう答えた。
その答えを聞いて、
「え、えぇ? 待って、その人が『男』ってことは……」
と、ウェンディは更に戸惑うと、やがて何かに気付いたかのようにハッとなって、
「レナが『男』連れ込んだぁあああああ!?」
と、悲鳴をあげるかのようにそう叫んだので、
(あ、確かにこの状況、そう言えなくもないな)
と、春風がそう納得していると、ウェンディの背後にヌッと何やら大きな人影が現れて、
「こら、ウェンディ!」
という怒声と共に、ゴンッと彼女の頭部に拳骨が落ちた。
「うぎゃ!」
突然のことにウェンディは悲鳴をあげ、
(え? な、何事!?)
と、驚いた春風は彼女の背後に視線を向けると、
「お客様を前に何やってんだい!?」
そこには、如何にも「胆っ玉母さん」を思わせるような、何処か威厳に満ちた雰囲気をした1人の女性が立っていたので、
「……いや、どちら様っていうか、ほんとに何事?」
と、春風は目をパチクリとさせながらそう呟いた。