第106話 水音、決意する・2
「僕は……行きます」
と、エレクトラに向かってそう言った水音。
そんな水音の言葉に、
「ま、待つんだ桜庭……!」
と、爽子が声をかけようとしたが、それを遮るかのように、
「おお、そうかそうか! うちに来てくれるか! それなら早速キャリーに連絡を……!」
と、ショックからいつの間にか復活していたヴィンセントが、パァッと表情を明るくしながらそう言った。
その時だ。
「ふん!」
ーーゴスッ!
「ぐほぉ!」
ウィルフレッドがヴィンセントに渾身のボディブローをお見舞いしたのだ。
突然の攻撃をもろに受けたヴィンセントは、苦しそうに腹部を抱えてその場に蹲ったので、
『え、ちょ、ウィルフレッド陛下!?』
と、驚いた水音を含む勇者達がウィルフレッドに声をかけたが、
「水音殿。今の言葉、其方は本気で言ってるのか?」
と、ウィルフレッドはまるで何事もなかったかのような態度で、水音に向かってそう尋ねてきたので、その質問に対して水音は「え……」と一瞬戸惑ったが、
「申し訳ありませんウィルフレッド陛下。ですが、今申したように、僕はストロザイア帝国に行きます」
と、すぐに真剣な表情になって真っ直ぐウィルフレッドを見ながらそう答えた。
その答えを聞いて、
「さ、桜庭。そんな、どうして……!?」
と、再び爽子が水音に向かってそう声をかけると、
「ごめんなさい先生、そしてみんな……」
と、水音は申し訳なさそうに爽子とクラスメイト達に向かってそう謝罪した後、
「さっきも言ったけど、僕は一度、春風と戦わなくちゃならない。ですが、その為の『強さ』は、きっとルーセンティア王国では手に入らないと思うんです。何故なら、今の僕は、この世界の『神々』を信じることが出来ず、寧ろ、その『神々』に対して『怒り』があるからです」
と、左右の拳をグッと握り締めながら、自身がストロザイア帝国に行く「理由」を説明した。
その説明を聞いて、周囲から「え、えぇ!?」と驚きの声があがる中、
「それは、お前さんの『力』が封印されたことが関係してるんだな?」
と、またしてもいつの間にか復活していたヴィンセントが、水音に向かってそう尋ねてきたので、その質問に対して、水音は申し訳なさそうな表情でチラッとウィルフレッドを見た後、すぐにヴィンセントを見て、
「はい、その通りです」
と、答えた。
その答えを聞いて、
「そ、そうなのか?」
と、ウィルフレッドが恐る恐るそう尋ねると、
「……実は、元の世界で『勇者召喚』の光に飲み込まれた後、僕はここではない別の場所で目を覚ましました。そして、そこで僕は、現れた5人の男女……いえ、5柱の神々によって、僕は『鬼の力』を封印されてしまったのです」
と、水音はその時のことを思い出したのか、更に左右の拳をグッと握り締めながらそう答えた。
その答えを聞いて、
「ほほう。つまり、その時のお前さんは意識があった状態ってことなんだな?」
と、再びヴィンセントがそう尋ねてきたので、
「はい。その時の僕は何か寝台のようなものの上にガッチリと拘束されて身動き出来ないだけじゃなく、叫ぼうにも何故か声まで出せない状態でしたので、僕は抵抗出来ずに……」
と、水音はそう答えると、握っていた拳を解いて自身の体をグッと抱き寄せた。
よく見ると全身がブルブルと震えていたので、
「……そうかい。お前さん、よっぽど怖い思いをしたんだな」
と、ヴィンセントがそう呟くと、水音は歯をギリッとさせて、
「……僕の中に宿る『鬼の力』。幼い頃はこの力の所為で、ずっと嫌な思いをしてきました。それ故にずっとこの力を疎ましく思ってましたが、家族や師匠、そして、春風のおかげで、少しずつこの力と向き合うことが出来て、今では僕にとってこの力は、なくてはならない大事なものとなりました。そう、これはただの力ではない、謂わば『もう1人の自分』と言ってもいいでしょう」
と、自身が持つ「力」ついてそう語ると、
「なるほどな。つまり、5柱の神々がやったことは、その『もう1人の自分』を苦しめているといっても過言じゃねぇってことなんだな?」
と、ヴィンセントが更にそう尋ねてきたので、その質問に対して、水音は無言でコクリと頷いた。
その様子を見て、
「……そうか。それが、其方が『神々』に対して怒る理由という訳か」
と、ウィルフレッドが表情を暗くしながらそう言うと、
「申し訳ありません」
と、水音はウィルフレッドに向かって再びそう謝罪した。
その謝罪を聞いて、ウィルフレッドが「気にすることはない」と言うと、
「本来なら、僕はこのままここに残ってみんなと一緒に『勇者』としての訓練を受け続けなければならないでしょう。しかし、いち早く『外の世界』へと飛び出した春風は、きっと僕ら『勇者』以上の過酷な環境の中で『力』と『強さ』を身につけ、『技術』を磨いているでしょう。そんな彼を相手にすると決めた以上、僕は、みんなとは違った形で強くならなくてはなりません」
と、水音は再び左右の拳をグッと握り締めながらそう言ったので、
「……それが、其方がストロザイア帝国に行く理由なのだな?」
と、ウィルフレッドは水音に向かってそう質問し、その質問を聞いて、水音は「はい」と頷いた後、
「お願いします、ヴィンセント皇帝陛下。僕を、ストロザイア帝国に連れてってください」
と、ヴィンセントに向かってそう言うと、彼に向かって深々と頭を下げた。
そんな水音を見て、
「おう、任せな。俺達ストロザイア帝国が、お前をもの凄く強くしてやるぜ」
と、ヴィンセントは真面目な表情でそう言ったが、
「うーん。しかし、お前さんだけってのもなぁ、出来れば、誰か一緒に来てほしいんだけど……」
と、急に「困ったなぁ」と言わんばかりに自身の後頭部を掻きながらそう呟いたので、それにクラスメイト達が「え!?」と大きく目を見開くと、
「あ、あの!」
という声があがったので、それにクラスメイト達だけでなく水音やヴィンセントも「ん?」と反応し、一斉にその声がした方へと振り向くと、
「わ、私も……」
(え?)
「私も、一緒に行きます!」
(し、時雨……さん?)
そこには、ビシッと右手を上げたクラスメイトの少女、時雨祈がいた。




