第104話 その頃の「エレン」
時は少し前に遡る。
ルーセンティア王国王城内、医務室。その中に備え付けられたベッドの上で、
「むうううぅ……」
水音との戦いに敗れ、意識を失っていた少女エレン……否、ストロザイア帝国第2皇女のエレクトラ・リース・ストロザイアが、両頬を膨らませながら不貞腐れていたので、
「エレン、いつまでそうしているつもりなの?」
と、エレクトラがいるベッドの傍の椅子に座っているクラリッサが、呆れ顔でそう声をかけた。因みにその隣では、クラリッサの妹であるイヴリーヌが困った顔をしていた。
さて、クラリッサに話しかけられて、エレクトラが「む?」と返事すると、
「……だって、納得出来ないんだもん」
と、まるで幼い子供のような、とても『皇女』に相応しくない言葉使いでそう言ったので、
「それって、レベル1の水音様に負けたことがかしら?」
と、クラリッサが目を細めながらそう尋ねると、
「ふぐっ!」
と、エレンはそう反応しながら、ジワッと涙目になって、
「うえええええん! 言うな言うなぁあああ、クラりんの馬ぁ鹿ぁあああああ! 馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!」
と、ポカポカと可愛らしくクラリッサを叩きながらそう泣き喚いた。
その喚きを聞いて、
「ちょ、ちょっと! 『クラりん』って呼ばないでよ! 後、あなた幾つなの!?」
と、叩かれていたクラリッサがそう尋ねると、
「もう17ぁ!」
と、エレクトラがそう答えたので、
「そうでしょ!? 私と同い年でしょ!?」
と、クラリッサはそう怒鳴りながら、なんとかエレクトラを落ち着かせようとした。因みにそんな2人のやり取りを見て、
「お、お、お姉様、それにエレクトラ様、どうか落ち着いてくださいぃ」
と、イヴリーヌは今にも泣き出しそうな感じでオロオロしていた。
水音との戦いが終わった後、エレクトラは医務室へと運び込まれた。
そして、ベッドに寝かされ、「治療」という名の回復系魔術がかけられると、
「ほうあ!」
という叫びと共にエレクトラは目を覚ました。
その後、目覚めたエレクトラは医務室に来ていたクラリッサに、
「おい、クラりん! あいつは……あの男は何者なんだ!?」
と、詰め寄ったので、
「クラりんと呼ばないで!」
と、クラリッサはそう怒鳴った後、
「あの男とは、先程あなたを打ち負かした方かしら?」
と、クラリッサはそう尋ねた。
その質問を聞いて、
「そうだ! わかる範囲でいいから、あいつのこと教えろ!」
と、エレクトラはクラリッサの肩を掴みながらそう答えたので、その答えにクラリッサは「はぁ」と溜め息をはくと、
「あの方は桜庭水音様。『水音』が名前で、『桜庭』が苗字。そして、私が異世界から召喚した『勇者』の1人よ」
と、水音についてそう説明すると、
「むむ、そうか、『水音』っていうんだな? この私を打ち負かすとは、レベルはどれくらいだ……?」
と、エレクトラは水音についてそう考え込んでいると、
「あー、エレン。大変言い難い話なんだけど……」
と、クラリッサが気まずそうにそう口を開いたので、
「ん? 何だ?」
と、エレクトラが首を傾げると、
「彼……というか、彼と先程あなたが戦っていた女性、そしてその周りにいる少年少女達……まだ実戦訓練をさせてなくて……」
と、クラリッサは汗を滝のようにダラダラと流しながらそう言ったので、その言葉を聞いて、
「……え? それってまさか……」
と、エレクトラも汗を滝のようにダラダラと流すと、
「はい、全員まだレベル1です」
と、クラリッサはそう答えると、最後に「はは」と笑い、それを聞いたエレクトラは、
「う……嘘だろぉおおおおおおお!?」
と、ショックで頭を抱えながら悲鳴をあげた。
それから少し時が過ぎて、
「うう……まさかこの私が……ストロザイア帝国第2皇女にして、大手レギオン『紅蓮の猛牛』所属のハンターとして日々活躍中のこの私が、神々に選ばれた『勇者』とはいえレベル1の奴に負けたなんて……」
と、エレクトラはベッドの上でウルウルと泣きながらそう呟いていたので、
「はぁ。いいじゃないの、最近のあなた、少し調子に乗ってたみたいだから……」
と、それを聞いたクラリッサが呆れ顔でそう言うと、
「うう、クラりぃいいいいいん!」
と、エレクトラは泣き顔のままガバッとクラリッサに抱きついてきたので、
「うわ! ちょっとエレン……!」
と、驚いたクラリッサはすぐにエレクトラから離れようとしたが、
「慰めて! 可哀想な敗者である幼馴染みのこの私を慰めてぇえええええ!」
エレクトラは離れようとせず、寧ろ抱き締める力を強くした。しかもどさくさに紛れて、クラリッサの胸胸の間に顔を埋めようとしたので、
「こ、こら離れなさいエレン! 後、私を『クラりん』と呼ばないで!」
と、クラリッサは更にエレクトラから離れようと力んだ。
すると、
「あ、あの、エレクトラ様……」
と、それまでオロオロしていたイヴリーヌが口を開いたので、
「むむ? 何だいイヴりん?」
と、エレクトラはイヴリーヌをニックネームのような呼び名でそう呼ぶと、
「その呼び肩はやめてください!」
と、イヴリーヌは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらそう怒鳴った後、「コホン」と咳き込んで、
「あ、あの、そんなに悔しかったのでしたら、もう一度、水音様に勝負を挑まれてどうかと……」
と、エレクトラに向かってそう提案したので、
「……は! その通りだよイヴりん!」
と、エレクトラは今になって気付いたかのようにそう言った。
その後、
「よーし! そうとわかれば早速……!」
と、エレクトラはベッドから降りて医務室を出ようとすると、
「ま、待ちなさいエレン! 何処に行くの!?」
と、ハッとなったクラリッサがそう尋ねてきたので、
「勿論、水音に再戦を申し込むのさ!」
と、エレクトラはそう答えると、最後にグッと自身に親指を立てた。
その答えを聞いて、
「ちょ、ちょっと、そんなの駄目に決まってるでしょ!? というか、あなた水音様の居場所わかるの!?」
と、ハッとなったクラリッサがそう尋ねてきたので、
「わかる! 意識を完全に失う直前、父様とウィルフ様の声が聞こえたから、多分、話を聞く為に謁見の間にいると思う!」
と、エレクトラは親指を立てたままそう答えると、
「では行ってくる!」
と言ってその場から駆け出した。
あまりのことにクラリッサとイヴリーヌはポカンとした後、
「ま、待ちなさぁあああああああい!」
「待ってくださぁあああああああい!」
と、2人してエレクトラを追いかけようと医務室を出て行った。




