第九話 神官長
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
新たな1年が皆さんにとって豊かなものとなりますようお祈りいたします。
私は王家の子供達を前に、苦悩をしております。
殿下方がこの場にいらっしゃる事は当然王家の方々も承知であり、ゆえに私が対応を願われたわけではあるのですが……。
何をどこまで伝えたものか。また己がどれほど把握をしているのか。
王族ではあれど、まだ子供に過ぎない彼らを前に、私は悩まずにはおれないのです。
第四王子殿下とはどのような存在なのか。
殿下御自身も把握しきれていない様子を見せられていますが、推測はある程度、私にもあるのです。
けれど具体的な答えとなると、人の身で得た者など、おそらくこの国に一人だとてありはしない事でしょう。
そもそも。
国王陛下に寵を与え給う神女様とは、すなわち神霊であらせられます。
そして神霊とは、真なる神とも呼べよう主世を祖とする神の子であり、世界の各所におわす小さき神々の指す呼称であります。
その神霊は、空に溶ける存在もあれば、第四王子殿下の母君となられた神女様のように性を定め顕現する存在もあります。
あるのですが。
人と、そのような人とかけ離れたとの間に子を授かるなど、歴史を遡ったとて聞いた事もありません。
しかし現にこうして、第四王子殿下は御生まれになりました。
そして始まりとなる話は、国王陛下と神女様の縁のあるのでしょう。
詳細は私の知り得るものではありませんが、陛下はご自身がお生まれになる前どころか亡き王太后様が陛下をその身に宿されるよりもはるか前から、神女様との縁を持たれていました。
ゆえに前アツィエラ公爵夫人は──啓眼の姫は、託授の儀にて天与の才を授かった事が明らかとなると、すぐさま視たものを告げられたのです。
すなわち、夫人の兄君である当時の王子殿下、つまり太上様のお子である陛下が、神の寵を賜りさらにはその御子も授かると。
そのため、やがて生まれ来る陛下が王家の直系から外れる事のないようにと夫人は太上様の立太子に尽力され、ご自身は降嫁をされたのですが──その理由は公表される事がなかったので、残された方々は今「新貴族派」と呼称されていますね。
まあ、今はその事は良いのです。
現在につながる事として、その啓眼の姫の言を受け、今は亡き太上様も前神官長も他の人々も、望んだのかあるいは既に確定したものと判断したのか、今は知り得ぬ事ではありますが結果として、皆がその道を選んだのです。
いえ、実際のところ選択の余地などなく、既に逃れようのない道であったのかもしれません。
確かであるのは、啓眼の姫が視たとそれを、人々は当然歩む道として受け入れたという事。
いずれ生まれ来る陛下が神女様より寵を賜り国は神の加護を授かる、その夢を。
そしてその寵を授かった陛下は、政とは距離を置く神官の身でこのように判断をするというのは恥ずべき事なのかもしれませんが、けして傑物というわけではありませんでした。
現在善政と呼べる政を敷いてはいらっしゃいますが、人に恵まれ、また人の心を得る天性ともいえる質であるから周囲にその地位を問題視される事がないのであり、また、であるからこそ新貴族派の方々が自身等を疑わないのでもあるわけですが。
同時に陛下は、無能でもありませんでした。
ゆえに、でしょう。
幼き頃より定められた道に、どこか否定的な姿勢をとられていました。
何故己の玉座が確定しているのか、王族であるにもかかわらず兄弟の一人さえいないのか──神の慈悲に縋る未来しか用意されないのか。
いっそ反発さえ抱いていらっしゃったかもしれません。
それでもそれを定められた道とみなされていた陛下は、太上様や前神官長達と同様に、啓眼の示した未來を受け入れていらしたのでしょう。
もしもこの段階でそれでも、皆が別の道を求めていたならば。
第四王子殿下はこの人の世に生れ落ちる事はなかったのかもしれません。
……いえ、私もその夢に浮かれていた一人なのですから、命さえ差し出す事となった彼等に何をいえた立場でもありませんが。
国を治める王家も、人と神の均衡を図るべき神殿も、神の威光を前に目が眩んでいたのです。
そしてその代償として──対価としてでしょう、彼等の命は取り上げられました。
ですが私は。
新たに神官長の地位に就き、神殿としての言葉を混乱の渦中となった世に伝えたときも、命さえ差し出し神の御業に触れ世に恵みをもたらした前神官長達に、いっそ感動さえしていたほどでした。
しかし神とは、聖も魔も超越した存在であらせられます。
私がそれに思い至ったのは恥ずかしい事に、第四王子殿下の誕生を受け、バンシェリエ伯爵が動いてからでした。
──神官の性として神の御業に抗いがたい、という面があるかもしれません。
……いえ、それは言い訳にもなりませんね。
すなわち神は、神霊は、人の子を慈悲で庇護する存在ではなく、ただ人の身に過ぎぬ我々とは別の次元で存在するこの世界の民なのではないだろうか、と私は考えているのです。
そして。
第四王子殿下とは、陛下と神女様の縁とはまた別に、対価を払い世界の民より貸し与えられた恩寵、それそのものではないか、と思うのです。
であるからこそ、殿下の意識次第でこの国が得ている恵みをさらにその身に受ける者もあれば、その恵を外される者も、現れるのでしょう。
恩寵そのもの、神霊の御手を離れた御業そのものであるからこそ。生誕時のこの国の変化も、今回の新貴族派の方々の事態も、起こったのではないでしょうか。
しかしそれを、この子達に伝えたものかどうか……。
そもそも、この私の考えが的を射たものであるならば、この国の命運さえかかる話となります。
そして眼前の問題として、この子達の顔を曇らせたくはない……。
嗚呼、神よ私は──
最後までお読みいただきありがとうございます。
次の投稿は何日頃になるか、未定です……すみません。
それでも数日後には投稿しますので、お待ちいただければ幸いです。1週間以内です。