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王家の恥  作者: 間野ホチ
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第五話 バンシェリエ伯爵

第五話となります。

今回は少々長めです。

 バンシェリエ伯爵家の王都別邸。私の代で立て直したまだ新しい屋敷で、私は客人の到着を待っていた。


 本来であれば、今日も城で仕事を行っている予定であった。

 しかし家の一大事でありまた部下達に問題はないため、今日は急遽休みをとった。こうして屋敷にて客を迎えるために。


 招いた相手は、神官である。


 今、私の周囲は異常な事態に見舞われている。

 それもたった一週間前から、急激に。


 領地の作物はすっかりと枯れ、水も枯れ果て、かと思えば嵐が猛威を振るい、備蓄は腐り、魔物が溢れ、家畜も領民も、それこそ王城の部下までも病に倒れる者が現れた。

 もっとも()()王城の部下には問題はなかったが、しかしそれは何の気休めにもならない。私が直接領地を治めていたならば、今の事態が我が領民に降りかかる事はなかったであろうから。


 はじめは何事かと思ったが最終的に、大規模な呪術だろうと()が判断を下した。

 判断の理由は、被害のある各貴族の領地と隣り合った他貴族の領には何の被害もない事と、領地から離れた王城に勤める彼らの部下にも被害がある事。

 そうなると問題は、新貴族派の一部にのみ被害があるという点と、一部貴族家のみの被害とはいえこれほどに大規模で強力な呪術をどう解除するか。


 先ずできる事として。私は神殿に神官の派遣を依頼した。

 弟家族の容態と、領地領民や派閥の者達の部下をみて、可能であれば改善を頼むため。

 そして今日は、この状況の()()を確かめるために。


 もし啓眼の姫君が王位に就かれていたならば、こんな事態は起こらなかったのだろうか。

 現実からのただの逃避に過ぎないが、そんな考えを抱かずにはおれなかった。




 はじめて啓眼の姫君にお会いしたのは私が七歳を迎えた年、還生誕(げんしょうたん)の儀のために同様の貴族家子女らと共に登城した時だった。

 還生誕──七歳を迎えた子供が神の膝元を離れ、人の子として改めて生まれこの世に還ってくるという節目。還生誕を迎える事は、人が産まれてからはじめての区切りとなる。


 古き時代においては七歳まで生きる事のかなわない子供は多かった。

 しかしその七歳を境に生存率は大幅に上がる。

 そのため、この還生誕という慣習が生まれたといわれている。七つの年を迎える事で、朧であった人の世との縁を確かなものとし、人の子として親の元へと還る、その時を祝うのだと。


 また各国の王族が稀に授かる天賦の才も、七つの年を迎え神の膝元から還り人の世にその祝福を持ち帰る事によって、はじめて得られるものであるという。

 よって、七歳を迎える前の幼子であっても、王族というものはけっして神に見放される事のないように育てられるそうだ。


 しかしまだ七歳の、一介の貴族子息にすぎぬ私は、両親の「一族の立派な仲間入り」という言葉に、ただただ浮き立つ気持ちでいた。

 そんな私は、初めてそのお姿を拝し、すぐさま両親に「あの方は」と問うた。それこそ「問う」というよりも「問い質す」というような勢いだった、と両親はたびたび振り返っていた。

 そして私がそう()()()()と、両親は「啓眼の姫」と呼ばれる特別なお方なのだと答えてくれた。また、啓眼とは「隠された事実」や「この先の未来に起こり得る事」を見通す、王家が稀に授かる天賦の才の事だ、とも教えてくれた。

 父も母も、大層誇らしげであった。


 その言葉を頭で反芻し、私は改めて「啓眼の姫君」をみた。


 姫君は、あの方は、仮にその天与の才がなかろうとも、人の上に立つべき威厳を感じさせる凛とした佇まいと、人の身を超越したような清浄さを備えた御仁だった。

 みるほどに、あの方にお仕えしたいという思いが募った。抑えきれぬその思いを、抑える必要も感じなかった。そして意気揚々と、私は両親に宣言した。将来は王城に勤め、あの方にお仕えすると。


 しかし両親は、あの方は間もなくの降嫁が決まっていると、そして王都から離れた自領を治める事を責務とする我が家やその嫡子がお仕えする事はかなわないと、私に告げた。そんな夢をみるものではない、と。

 そう私を諭す両親はしかし、啓眼の姫君こそ王太子になるべき方だと、それをお支えする事が叶わないなど口惜しいと、思わずというように溢していた。

 その時の私は、あの方にお仕えできないなど何故己はこの家に生まれたのか、と不孝にも考えてしまった。私を諭す両親ですらあの方にお仕えすることを望んでいるのにと、その考えを正当化さえした。


 そのまま私達は自領へと帰り、そして半年が過ぎた。

 その日、両親から。あの方が王宮を離れ、公爵家となったアツィエラ家へとついに嫁がれた事を聞かされた。

 強か打ち据えられたような気がした。本当にあの方にお仕えする事はかなわないのだと、知らしめる言葉だった。


 しかし物事がどう動くかは分からないものである。


 そう時を経ずに、あの方は懐妊された。

 それを聞いた私は、それこそ天啓を得たように感じた。まさしく「天からの啓示」と呼べるだけの衝撃だった。

 あの方のお子は公爵家の後継として政にもかかわる事になるだろう。私は城勤めを果たし、そのそばでお子を支えよう。その形であれば、間接的にではあるがあの方にお仕えする事もかなう。


 さっそく父と母にその意向を伝えた。

 話を聞き両親は渋ったが、ひとつ違いの弟が、ならば己が代わりに領地を治めようといってくれた。


 還生誕にあの方と出会い、しかしすぐさま夢破れ消沈し、私は勉学や鍛錬に意欲をなくしていた。

 しかしその日以降、以前よりもさらに熱意をもって自身の能力向上に努めた。お子を通じてあの方にお仕えするのだ。己をどこまで高めたとて、度が過ぎるという事はなかった。

 そして弟の決断と、父や母の働きかけのおかげで。あの方のお子が誕生したその年に、もうふたりの子息と共に私は公爵家へと招かれた。

「この子をよく支えてやってくれ」と直接お言葉を頂いた際には、歓喜に震える体を抑えられなかった。




 しかしそのお子は、あの方とは比較にもならなかった。

 まだ幼いからかと思い側にいたが、還生誕を過ぎてもあの方のように「神の寵愛」を受けるほどのものを私は彼に見出せなかった。

 けれどあの方は、そのお子に対して失望などの様子は見せなかった。

 そのため、私はお子の傍にい続けた。


 お子はあの方のような鮮烈さはなかったが、確かに啓眼の姫君のお子であるため、周囲に人が集まった。


 彼らは皆一様に、今からでも啓眼の姫が王位に就かれるべきだと口にしていた。そしてあの方はそれを耳にするたびに、彼らを叱責した。

 私はそれをただ眺めていたが、内心ではあの方ではなく彼らに同意していた。いっそはじめて、あの方に反抗心を抱いたほどだ。


 それでも日々は穏やかなものだった。

 お子のひとつ上になる王太子も、お子同様に鮮烈さはなかったが、次期国王として不足となるほどではなく。他と異なるお方は、自身ではなく現王家こそを臣下は、民は、支えるべきだとの姿勢を崩さなかった。


 流れが変わったのは王太子が二十一となり、彼の成人の式が執り行われた年。


 あの方の兄である国王が、まだ壮健であるというのに王太子にその位を譲る事を宣言し、その年のうちに譲位が行われた。

 そして、まず譲位を行ったばかりの前王と妃が亡くなった。

 次いで神官長と副神官長も亡くなった。

 追随するように、前王の兄弟である王族達が亡くなった。

 最後に、降嫁して臣籍となっていた啓眼の姫君も、亡くなった。


 混乱が、国中に広がった。

 王が神罰か魔を呼んだのではと、この王を玉座に据えるべきではないと、声が上がった。

 しかし神殿が、要約するならば「亡くなった彼らは承知の上で命を捧げ、結果現王の治世において繁栄が約束された」との声明を発表した。


 開いた口がふさがらなかった。

 神官ともあろう者が、呪術にでもかかり狂わされたのかと思った。


 ところが実際に、その年から大地は更なる豊かさをみせ、災害は激減し、人心が落ち着いたためか犯罪までもが減った。まるでこの国が極楽に変じたかのようだった。

 私はそれに対し、酷く気持ちが悪くなった。

 人の世ではなくなったような国の様子も、あれほどにあの方を称えていた者達が今はその死を称える事も。


 そして私にとって決定打となったのは、寵姫が現れ第四王子が誕生した事だった。


 まだ稀にあった天災は、以降ぴたりと止んだ。

 作物はそれこそ世話などせずとも種や苗を植えれば豊作となった。

 人々や家畜の病も消えさった。


 この国は悪魔に魅入られたのかと、私は恐怖した。

 すぐさま、寵姫と第四王子への謁見を申し込んだ。もしも彼らが神殿までもを取り込んだ悪魔や魔物であるならば、己が対処しなければならないと決意して。


 しかし。

 申し込みはしたものの、謁見は難しいだろうと私は考えていた。

 けれどその予想を裏切り、驚くほどにあっさりとそれはかなった。

 そして私は、己のすべき事を見失った。


 まだ赤子である第四王子も、寵姫も、悪魔でもなければ魔物でもない事は分かった。

 だが人ならざる存在である事に変わりはなかった。

 けっして己では抗う事などかなわない方々だった。そう即座に理解した。

 寵姫とは神霊(みたま)であり、その御子も当然ながら人の身でもなければ魔物などでもなかったのだから。

 神殿の声明も理解せざるを得なかった。


 しかしだからといって今のままでは。神の眼差しが逸らされたその瞬間に、この国が滅びる事は明白だった。

 だからこそ私は畏れながらも寵姫に、神女様に、懇願した。平身低頭し、言葉を尽くし、なんとか神の理解を得ようと必死になった。

 そして頭上から神女様の声が降ったのだ。下がりゃ、と。

 その瞬間、安堵のあまり意識を手放すかと思った。

 私はさらに深く頭を下げ、城を下がった。


 その日から、国は再び人の手に返ってきたと感じた。


 民や、また貴族からも、不満の声は上がった。

 けれど王家と神殿が共同で声明を出し、神は人が自ら国を治める事を望んだのだ、との結論が国に広がった。

 神に対する「なぜ」という声も聞かれたが、啓眼を百有余年ぶりに授かった事で国に驕りもみえたため、それを正すために神はその神威をみせたのだろう、と考えを決着させる者が国民の大半となった。


 それからは、王家への熱狂も失望も、共に薄らいでいった。

 そして神への畏怖も。

 本当に、ものの数年で風化するが如く薄れた。

 それが人の愚かさゆえなのか、神の御業なのかは私にも分からない。


 そして今の状況だ。


 おそらく先日、第三王子の友人候補として新貴族派を主とした子息らが集められた事に起因するのだろう。

 その場には、第四王子殿下もいたとの話だ。

 そこから推察するに、第四位王殿下の不興を彼らは買ってしまったのだろう。


 私の代理として領地を治める弟は、兄である私の影響からだろう、今は亡き啓眼の姫に傾倒している。

 ただ、そのありようはあまりに盲目的だ。

 あの方の血筋こそが至高なのだと、それを軽んじた王家は皆()()()()()()()()()のだと、ゆえに今も存命の国王はすなわち王家の流れを汲まぬ不貞の子であるがために生きているのだと、そう己が子にいい聞かせていると聞く。

 先日その甥も城に招かれたが、日頃の()()の成果を発揮したであろうことは容易に察せられる。

 現にその甥も、弟も、弟が私の代理で治める領も、あの日城に招かれていた子息らの家も、その部下達も、この不幸にさらされている。




 まだ、打開策はみえない。

 けれど神官の視点からの言葉などがあれば、見つけられる可能性はある。

 私は到着した神官を、部屋へ迎え入れた。

最後までお読みいただきありがとうございます。

お楽しみいただけたでしょうか?


評価やいいね、ブックマークをしてくださった皆さんにはあらためて感謝を。


次回はまた3日置いてからの投稿となります。

よろしくお願いします。

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