第八話 我が世の春と犠牲者たち
王振にとって我が世の春だった。
彼に反抗し、前途を絶たれた者の名を連ねよう。
御史の李鐸は王振に拝礼せず、遼東の鉄嶺衛に流刑。
王振と同郷の大理寺少卿の薛瑄は「お前の傲慢は見るに堪えない」と付合いを断った。のちに王振は彼の甥が起こした事件にわざと彼を巻き込み、死刑を判決させた。さすがに薛瑄の息子たちが父の代わりに自分を死刑にしろと訴えて騒ぎが大きくなったので彼を釈放した。が、結局、薛瑄は北京を離れた。
また、国子監祭酒(大学の校長)の李時勉は王振の権勢を無視した。なおざりになっていた国士監整備を奏上するなら、私に何らかの金品を贈るのが当たり前だと王振は怒った。
慣例を知らないのか? 宮中を舐めているのか?
王振は国士監の前の古い木を切る命令を李時勉の名で出し、それは罪に値するとして暑い日に三日間、彼を縛って木の前で晒し者にした。さすがにこの時は孫皇太后の耳に入り、皇帝陛下に伝わったので、彼をいじめるのを止めた。
「だいたい国士監の学生どもが大騒ぎするのが悪い。なぜ騒ぐ前に私への忖度を考えないのだ! 知恵が回らぬ愚か者ども!」
彼は兵部右侍郎で河南と山西御史の于謙にも手を焼いた。
于謙ほど頭に来る清官はいなかった。
正統十一年、于謙は皇帝に報告するため北京に戻った。長く都を離れていたため、王振のふるまいを知らなかった。
陛下に取次を求め、雲台門に現れた于謙は堂々として静かな威力を放っていた。
王振は威儀を心の底に置き、柔らかく言った。
「ここでは多少の銀が必要でございますが、于大人はいかほどお持ちでしょう」
于謙は王振を睨み、両袖をひるがえした。
「この袖には一銭も忍ばせておらぬ! 国は小事か、小臣が大事か!」
王振の顔色が変わった。
「奴が私を見る眼は、そうだ、肥溜めに落ちた間抜けな犬を見る如く蔑みに満ちていた」
王振は于謙を皇帝への不敬罪で告発し、獄に下した。
が、三ヶ月におよぶ河南と山西の民の請願、官界からの助命陳情の激しさから、再び孫皇太后と皇帝の知るところとなった。
王振は「実は他に同じ名の罪人がおり、手違いで御史の于大人を拘留したのでございます」と釈明した。
于謙は形式的降格を受けたが、すぐに復職した。王振は誓った。
「次の機会には絶対に殺す!」