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第二話 北京、そして紫禁城

 王振は北京で陽物と別れる手術を受けた。大明国の首都である北京城の中央に鎮座する紫禁城、それを取り囲む皇城の北東の坊に宦官を作る場所があるからだ。

 凄まじい手術から三日間は地獄だった。男たちの半分近くが死んだ。三日間の絶飲絶食に耐えられず水を飲めば、この世とも別れる。そんな世界だ。


 王振はこの地獄でさえ陽物斬りの師匠にこの先の良い手本を見出していた。師匠は口が巧く、面倒見がよく、肝心な瞬間にみせる凄味は一流だ。何よりためらいがない。切り落とされる男が一瞬でも怯えたら、施術をやめるほどだ。この度胸と胆力を学ばずにいられようか。


 宦官かんがんの体に仕上がるまで数ヶ月から半年、師匠の家で過ごす。小まめにトウガラシ湯と胡椒湯で体を拭かれ、不屈の精神力を保つ王振は順調だった。

 陽物がない体を逞しく保つ方法はここで会得した。油断すると若さは素早く離れてしまう。髭が抜けて二度と生えないように、筋力が落ちることもある。子供のうちに施術すると筋力に乏しい体になりやすいのだと師匠は言った。


 王振の周りに仲間がいた。売られた少年に罪人、奴隷のモンゴル族、女真族、安南ベトナム人などもいる。そして自ら望んだ者。

 宦官志願者の望みは権力と富を貪ること、これに尽きる。王振は仲間たちの面をじっくり拝んだ。学を積んでいるか、口は達者か、容貌はいかがか、忖度を読む力はどれほどか、また度胸あるや無しや。


 その頃、立て続けに皇帝が変わった。

 王振が北京に来た時は永楽帝が崩御したばかりだった。一年も経たず、あと継ぎの洪煕帝が崩御。新たに即位した宣徳帝は内書堂を設立した。それは宦官の学問所で、教師は翰林院大学士。

 これは画期的だった。

 翰林院大学士といえば、行政府六部の各尚書、つまり大臣が兼任する超名誉職、いずれも皇太子の教師を務めるほどの学識があり、官位では最高位の正一品の地位である。もちろん科挙では進士クラス。


 内書堂設立には訳があった。


 そもそも大明国の初代皇帝、洪武帝は冷静で賢明な一面があった。彼は宦官の弊害を熟知していた。かの大唐が滅んだのは宦官が次の皇帝を決めるほどの権力を持ってしまったからだ。


 が、宦官は宮廷の暮らしに必要不可欠。

 そこで洪武帝は宦官に学問不要、宮城の掃除に徹せよと決めた。


 彼は宮城の門に鉄牌を置いた。牌には「内臣不得干預政事、預者斬」すなわち「宦官が政事まつりごとに関与するを禁止ず。関与した者は斬る」と刻まれていた。

 鉄牌は永楽帝が都を南京から北京に移した時に、移設された。祖訓は尊ばれねばならない。


 しかし、皇帝の現実はそれを許さなかった。とにかく皇帝は忙しい。家族は常に大所帯。妻子と孫で百人を超えることもある。

 三代目の永楽帝のおびただしい業績の一つに皇帝独裁体制強化があった。そのため彼の仕事は増えに増え、時間も体も常人の数百倍に達した。頭の切れが半端なくても、過労死ラインを越えていた。


 そんな皇帝の豪華で煩雑なプライベート空間が紫禁城の内廷だ。夜の営み、宮中行事もろもろ、趣味と寛ぎの時間、そして内廷まで運搬される決裁書類の山。それらは皇帝とその家族に奉仕する宦官組織、二十四衙門にじゅうしがもんと女官六局が支えていた。 

 そこに所属する宦官が文盲で無知蒙昧で効率いいわけがない。皇帝の精神衛生にかかわる問題である。


 洪武帝も永楽帝も効率を高めるべく、有能な宦官に目を付けた。特に永楽帝は宦官に読書を許した。字が読める読めない、書ける書けないでは見える世界が違った。


 明建国から約六十年、洪武帝の鉄牌はいまや有名無実だ。


 彼が置いた二十四衙門は、十二監と四司と八局から成る。十二監の最上位は太監たいかんと呼ばれる。最も重要な役職が司礼監掌印太監しれいかんしょういんたいかんで、のちの王振の役職名となる。


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