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第一話 自ら宦官(かんがん)になる

 中華の地に王国が、ついで帝国が四千年の歴史を紡ぐ間、宦官はつねにいた。

 彼らは王や皇帝に使役される奴隷であり、手術によって男性器を除去されていた。子孫を残せない忌むべき存在でありながら、常に数千人、時に数万人が宮城で皇帝とその家族の日常を支えていた。


 時は明代、永楽帝が都を南京から北京へ移した頃のこと。北京の西、三百二十里(160㎞)の蔚州うっしゅうに一人の男児が生まれた。名を王振おうしんという。家は四合院おやしきを構えるくらいには裕福だった。細々だが、地元の下級官吏の家柄だ。


 この家柄の例にもれず、彼もまた官吏登用試験である科挙かきょに挑む未来が待っていた。

 彼は年少の頃から自信家で野心に溢れ、そのうえ田舎臭い故郷が大嫌いだった。北京から届く壮麗な都の噂を聴くためなら、平気で下衆とさげすまれる商人の話に分け入っては一族の年長者に仕置きを受けた。彼にボンクラの烙印を押そうとする従兄弟たちもいた。


 王振は不敵な眼差しを変えなかった。

「ボンクラ結構! この田舎で一生を終えるお前たちに分かるものか」

彼の胸中に燻る情熱は口に出さないがゆえ、ふつふつと鬱積にも似た情念となって巣くっていた。

「科挙で上位成績を取り、都で官吏になる。皇帝の重臣となり、故郷に錦を飾ってやろう。賑々しい行列と煌びやかな宝物を満載した車を以て、王振の名を轟かせるのだ!」


 田舎城市の蔚州と北京の間には太行山脈がうねうねと連なり、遥か漠北モンゴルと北京を結ぶ道筋にある。夏は暑く、冬は凍てつく。埃臭くて、肌も心も乾く。

 王振ははるか東方の都での出世に焦がれていた。


 科挙は段階があった。明の建国者たる洪武帝こうぶていは新たなルールを置いた。科挙を受けるには国立学校を受験し、そこに席を置けと。国立学校の受験生は何歳だろうと童生どうせいと呼ばれる。試験会場の官庁に行くと、髭だらけの先達でいっぱいだった。


 まず県試を受ける。王振は一発合格だ。次年の府試も一発合格。さらに三年に一度の院試を受ける。院試となれば、北京から学政しけんかんが派遣される。合格者は晴れて秀才しゅうさいと呼ばれる本試験受験資格保持者、すなわち天下のエリートというお墨付きが与えられる。


 永楽二十二年(一四二四年)、十七歳の王振は院試に落ちた。次の院試は三年後。


 さらに科挙は続く。秀才は本試験の郷試と会試に合格したのち、皇帝陛下が試験官を務める殿試で進士のランクを取らねば要職の道は険しい。

「その時、私は何歳になっている? 時間の無駄だ。これは時間の無駄使いだ。

 科挙で人生が狂った男をたくさん見た。髭まみれの童生はイヤだ。白髪の秀才なんぞ死んでもお断りだ。

 天下を見ろ。皇帝は六十歳を過ぎて自らモンゴルを討ちに行った。北の蛮族が再びここに来てもおかしくないからだ。そして都は江南から大運河が通じ、富を蓄えている。その旨味を知らずに死ねるか! 我が身に富貴を浴せずして何が人生だ!」


 彼の決心は速かった。院試不合格を経て、彼の頭脳は意外な方向を目指した。

「私には見える。何が効率よくて、何が強みで、何が武器か、明瞭に分かる頭だ。権力の流れをみて、どう動くべきか、分かる頭だ。

 近道の何が悪い。男の陽物ようぶつを切るだけで路はひらく。北京の紫禁城に入るにはそれが一番だ!」

 

 彼の決心を止める父はすでに亡く、母は弟を溺愛していた。一族を束ねる大叔父は怪物を見るような目で彼に資金を渡した。が、大叔父もまた怪物じみた欲を眼に宿していた。王振が紫禁城で一目置かれる身になれば、王一族に栄華が及ぶことを彼は知っているのだ。


 王振は固い決意というより、情熱の塊となって故郷を後にした。

「さらば、男の王振。だが、私は私のままだ。王振という名の宦官かんがんが誕生するだけのこと!」

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