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月、何よりも愛しい存在

※短編ですが少し長いので、短編内で章立てて読みやすくしています。

※抱擁やキスなどのスキンシップ表現があります。苦手な方はご注意ください。

【1.出会い】


 その人と出会ったのは、私が死のうとした時だった。


「あっぶな、間に合って良かった」


 まだ寒さの残る冬の終わり。

 深夜の大学キャンパス、その最上階から飛び降りようとしていた時、どこからともなく現れたその人は、窓枠に足が掛かっていた私をひょいと持ち上げて床に下ろした。全然知らない人だった。


「なんで」


 死のうとした矢先に助けられたので、緊張の糸が切れ、私は思わずその場にへたり込んでしまった。


「あのさ、生き物は皆、遅かれ早かれいつか必ず死ぬの。なら別に今死ぬ必要ないでしょ」

「いつか死ぬなら今死んだって同じじゃない」

「あー、ヘリクツ、可愛くない」

「なっ」


 どうして赤の他人にそんなことを言われなきゃならないのかと思って、私はそのとき初めてその人をまじまじと見た。

 すっとしたシルエットだが、華奢ではない。無駄のない筋肉の付き方をしているようだ。髪は茶髪でボブくらい、やや吊り目がちの大きな瞳が愛らしい、とても身目麗しい青年だった。

 しかし私が何より目を惹かれたのは、その瞳の色。

(黄緑?)

 この日本にしては珍しい、薄い黄緑色の瞳だ。

(こんな人、大学にいたかな?)

 いたら絶対回りが放っておかない。それほど一度見たら忘れられない容姿である。


「いつ死んだって同じなら、もうちょっと俺と生きてみない?それから考えても遅くないと思うよ」

「は?」

「だから、ちょっとで良いから俺と付き合って」


 私は頭を抱えた。こんな見ず知らずの美青年にいきなり告白されたときの切り返し方なんて知らない。少なくとも二十一年生きてきた私のマニュアルには載っていなかった。


「なんで私なの?死のうとしてたから?」


 同情だろうか。それとも死ぬくらい追い詰められているならヤれるとでも思ったのだろうか。


「いいや、あずみが良い人だってことを知ってるから」

「なんで私の名前を知ってるの?」


 もしかしてストーカーかと思ったが、こんな女をストーカーしても何のメリットもない。ストーカーするほど彼は相手に困っていないだろう。


「んー?あずみを知ってるから」


(私、この人と会ったことある?)

 いや、絶対に会っていない。こんな美青年と一回でも会っていたら忘れないはずだ。


「会ったことないですよね?」


 不審だったので敬語になってしまった。


「あ、敬語傷つく」

「質問に答えてください」

「良いじゃん別に。知らないならこれから知っていけば」

「質問の答えになってません」

「あずみ怒ったら怖いからなー。さぁ、行こ」


 どこ吹く風といった感じで、彼は私の質問には全く答えてくれなかった。その代わり私の手を引っ張って立たせてくれ、挙句の果てには手を繋いだまま歩き出してしまった。


「ちょっと!」

「お家どこ?」


 家までついて来る気なのか。


「教えませんよ」

「え?じゃあこうやって手を繋いだまま、どこか遠くの地に一緒に逃避行でもする?」


 心底楽しそうな笑みを返された。

(駄目だ、完全に彼のペースだ)

 私はがっくりと肩を落とす。死のうとしていたのに出鼻を挫かれ、しかも謎の美青年と手を繋いで連れ立って歩いている。一体何がどうなったらこんな状況になるんだと叫びたい気分である。


「分かりました、家についたら離してくださいね」

「ねぇ、だから敬語傷つくから止めて」


 彼は急にピタッと歩くのを止めたかと思うと、先ほどとは裏腹にとても真剣な顔を向けてきた。握っている手に力がこもっている。


「俺とあずみはそんな仲じゃないから。敬語は止めて」


 いや、初対面!と突っ込みを入れたいところだったが、止めておいた。茶化すのが馬鹿らしくなるほど、既に非現実なことが立て続けに起きている。しかもとても悔しいことに、その顔面で懇願されては私も折れざるを得なかった。


「うん、分かった」

「ん、ありがと」


 そう言うと彼は破壊力抜群の笑みを返して来たので、私は何だかもう、美青年がそんなことで喜ぶなら良いかなと思った。

 要はこの時点で、私は立て続けに起きている非現実的なことに対し、まぁ美青年だし、もうどうにでもなーれ、と半ば思考を放棄したのである。



「着いたよ」

「ここ?」


 結局私はアパート前まで、この美青年と手を繋いで帰ってきた。


「早く入ろ。俺寒いの苦手なんだよー」

「え?」

「え?って何?まさかこのままお手手離してはい終わりってなると思った?」

「思った」


 彼は項垂れてしまった。


「付き合うって言ったじゃん」

「いや、OK出してないし」

「じゃあ付き合って」

「なんで?」


 そう言うと彼は悲しい顔をしたので、私はまるで悪いことでもしたかのような罪悪感が芽生えた。


「なんでって、好きだからに決まってるでしょ」


 美青年はとても真面目な顔で答えた。


「でも私、本当にあなたのこと知らない」

「だから、今から知っていけば良いでしょ。ほんの少しの間だけでも良いからさ、ね?お試しってことで」


 この容姿で言う台詞ではない。

 でも、ここまで美青年に良い寄られたら流石に悪い気はしなかった。私も現金な女だと思う。


「付き合う云々はともかく、もしかして行くところ無いの?」

「だってあずみの家で過ごすつもりだったから」


 何という計画の立て方だろう。私は項垂れる。しかしもう心は決まってしまっていた。


「付き合うかは置いておいて、宿なしなら仕方ないわ。しばらく家に泊めてあげる」

「ありがとう、やっぱりあずみは優しいね。でも優しいのは今のところ俺だけにして」


 そういうキザな台詞をさらりと言っても様になっているのだから困りものだ。

 さぁ行こっと彼は我が物顔で私を先導した。


「そうだ、あなた名前は?」

「んー、ツキ」

「ツキ?」

「うん、あの夜空に浮かんでるやつ」


 人名に月とは少し変わっているように思ったが、最近のキラキラネームは私の理解の範疇を越えているので、まぁそんなものかと思い直した。


「俺はどちらかと言うとお日様の方が好き。でも大切な人が付けてくれた名前だからこれはこれで凄く気に入ってるんだ」


 そうやって話すツキの眼差しは愛しさで溢れていた。

(でも親じゃなくて大切な人なのね)

 わざわざそう言うのであれば、本当の両親と名付け親は別にいるということだろう。複雑な家庭環境なのかもしれない。深く突っ込むのは止めておいた。


「良い名前だね」

「うん、ありがと」


 ツキは柔らかく笑った。私は会ったばかりなのにもうツキを好きになりかけていた。懐に入ってくるのが上手なのだ。



【2.ツキとの日々】


 ツキはやっぱり少し変わった人だった。


「これ初めて食べるけど美味しいね」


 はじめの頃、ツキは玉子焼きを頬張りながらそんなことを言うものだから私は吃驚してしまった。


「玉子焼き食べたことないの?」

「見たことあるけど食べたことない。あ、でもパンはつまみ食いしたことある」


 私はその話を聞いてネグレクトを受けて育ったのだろうかと不安になってしまった。そんな私の顔に気付いたのかツキは慌てて言った。


「違うご飯はたらふく食わせてもらってたよ?おやつまで潤沢に」

「ふーん」


 そういうおやつだってありきたりなスナック菓子を美味しい美味しいとまるで初めて食べるかのようにはしゃいで食べるから疑惑は尽きない。


「あ、刺身は好きだよ。マグロは特に。あとコーンと焼鮭とカニカマも好き」

「お刺身とコーンと焼鮭とカニカマは食べたことあって好きなんだ」

「うん、美味しい。コーンには少しうるさいくらい」


 よく分からなかった。まぁでも、私の作るなんてことないご飯でさえ美味しいと言って食べてくれるので、それは嬉しかった。

 ツキはまたお箸が持てなかったので、代わりにフォークとスプーンで食事を摂っていた。


「もしかしてどこかの王子様?それとも帰国子女とか?」

「んー、違う」


 否定はしてもそれ以上は教えてくれないので私も詮索しなかった。人は話したくない過去や知られたくないことの一つや二つは必ずある。ツキはそれが人よりも少し多いだけだ。

 私はツキに助けられて一緒に住むようになってから希死念慮が減ったので、とりあえず皆と同じように生活をすることにした。大学四年生に差し掛かっていたので面倒なことに卒論と就活をする必要があった。


「行ってらっしゃい」


 ツキはあまり褒められたものではないが、ニートでありヒモだった。大抵いつも寝ているか、何時間も散歩していた。でもお金を使うような遊びは一切せず、食費が少し嵩むくらいだったので金銭的にはあまり問題がなかった。私も私で浮世離れした雰囲気のあるツキが働いている姿はちょっと想像ができなかった。


「お帰り」

「ただいま」


 それに家に帰ったとき、ツキが家にいると何だかとても安心するのだ。


「今日はもう家にいるの?」

「うん、いるよ」

「お疲れ様、今日も頑張ったね」


 ツキは私が帰ると大抵頑張ったねとか大変だったねとか、労いの言葉をかけてくれた。それが心地良く、温かな気持ちになれた。だからお金に困るまではしばらくこのままで良いと思ってしまったのである。

 タイミングによってはツキが散歩に行っている時もあったけれど、それはそれで良かった。散歩から帰ったツキはほんわりお日様や草木、土の匂いがして、それがまた私を豊かな気持ちにさせる。


「ツキは自然と戯れるのが上手だね」


 髪に桜の花弁がついていたので、私はそっと手を伸ばしてそれを取る。


「あずみも明日一緒に行こ」


 散歩なんて独りでは絶対に行かないのに、ツキに誘われると行きたくなってしまうから不思議だ。ちなみに出会ってから一か月ちょっとで私はすっかり絆されてツキを好きになってしまい、正式にお付き合いを始めていた。

 散歩は必ず二人で手を繋いでゆっくり歩いた。散歩の時は特に会話はなく、静かで穏やかな時間が流れていた。人が忘れてしまった自然のリズムを、ツキが教えてくれているようだった。


「桜、綺麗だね」

「色々見てみたけど、ここが一番綺麗だったよ」


 下見までしていたらしい。そういうところは抜かりなかった。


「ツキ、あの時助けてくれてありがとね」


 あの時落ちていたら、ツキとこんなに綺麗な景色は見られなかっただろう。


「ん、あずみが元気になってくれて俺は嬉しいよ」


 ツキは優しかった。



「終わった?じゃあ構って」


 ツキは私が何か作業をしている時は邪魔をして来ないが、終わるとこのように甘えてくることもしばしばだった。たまに作業中に来ることもあったが、そういう時は大体私が没頭しすぎていてロクに休憩をしていない時だったので、休憩を取るように誘導されていたのかもしれない。

 パソコンの前で椅子に座っていた私を、ツキが後ろから抱きしめる。頭と頭をこつんとさせるとツキは決まって「撫でて」と言うので、私は彼の頭を優しく撫でる。柔らかい髪の感触が気持ち良い。


「ベッド行こ」


 この家には二人がけのソファなんて上等なものはないので、二人で腰掛ける時は専らベッドである。いつもこうやってベッドに誘われた。けれど私は一度もツキとセックスをしたことがない。ベッドに誘われるのも二人で座るためだ。


「はぁ、あずみは本当に良い匂いがする」


 ツキは私を後ろから抱きしめることが多かった。そして私の髪や首元に顔を埋めて匂いを嗅いでくる。


「恥ずかしいから止めてよ」

「何で?別に恥ずかしがることじゃないでしょ。それにあずみだって俺のこと嗅ぐくせに」


 図星だった。ツキだって良い匂いがするのだ。使っているソープともまた違う、ツキの匂い。嗅ぐと胸が締め付けられるように切ない気分になった。


「……」


 決まりが悪くなって無言でいると、ツキは話題を逸らしてくれた。


「人間は良いね。こうやって誰かを抱きしめることができて、言葉を交わすことができる」


 そう言うと耳元で甘く囁いた。


「あずみ、好きだよ、愛してる。俺だけのものだ」


 私を優しく抱きしめる。


「ああ、本当に可愛いね、あずみは」

「毎日聞いてる」

「だって毎日可愛いんだから仕方ないだろ」

「飽きない?」

「全然飽きない。むしろ日に日に思いが膨れ上がってくばかりだ。あずみは俺に飽きちゃったの?」


 不安そうにツキが聞いてくる。


「…毎日ツキのこと考えてる。飽きたりなんかしない」


 ツキはその答えに満足したらしく、私の髪を梳くように触り、頭をゆっくり撫でた。


「こっち向いて」


 私は少し顔を傾ける。


「あずみは綺麗な目をしてる」

「ツキの方がずっと綺麗な瞳の色してるよ」

「あずみは眼差しが綺麗なの」


 ツキはそう言うと私の下目蓋を目頭から目尻にかけてすっと撫でる。そのあと頬と唇にキスをした。何回も、ついばむように。そしてまた後ろから私を抱き寄せる。


「…やっぱりセックスはしないの?」


 胸も下半身も一切触られていない。いかがわしい手つきでまさぐられたことなど一度もなかった。しかし好きな男にここまでスキンシップをされていると、私の体は否応なしに反応してしまう。耳朶にかかる吐息で軽く痺れが走り、言葉は甘美で、腕と手のぬくもりでツキが欲しくなり、キスをされるとそれ以上を求めて切なくなる。


「それだけが愛情表現じゃないだろ?」


 ツキは少し困った顔をした。私が性的に興奮しているのが分かるのだろう。それでも決して私を抱こうとはしなかった。


「私じゃ駄目なの?」

「違うよ、そういうんじゃない。俺はただ肉体に対する欲を持ってないんだ」


 そういう人もいるのだろう。残念だけどそれなら仕方がないと諦めるしかなかった。


「ごめん、あずみ。満足させてあげられなくて」

「謝らないで、ツキの言う通り、それだけが愛情表現じゃないよ。困らせてごめん」


 私は正面からキスをし、そのままツキにしなだれた。胸に耳を当てると鼓動の音がする。その音を聞いていると次第に落ち着いてきた。


「もう触らない方が良い?」


 ツキが悲しそうに言う。


「ううん、もっと触って、たくさんキスをして」

「でも」

「私、ツキとこうやっているの好きなの。だから触られなくなる方が嫌」


 我ながらなんて我儘だろうと思う。でもツキとこうしている時間はやはり私にとっては至福の時間なのだ。


「分かった、遠慮しない」


 ツキはそう言うとまた私を抱きしめた。



【3.ツキとの別れ、ユエとの出会い】


 ツキとの幸せな生活はあっという間に過ぎて行った。その間に私は卒論を書き上げ、就活も無事に終わり、あとは卒業まで憂いのない日々を過ごすだけだった。


「ねぇ、何であの時死のうとしてたの?」


 唐突な質問だと思った。


「…言いたくないって言ったら?」


 私はツキの腕枕の中でやや上目遣いにツキを見る。ちなみにこの腕枕も清らかなスキンシップの一環だった。


「そんなうるうるした目をしても駄目」

「…彼氏に二股かけられてたの」

「うわ、しょうもな」


 ツキは思い切り顔を顰めた。


「しょうもなくない。それが相手の女の子も混ざって結構話がこじれちゃったの。何かもう色々面倒になって、将来不安になる時期でもあったからそれで拍車がかかっちゃって…」


 今考えたらやはりしょうもなかったかもしれない。


「そんな男のためにあずみが命を捨てることなんてないだろ」


 ツキは割と真剣に怒っているようだった。


「はい、ごめんなさい」

「もう二度と命を粗末にしないで」

「うん、ごめん」

「助けられて良かった」


 ツキは空いている手で私の頭を撫でた。


「あずみ、今から俺が言うことよく覚えておいて」

「何?」

「あずみはこれから就職する。少ししたら野良の子猫を拾うんだ。キジトラのオス猫。あずみは名前をつけて、この猫をめちゃめちゃ可愛がる。けど多分序盤でペット禁止のこの部屋から追い出されて別の部屋に引っ越すはず」

「ちょ、ちょっと、何それ?」


 いきなりツキが予言めいたことを言い始めたのだ。


「良いから聞いて。この猫を飼って2年を過ぎた頃、あずみの前に一郎って今時珍しい古風な名前の奴が現れる。あずみはそいつと結婚して、子宝にも恵まれて、幸せな人生を歩むんだ」

「待って、ツキとは?ツキとは別れるってこと?」


 私は飛び起きた。頭が全然追いつかない。いきなり未来の結婚相手を予想されて、それがツキじゃないのに幸せな人生を送ると言われても困る。とても信じられないし信じたくない。

 ツキは混乱する私をみて悲壮な顔をした。


「別れるわけじゃないけど、ずっとはいられないんだ。最初に言っただろ?少しで良いから付き合ってほしいって」

「それはお試しみたいな意味で」

「別れは、必ず訪れる」


 お互い無言になった。私は堪えようとしたけれど堪え切れずにポロポロと涙を流す。次から次へと大粒の涙が溢れて止まらなかった。


「ツキ、病気なの?」

「ううん」

「他に好きな人ができたの?」

「絶対違う」

「じゃあなんでそんなこと言うの?」


 泣いている私をツキはそっと抱き寄せる。その優しさがまた私の胸を締め付けた。


「残された時間はそんなに多くない。そのかけがえのない日々を一日一日噛み締めながら過ごしたいんだ。俺の我儘で、いきなり吃驚させて、泣かせてごめん」


 私は子供のようにツキの腕の中で泣きじゃくった。ツキは申し訳なさそうにごめん、ごめんねと呟いていた。ツキがそう言い続けるしかないということは、きっとお別れは逃れられないのだろう。そう分かっても涙を止めることはできなかった。



 それでもすぐにお別れにはならなかった。その話をしたのが晩秋だったが、冬を過ぎ、春が来て、私が社会人になった時もまだツキはいてくれた。

 ツキと過ごす二回目の春は、また前回と同じ場所まで散歩をして二人で桜を見た。


「綺麗だね」

「うん、あずみの方が綺麗だけど」

「何その比べ方。じゃあツキの方がずっと綺麗」


 そんな他愛のない話をした。そんな他愛のない話ができるくらい私は覚悟を決めたと言っていい。いつか必ず訪れる別れ。そしてそれがいつか分からない恐怖に私ははじめ戸惑っていたけれど、それはきっと普段は忘れているだけで生きている限りどのカップルも起こりえることなのだ。そう悟った時、私は気持ちを切り替えることができた。ツキが言うように残り少ない日々を尊い気持ちで、感謝しながら過ごそうと思ったのである。

(きっと来年、ツキとこの桜を見ることはない)

 予感がした。覚悟をしたとは言え、時折胸は締め付けられる。鼻の奥がツンとして視界がぼやけて来たけれど、私は何とかそれを堪えた。



 そしてゴールデンウィークのこと。


「あずみ、散歩に行こ」

「こんな時間に?珍しいね」


 夜だった。普段ツキは昼間のうちに散歩に行くことが多いので、夜に散歩に誘われたことはなかった。


「うん、今日は夜が良い」


 ツキは穏やかに笑っていた。私は何か分かったような気がしたが、何も言わず散歩に出た。

 二人で手を繋いでゆっくりと歩いた。もう何度同じことを繰り返しただろう。しかし、今日はいつもと違って緊張していた。指先が冷たい。ツキもそれに気が付いたようだった。


「あずみ、今までありがとね」

「私の方こそ、本当にありがとう」

「俺がどれだけあずみのこと愛してるか伝わった?」


 ツキはいつも情熱的だった。毎日かけられた愛の言葉の囁きは私の心を満たし、毎日抱きしめてくれたその温もりを忘れることはないだろう。


「伝わってる。私きっともうこれからの人生、ツキ以外の男性をこれほど愛することはないよ」

「うん、俺はあずみを一番愛してる。あずみは俺のもので、俺はあずみのもの。それを忘れないで。まぁけど君の人生はまだ先もある。現世にいるうちは一郎は良い奴だから少しなら愛してあげて良いよ」

「そうなの?」


 ツキの妥協に私は少し笑ってしまった。


「少しだけね。あずみをずっとやもめ気分にするわけにはいかないから」


 苦虫を嚙み潰したような顔をしていたから、本当は嫌なんだろうなと思う。


「ふふっ、分かった」

「あずみ、来世ではずっと一緒にいよう」


 ツキはそう言うと片手で私の頬に触れながらキスをした。今までで一番長いキスだった。



『ニャー』



 遠くで猫の鳴き声が聞こえた気がした。


「行こう」


 ツキが鳴き声のしたところまで私の手を引っ張っていった。

 空地に着くと、草むらの陰で隠れている子猫の姿があった。


「いた」


 思わず私は駆け寄ってその子猫を抱いた。生まれたてではない。3か月くらいだろうか。可愛いキジトラだった。


「ツキ、いたよ」


 私が振り返ってもツキの姿はもうどこにもなかった。


「あ」


 ついにお別れの時が来たようだった。



【4.ユエとの日々】


 私は少し呆然としていたけれど、すぐに夜間もやっている動物病院を探して連れて行き、キジトラの子猫を診察してもらった。


「元気な男の子だよ。拾ったらしいけど、これから飼うのかい?」

「はい、飼います」

「じゃ、お家に慣れた頃にワクチン接種に来て」

「分かりました」


 健康診断が無事に終わり大きな病気もなくほっとした。先生にお世話の仕方のアドバイスや小冊子をもらい、受付でご飯とケージも売っていたので購入した。ただ、夜の時間帯でお店が閉まっており、猫用トイレだけ揃わないということを相談したら先生が気を使って猫砂を少し分けてくれた。これを段ボールに入れれば一晩くらいは大丈夫だろうとのことだ。私はそれら全てを両手で抱えて帰路についた。


「ただいま」


 誰もいないのに思わず言ってしまった。私の声が虚しく部屋にこだまする。もうその挨拶を返してもらえないという事実を否応なしに突きつけられて、私は玄関でくずおれた。


「ニャッ、ニャッ」

「ごめんね、お腹空いたよね」


 私は嗚咽を洩らしながらも部屋の電気をつけ、すぐにご飯とお水を用意して子猫のケージを開けた。ケージの外にご飯を置いていたのだが、子猫は警戒してなかなか出てこない。仕方がないのでケージの中に皿を移して扉は半開きにし、私はトイレ作製に取り掛かった。しかしそれもあっという間に終わって何もすることがなくなったので、子猫の名前を考えることにした。


「ツキ…」


 流石に恋人の名前を直接つけるのは憚られた。

(じゃあユエにしよう)

 昔大好きだったアニメにユエというキャラクターがいた。ユエとは中国語で月という意味だ。私はクールで格好良い彼が大好きだった。

(ツキはクールではなかったし、容姿が全く違うけど)

 格好良かったことは間違いない。それにツキはお日様の方が好きだと言ったけれど、私は月の方が綺麗で好きだ。


「ユエ、あなたは今日からユエだよ。よろしくね」


 警戒して出てこない子猫に対して、私はケージの外から挨拶をした。ちなみにこの状態の猫は変に構いすぎると余計警戒させてしまうので、もう放っておくしかなかった。いずれ好奇心で部屋の外に出てきて徐々に慣れていく。焦っても仕方のないことだった。

 そうして何もすることがなくなると、私はまたツキのことを考えた。さっきまでここで他愛のない会話をしていたのだ。あんなにも穏やかで温かい空間だったのが、今は静かな冷たい部屋になっていた。まるで他人の家にいるようだ。私はお別れを覚悟していたはずなのに、全然覚悟が足りなかった。ツキが恋しい。ツキに会いたい。ツキのいない人生は虚しい。


「ツキ…ツキ…」


 私は気が付いたらまた号泣していた。彩りをなくした人生とどう向き合えば良いのか分からなかったのだ。

(でも、命を粗末にしてはいけないと約束した)

 私はきちんと生きなければならなかった。

 それでもこの晩だけはどうしても立ち直れなくて、朝まで泣き明かし、疲れ果てた状態で眠りについた。



 一か月もするとユエはすっかり慣れたのだが、大家に猫を飼っていることがバレて引っ越すことになった。

(ツキの言う通りになった)

 ツキの予言が当たって、何だか少し愉快な気持ちだった。

 私はすぐにペット可のアパートを見つけてそこに引っ越した。ユエははじめは少し警戒していたけれどすぐに慣れて部屋を探索していた。

 ユエは驚くほど賢い猫だった。まず、およそ猫動画で上がっているようないたずらは一切しなかった。テーブルの上にある皿やコップを落として割るようなことは一度もしなかったし、何ならテーブルの上に上がるのを何回か注意しただけで登らなくなった。台所を漁るようなこともしないし、粗相も一度もない。爪どぎだって決まったところでしかしなかった。


 人間の食べ物もはじめのうちは少し興味がありそうだったが、ほとんど狙ってこなかった。唯一ロールパンだけは齧られて怒ったら逃げていき、以降つまみ食いはしなくなった。その代わりにおねだりをするようになった。これがまたあざと可愛い。私はついついその誘惑に負けてあげてしまう。一応猫が食べられる物かきちんと確認してから、少量を皿に取って食べさせていた。中でもユエが好きで、あったら擦り寄ってきたのがマグロの刺身と焼鮭、カニカマとコーンだ。特にコーンは本当に目がなくて、安いコーンは食べてくれなかったので、少し高い冷凍コーンか生のトウモロコシを茹でたものを出した。生のトウモロコシが一番喜んで食べていたと思う。


 ユエは家猫にした。外に出したら交通事故などが怖かったからだ。何回か病院に通い、ワクチン接種と虚勢をした。オス猫は特にスプレーというマーキング行為で部屋が臭ってしまうため、どうしても虚勢をする必要がある。虚勢前は活発でよく遊んでいたが、虚勢後は段々と大人しくなっていき、二、三歳になるころにはすっかり落ち着いていた。家では大抵日向ぼっこをしながら寝ているか、ニャルソックか、ブラシをしてくれと甘えてきた。


 そう、ユエはブラシが大好きだった。朝と晩に必ずブラシを催促してくるし、一回のブラシ時間は十分以上を要した。時には三十分近くブラシをかけていたこともある。


「ユエは今日も可愛いねぇ」


 ブラシをかけながら馬鹿丸出しの声かけをする。私は片手でブラシをかけながらもう一方の手でユエを愛撫した。特に気持ちよさそうにしてくれるのは首回りと顔、尻尾の付け根、それから耳の穴だ。優しく撫でるとすぐにゴロゴロと喉を鳴らし、目を細めて心地よいといった表情をする。それがたまらない。いつまでも構っていられる。私は時折ユエの身体に顔を埋め、その匂いも嗅いだ。猫特有の良い香りがするのである。嗅いだ後は鼻挨拶と言う名の口づけと、頬にキスも忘れない。


「ビー玉みたいで綺麗な瞳だねぇ、ユエは」


 ユエの頬を触りながら、その顔のすぐ真横で私は囁く。猫の瞳は真横から覗くと本当にビー玉のようなのだ。それに何と驚くべきことに、ユエの瞳はよく見たらツキとそっくりな黄緑色の美しい瞳をしていた。私はその瞳を覗き込む度にうっとりしてしまう。この世界にもまだこんなにも綺麗なものがあるのだと思えて嬉しくなるのである。

 ブラシが終わった後はユエをギュッと胸に抱く。人肌よりも温かいユエの体温はとても安心する。

 私はあっという間にユエに骨抜きにされていた。勿論ツキを忘れたわけではない。むしろツキとの別れは一生の心の傷である。ツキを思い出す度に涙が止まらない。けれどユエはその心の痛みにそっと寄り添ってくれた。心優しい猫である。



【5.結婚、育児、そしてユエ】


 ユエを飼って二年が過ぎた頃、一郎さんと出会った。ツキの言う通り良い人だ。私はお付き合いをする時、一郎さんに正直にこう言った。


「多分一生、忘れられない人がいるんです」


 ツキのことを亡くなった恋人だと説明し、きっと一生彼を忘れることができないと話した。一郎さんは眉尻を下げたがそれでも構わないと言ってくれた。懐の深い人である。私はその甲斐性に惚れて結婚まで決めた。


 私は一郎さんを好きだし、きちんと愛している。でもやっぱりツキのことは忘れられそうにない。仕草、声、美しい瞳、お散歩の穏やかで優しい豊かな時間、そして愛を確認する情熱的な時間。ツキのスキンシップはとにかくお互いを求め合うような激しさがあった。合一しないからこそ幾千もの言葉を紡ぎ、貪るように抱き合い、キスをした。一郎さんも穏やかな優しい人で一緒にいるとほっとするし、子供もいるのでそれなりのことはやっているのだけれど、でもツキほどの情動はない。ツキには独占欲があったし、私もツキが欲しかった。ツキだけいれば後は何もいらなかった。若かったのかもしれない。思い出が美化されているのかもしれない。そう思っても、やっぱり私はツキのことが忘れられなかった。


 一郎さんと付き合い始めて何回目かのデートの時に私は一郎さんを自分の家に呼んだ。ユエを紹介したかったからだ。しかしユエははじめ警戒して一郎さんが家に来ている時は洗濯機の裏に隠れて一切出てこなかった。


「嫌われているのかな?」

「ごめんね。警戒心の強い猫で、チャイムがなっただけであそこに隠れるの。でも多分何回か来たら慣れると思う」


 その言葉に従って一郎さんは通い詰めてくれた。そして何回目かの時にようやくユエは一郎さんの前に姿を現した。触れるかな?と思ったが一郎さんが手を伸ばそうとしたら「シャー!!」と今まで見たこともない威嚇をしてきたので思わず笑ってしまった。


「本当ごめん。普段は大人しくて、威嚇もしないし、噛んだり猫パンチとかも一切しないんだけど」

「これは前途多難だな」


 一郎さんは苦笑いしている。


「ユエ、もうちょっと一郎さんに優しくして」


 ユエは耳だけこちらに傾け、尻尾はブンブン床に叩きつけていた。ひどく怒っているようだ。


「まぁ、気長にやるよ」


 そう言った一郎さんは本当に気長にユエとコミュニケーションを取ってくれて、ブラシができるくらいまでになった。そしてその頃プロポーズをされ、私はそれを受けた。


「ユエ君とも家族になりたかったんだ。だからそれまでプロポーズはしないって決めていた。この間ブラシさせてもらった時にユエ君と男同士の会話をしてね、あずみさんを少しの間譲ってもらうことにしたんだ」

「あら、そうなの?」


 ユエは私が取られると思ったから一郎さんを警戒していたというのか。


「大丈夫だよ、ユエ。一郎さん良い人だからね、一緒に嫁入りと婿入りしようね」

「うん、まとめて僕の家族だ」


 一郎さんは大らかな人だから私の冗談にもあまり突っ込みはしない。



 そのうち子供もできた。子育ては大変だったけれど一郎さんは専業主婦にさせてくれたからまだ余裕があった。ユエは子供は苦手なようで、小学校低学年くらいまでは逃げ回っていたけれど、子供が落ち着いて来た頃には仲良くなっていた。


「ユエ、いつもありがとね」


 私はどんなに忙しくても毎日、朝と晩のユエのブラシは欠かさなかった。ここがコミュニケーションの最大の場になっていたからだ。私は目一杯ユエを構って甘えさせ、私自身も癒されていた。


「はぁユエはやっぱり可愛い。毎日言ってても飽きない」


 ユエはヘソ天でされるがままである。


「ユエ、愛してるよ、大好き」


 愛おしさが増すばかりで困ってしまう。


 また、私はどんなに忙しくても毎年花見に行った。これはツキがいなくなってからも毎年欠かしていない。ツキがいなくなった次の年はユエにリードをつけて胸に抱いて外を散歩した。場所は勿論ツキと行ったあの場所である。本当は他にもツキとは色んな所にお散歩に行っていたけれど、最初に誘われたこの場所が一番思い出深かった。


「綺麗だね」


 ユエははじめ何が何だか分からないといった感じだった。

 その後も私は一郎さんと一緒になっても子供ができても、この場所にはユエとだけで散歩に来て花見をした。ツキとの思い出の場所に一郎さんと子供を連れてくるのは違う気がした。でもユエは違う。ユエは特別だ。


「ほら、あなたが見つけてくれた場所は今年もこんなに綺麗だよ」


 ユエをギュッと抱きしめる。私はツキを忘れたことなど一度もなかった。



【6.幸福の瞬間】


 日々はつつがなく過ぎた。そして私ももうアサフォーといって過言ではなくなった時、ユエは大病を患った。歳も歳だったからもう治る見込みもない。

 一郎さんは私とユエの絆を分かっていたから、最期までしっかり看取れるように、しかも私とユエだけで過ごせるように色々気を使ってくれた。部屋も一番静かな夫婦の寝室を看病用に明け渡してくれ、自分はしばらく居間で寝るとのことだった。全く頭が上がらない。子供も聞き分けのできる年になっていたのでほとんど一郎さんに任せることにした。

 日に日にやつれて行くユエを見るのは辛かったけれど、最期までしっかり世話をしたかった。


「ユエ、今まで本当にありがとう」


 私は感謝の気持ちでいっぱいだった。もうこの頃になるとツキとは誰だったのか、どういう存在だったのか、見当がついていた。


「ユエという名前はね、中国語で月って意味なんだよ。夜になると空に浮かんでいる大きくてまあるいやつ。分かるでしょ?」


 私はユエの背中を優しく撫でながら、色々なことを話した。


「ユエ、よく聞いて。あなたはこの後、若い頃の私に会いに行く。大学キャンパスの最上階で飛び降りかけているからちゃんと見つけて助けてね。そしたら強引に私のアパートについて行って。その時はツキって名乗ること」


 この年になっても最初の場面を鮮やかに思い出す。ツキの記憶が色褪せていないことに私は安堵する。


「後はまぁきっと過ごしたいように過ごしたら自ずとそうなると思う」


 ユエが過ごしたいように過ごしたら良い。きっとそれがツキになるのだ。


「私がどれだけあなたを愛してるか伝わってる?」


 私はユエの頭を撫でながら言った。


「結局あなた以上の存在には出会わなかった」


 一郎さんには聞こえないように小声で話す。


「月、誰よりも何よりもあなたが愛しい。私はあなたを一番愛してる。これから先もそれは変わらない。私はあなたのもの。そしてあなたは私のもの。それを忘れないで」


 こつんと額と額を合わせた。ユエはじっと私を見つめている。


「月、来世ではずっと一緒にいよう。虹の橋で待っててね」


 そっと、触れるように口づけを交わした。

 その日の晩にユエは亡くなった。

 私はやっぱり号泣した。いや慟哭だったと思う。泣き疲れた頃には朝になっていて、そのままユエの隣で寝てしまった。後のことは起きてから考えれば良い。



 ユエが亡くなってからも私の人生は続いた。私は月という存在のいない世界に耐えられないかもしれないと思ったけれど、これが不思議なもので、ユエが亡くなってからもふとした瞬間にその存在を感じるような気がしたのだ。例えば台所に立っている時にユエが足元に擦り寄っているような感じがしたり、陽だまりの中でウトウトしているとツキの肩を感じたり、あの桜を独りで見ていても寂しくはなかった。その存在はユエの姿の時もツキの姿の時もあって、本当にふとした時に感じるので、何だかこれまでより一層近しい存在になったようだった。


 子供が独立して一郎さんと二人になって、しばらく安穏な日々が続いたけれどやがて一郎さんも看取った。この人には最期まで可哀想なことをしたと思う。でも一郎さんは最期にこう言った。


「これでユエ君にあずみさんを返せるな」


 本当にもうこの人は最期までお人好しなのだ。


「一郎さんのおかげで良い人生でした」

「僕も惚れた女と最期までいられたんだ。何も文句はない」

「一郎さん、ありがとうね」

「あずみさんもありがとう」


 最期まで一郎さんは優しかった。


 そしてついに私の番が回ってきた。


 大きくなった我が子が衒いもなく泣いている。私はその頬に手を伸ばして涙を拭った。そのまま握られる。冷たい手には温かく心地よかった。


「ありがとう」


 畳の上で死ねるなんて大往生ではないか。

 そのまま眠るように私は死んだ。



 明るい靄の中にいた。

(ここはどこだろう?)

 私はくるりと見回す。四方に靄がかかっていて見えなかったが、より明るい方に向かって歩き出した。足取りは軽い。まるで若い頃に戻ったかのようだ。やがて靄が晴れて視界が開けてくると、そこは一面青々とした草原が広がっていた。犬や猫、ウサギ、鳥、亀など様々な動物が楽しそうに過ごしている。奥にはとても大きな虹がかかっていた。


 私がその光景にしばし見惚れていると、遠くから茶色い影が物凄い勢いで走ってきた。それは私の近くに来て止まると、きゅるんとした目で私を見上げた。


「ユエ!」


 在りし日のユエだった。

 ユエは私にそっと歩み寄る。それに併せて身体が白く発光し始めた。途中で目を開けていられなくて、私は目を瞑ってしまう。


「もう目を開けて良いよ」


 そう、声をかけられた。

 私はドキドキしながらゆっくりと目を開ける。


「ツキ…」

「あずみ、会いたかった」


 どちらからともなく抱き合った。お互いが両の手で抱き合うのは本当に久しぶりで、私たちは長い間そうしていた。


「随分待たせちゃった?」

「まぁね。でも飛び降りようとしていたあずみがこんなに長生きしたんだから、良いことじゃない?」

「約束、守ったからね」


 命を粗末にしない。そのツキの一言があったからこそ、私はあそこまで長く生きられたと思う。


「あずみは偉い。頑張り屋さんだもんな」


 そう言うとツキは片手を私の頬に添え、顔を近づけてきた。目を閉じる。私たちは別れた時と同じようにキスをした。甘い痺れが全身を貫く。ずっとこの時を待っていたと叫びたい気分だった。ただ、快い。それに尽きる。


「ツキ、ちょっと落ち着かない?」


 久しぶりのツキとのスキンシップはちょっと刺激が強すぎた。


「全然足りない。人の身でいた時よりも猫の身でいた時の方が圧倒的に長いんだ。その間俺がどれだけ毎日あずみに撫でられてたと思ってる」


 そうか、確かに私がユエを一方的に撫で繰り回していた時間の方が圧倒的に長い。それは認める。ツキはその時間差を埋めたかったから激しいのかと私は今更合点がいった。


「あずみ、世界で一番君を愛してる」

「月、私も世界で一番あなたを愛してる」


 誰に邪魔されることもなく、私たちはそうやって気の済むまでキスをし、抱きしめ合った。



 そして、どれほど時間が経ったのか分からない頃。


「行くか」

「そうね」

「来世ではずっと一緒だ」

「うん」


 私たちは手を繋いで虹の橋を渡った。

最後までご覧いただきありがとうございました。

渾身の力作です。ブクマ・評価等よろしくお願いします!

別途【異世界(恋愛)】ジャンルで連載中のものもありますので、そちらもぜひご覧ください。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。

※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫を飼ってるので、なんだかいろいろ泣きそうでした。 良い話です!
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