初代部活王になったのにお酒で全部台無しにしちゃった先生
「部活、それはこことは違う異世界【地球】において力の源とされるものだ。昔は地球人そのものを召喚し、勇者や聖女として崇めていたが、彼らが原因で様々な問題が発生したので、今の様にこの世界の住人に部活を宿す形になった訳だ」
「先生、それって僕達が地球人から部活を奪っているって事ですか?」
「それは違う。地球には我々の千倍以上、60億ぐらいの人が住んでいるらしい。その中には、部活を放棄する者も居る。部活に耐えきれず身体を壊した、部活で己を鍛えるのが性に合わないと考えた、或いは部活を得られる環境に置かれなかった、理由は様々だが、そういった者達が得るはずだった部活の可能性を神様が拾い上げて、我々に与えてくださっていると言うのが現在の学説で…」
キーンコーンカーンコーン
「おっと、今日はここまで。明日は部活の種類についてテストをするから、復習しておくように」
生徒達が帰った後、私は部活の鍛錬に入る。
「もうすぐ大会だ。それまでに万全の状態を目指さないとな」
そう、後たった半月で大会が始まる。全ての部活の中で一番強い部活を決める最強部活トーナメントが。
最強部活トーナメントには各部活を代表する32名の部活マスターが参加し、優勝した者が属する部活が最強の部活と呼ばれる事となる。そして、私も参加者の一人だ。
私の名はイチロー・オータニ。冒険者学園の教師であり、やきう部のマスターである。
「生徒の為、やきう部の強さを証明する為、そして、私自身の為、何としても優勝してみせる」
鏡の前でスイングを確認しながら、私は優勝を誓った。
授業と鍛錬の日々、大会までの半月はあっという間に過ぎ去った。調整は完璧たったと思う。だが、例え私が万全であっても、勝てる保証は無い。これから戦う相手も全員部活マスターなのだから。
「みぃ~なさまぁ!大変なーがーらーく、おまたせしましたあー!間もなく最強部活トーナメント一回戦が始まります!」
大会当日、放送部マスターのジャストミート・フルタチ氏(明らかに戦闘向けでは無いのでトーナメント不参加)のアナウンスが会場に響き渡る。
「一回戦第八試合!やきう部マスター、イチロー・オータニ選手と柔道部サンシロー・イノクマ選手は競技場へ上がって下さい!」
「「「せーの、かっとばせー、オータニ!」」」
生徒達の声援を受けながら、私は競技場に入る。ちょっと恥ずかしい。
「いやあ、オータニさんは子供に大人気ですな。わっはっは!こりゃやりにくい!」
先に入場していた対戦相手のサンシローが豪快に笑い飛ばす。
…でかい。私も体格には自信ニキな方だが、サンシローは私より更に大きい。流石は柔道部マスター。鍛えるほど体重が増えていく『無差別級』の効果によりここまで肥大化したのだろう。
「生徒の皆さんには可哀想ですが、オータニさんは一回戦でミンチになって貰います!ワシはこの通り、加減が下手なんでなるべく早くギブアップをオススメしますぞ!」
「ご心配無く。あの子達は立派な冒険者のタマゴです。人の言葉を話すオークが死んでも何とも思わないですよ」
「オークとはワシの事ですかな?ワシをデブ扱いした奴は許しちゃおけんわー!」
私の挑発に乗ったサンシローは、試合開始の合図と共に組み付きに来る。捕まったら終わりだ。サンシローに掴まれて勝てる人間は、私よ知る限りだと相撲部マスターのウルフ・アケボノぐらいしか居ない。だが、今の頭に血が上ったサンシローならば、多分あのやきう部スキルが成功するはずだ。
「『ビール』!」
「ぶひっ!?」
私は手元からビール瓶を取り出し、中身をサンシローにぶっかける。ビールはコップ一拝なら体力と魔力回復、大量に与えれば泥酔に出来るが、やきう部マスターの私なら、こうやって目潰しにも使える。
「勝機!」
私はバットの両端を持ち、サンシローの鼻に押し付ける。
「プッシュバント!」
次に、バットを短く持ち、シャープスイングで耳を潰す。
「流し打ち!」
今度はバットを長く持ち、ふらついたサンシローの歯を打ち抜く。
「左中間ライナー!」
最後に大きくバックスイングしてから、顔面に意識が集中し隙だらけになった股間へアッパースイング。
「ホームラン!」
やきう部スキル『サイクルヒット』炸裂。サンシローは床に倒れピクリとも動かない。
「勝負ありゃー!一回戦第八試合は、やきう部マスターのイチロー・オータニが挑発とカウンターを駆使して、大会一のタフガイと評価されていたサンシロー選手をまさかの秒殺です!」
「きたねーぞオータニ!」
「いんや、これこそが勝負!ようやった!」
「先生、正直今の勝ち方はどうかと思います」
称賛とブーイングを受けながら私は試合場を去り、控室に続く廊下を歩く。すると、廊下の真ん中で腕を組み仁王立ちする男が待ち構えていた。
「ナイスファイトでしたよ、オータニ先生」
「ムサシ君か」
声を掛けてきたのは、私の曾ての教え子ムサシ・コジローだった。十五歳の入部の儀で剣道部となった後、たった二年でマスターとなり、史上最速の部活マスター兼世界初の現役学生マスターとして英雄視される事となった。そして、冒険者学園卒業後は数々の難関ダンジョンをソロ攻略し、名実共に王国最強の冒険者となったのだ。
そんなムサシ君は、当然この大会の参加者であり、優勝候補筆頭と言われている。
「観客の予想ではサンシロー優位でしたが、俺は絶対に先生があんなデブに負けるはずは無いと信じてました」
「いや、たまたまさ。あんな手を使わなきゃ勝てない相手だったし、勝てたのも運が良かったからだよ」
柔道部マスターのサンシローは、ただでさえタフで有名な上に殆どの物理攻撃を受け身で半減する。だから、受け身を取れない状況にしてクリティカルヒットを連打するしか無かった。あのサイクルヒットで終わってくれなければ、連打で息切れした私は難なく組み伏せられていただろう。
「まあ先生がどう思おうが、観客がどう思おうが、勝負は結果が全てです。先生がこのまま勝ち上がって、決勝で俺と当たる事を祈っています」
「ああ。約束しよう。決勝まで勝ち上がり、君も倒す。それと、もう一つ良いかな」
「何です?」
「ムサシ君も負けるなよ」
お互いの勝ち上がりを願いながら、その場を去る。しかし、この大会は全員が部活マスター。決勝まで勝ち上がるのは本当に大変だった。
まず二回戦の相手、ビリヤード部マスターのミスター・キュー。仮面で正体を隠したふざけた中年だったが、実力は間違いなく本物だった。
『ブレイクショット』と『クッションボール』という二つのスキルを駆使して私の死角から魔力玉を撃ち込んで来る。何発も攻撃を受けてようやく攻撃に法則性がある事に気付いた私は、『フェンス際の魔術師』と『レーザービーム』を使い逆転勝利。
だが、そこからがまた大変だった。ミスター・キューの正体はこの大会の主催者、そう、国王陛下だったのだ。知らなかったとは言え、この国のトップの顔面に160キロの球をぶつけて半殺しにしてしまった私はまたもブーイングを受ける。普通こういう時って、国王が立ち上がって「彼は悪くない」って言ってくれるものじゃないか?確かに国王はそう言ってくれたよ、気絶から復活した後にね!国王は準決勝までずっと気絶していた。つまり、私への悪評は三回戦から準決勝終了までずーっと続いていた。
で、私へのブーイングが止まないまま迎えた三回戦。相手は陸上部マスターのショウエイ・ムロフシ。彼の持つ陸上部スキルの最終奥義『デカスロン』は、倒される度に別の形態に変身して復活し、十回ぐらい倒さないとノックアウト不可能という正にザ・不死身というべき面倒くさいやつだった。
なので、私も最終奥義『やきうは九回裏ツーアウトから』を発動して残機27状態となり、消耗戦でゴリ押し勝利した。だが、私の最終奥義は一度使うと中5日休まないと再使用出来ない。私は切り札を失った状態で準決勝と決勝に挑む羽目になったのだった。
そして迎えた準決勝。合気道部マスターの、公爵令嬢テトラ・カーンちゃんは本当にヤバかった。何がヤバいって、まず年齢が六歳。入部の儀式は十五歳になってからなのに、一体いつどうやって部活手に入れたのこの子!?才能だけならムサシ君超えてるよこの子。
んで、実力もヤバかった。なんせ、どんな攻撃しても「合気バリアー発動ですわー」の一言で全部無効化して威力二倍にして反射してくるのだ。こんなんどうやって倒せばいいんだよ。結局今に至るまで、テトラちゃんにダメージを与える方法は分からない。
だが、私は勝った。攻撃の手を止めて、ひたすらビールで回復し続け、ビールの飲み過ぎでトイレが近くなった私は競技場の端っこで立ちションをしながらその時が来るのを待った。やがて、私の立ちションを見て貰いションしてしまったテトラちゃんは涙目でトイレへと向かった。よって、この勝負はテトラちゃんのリングアウトで私の勝ち。ブーイングは最高潮。生徒達まで私を白い目で見る。だが、考えてもみてくれ。私が勝つにはマジでコレしか無かったんだ。
その後、決勝前の休憩時間で国王陛下が目を覚まし、「あの試合に関してはイチロー・オータニ選手は悪くなかった。何?テトラちゃんの前で立ちション?それは許せんが、余との試合に関して文句を言うのは止めなさい」と発言してくれてので、ブーイングの三割は無くなった。「卑怯不敬変態塩試合メーカー」と呼ばれていたのが「卑怯変態塩試合メーカー」へとランクダウンし、いくらか戦いに集中しやすくなった。
「さあ、いよいよ決勝戦!モンスターとの戦いとは違い、人間同士の戦いは部活の相性というものが強く影響します!とは言え、誰がこの決勝戦のカードを予想出来たでしょうか?それでは入場して下さい!この大会で数々の格上食いを成し遂げた両名、やきう部マスターのイチロー・オータニと茶道部マスターのオリベ・タキガワの入場です!」
私達が入場した途端、これまで以上のブーイングが飛んできた。その内容の大半が、「テトラちゃんとムサシの決勝が見たかった」と言うものだぅた。
分かる。私だってトーナメント表を見た瞬間、この二人が決勝でやり合う姿を見たいなと思ったもん。
「ったく、タキガワのじーさんがムサシ君を倒すから観客怒ってるじゃないか」
「いや、おめぇが国王とテトラちゃんを倒したからやろ?オラは悪くねーべ」
こ、このジジイ、人のせいにしようとはいい度胸だ!やろう、ぶっ殺してやる!…と行きたい所さんだが、試合開始まで我慢だ我慢。
「では、クソ野郎二名開始位置でお待ち下さい。決勝戦…開始い!」
ジャストミート・フルタチとレフェリーの合図を聞くやいなや、タキガワのじーさんは今までの試合と同じ様に、超スピードで茶を点てる。
「『ええティーフィールド』発動や!」
茶を点てる事で発動する茶道部スキル『ええティーフィールド』。それは、戦闘領域に茶室のルールを適用する結界術である。
「くっ、やはりそう来たか!」
私は一瞬でシャツとパンツとビール以外の全てを失い、休日のオッサンと化した。茶室と化した空間内では武器防具は強制解除される。この空間の中では、ムサシ君の『剣道三倍段』すら発動は不可能。タキガワのじーさんは武器に依存するタイプの部活マスターにとって正に天敵だった。
「どや?やきうの道具を失って戦えるかな?まあ、オラは遠慮なく茶道の道具を使わせて貰うがなあ」
タキガワのじーさんが、アッツアツの茶釜をつがんで私に投げつける。
「『表千家』ぇ!」
「グハッ!」
「まだまだや!続いて『裏千家』ぇ!」
茶碗やら茶杓やら座布団やらが次々と私に襲いかかる。ハッキリ言って、今までの対戦相手に比べたら取るに足らない攻撃だった。だが、『ええティーフィールド』内では私の力は大幅に制限されている。人の心を持っ限り、茶室で暴力を振るう事は難しい。
「クソっ、やきうの装備さえあれば…」
「ギブアップせい。そうすりゃ、もうブーイングも受けへんで」
「やかましい!ここまで嫌われたなら、せめて優勝して最強の存在となってやる!」
私はビールをガブ飲みしながら耐える。幸いタキガワのじーさんの攻撃力は今大会でも最低クラス、合気を使わない時のテトラちゃんと互角の非力さだ。だからビールさえ途切れなければ幾らでも耐えられる。だが、問題はヤシだ。
「何だこの低レベルな決勝戦はー!汚いオッサンと汚いじーさんが食器ぶつけ合いながら飲み食いしてるだけじゃねーか!」
「ムサシとテトラちゃんの三位決定戦が事実上の決勝戦だろこれは!」
「お前ら相手なら俺でも勝てるぞー!」
「先生、今日あった事は全部保護者会に報告します」
あー、外野がうるさい。こいつら何も分かっちゃいない。この大会に出場出来てる時点で私は強いの!偉いの!その私が、勝利の為に頑張ってる姿見て、なんで称えないの?やべっ、ビール飲みすぎてまたションベンしたくなってきた。また、場外ラインのそばで立ちションするか。
「キャー!あの人またオシッコしてるわ!」
「【悲報】やきう部の恥部イチロー・オータニ、試合中にイチモツを晒す【一試合ぶり二度目】」
「レフェリー!もう没収試合にして両者失格にしろ!ルールに書いてないからって、やって良い事と悪い事があるだろ!」
あー、うるさいうるさいうるさい。
その時、突如私の脳内に神の声が聞こえて来た。
『隠しスキル獲得の条件を満たしました』
懐かしいな。神の声を聞いたのは、部活マスターになり最終奥義を教えて貰った時以来だ。部活を鍛え続け一定の水準を超えるか特定の条件を満たすと、神の声がスキルの獲得を教えてくれる。つまり、この逆境を乗り越えるチャンスが訪れたのだ。さあ、新たなスキルはどんなスキルだ?私は、口にビール瓶を咥えて立ちションの姿勢のまま、神の言葉の続きを待つ。
『貴方は戦闘中に知性が一定以下になり、ストレスが上限に達した事で、隠しスキルを得ましたそれがこちらです』
「ふむふむ」
『乱闘』
隠し部活スキルの名前を聞いた瞬間、脳内に謎のテーマが流れ全てがどうでも良くなった。
「ウィー!」
私は、『ええティーフィールド』の呪縛から解放され、驚いた顔で固まっているタキガワのクソジジイの顔面をデバフ無しのラリアットで撃ち抜いた。
「これはムサシ君との約束を台無しにされた分!」
「ぐえー!おめぇ、何で普通に動けるんや!」
「知らん!」
隠しスキルを得た事を教える義務は無いし、教える事も出来そうに無い。今はただ、誰でも良いから殴りたい。これが『乱闘』の効果?駄目だ、分かんね。
「取り敢えず、お前くたばれ」
ジジイにもう一回パンチ。これは、観客にドン引きされた分。
「ぐわーっ、オラのフィールドはただ装備を奪うだけやない。人の心に訴えかけて暴力を極限まで振るえなくする効果もあるのに…おめぇ、人の心とか無いんか?」
「ああ、生徒達に全部くれてやった」
「教え子のせいにすんなや!絶対酒の飲み過ぎやろ!」
「うっさいうっさいうっさい」
私は怒りに任せてタキガワを殴り続けた。降参しても殴り続けた。レフェリーが邪魔したから、そいつも殴った。ムサシ君が止めに入ったから殴った。
「やった、ムサシ君にも勝った。これで名実共に私は最強だ」
競技場に次々と私を止めようとして選手が乗り込んで来る。だが、未だ『ええティーフィールド』の効果は続いているらしく、私以外は皆装備も無く茶室のマナーに従わねばならない状態だ。そんな状態で私を止められるものか。
「ハイ、三角絞め!」
「きゅー」
サンシローは割りとこの環境でも戦えたらしく、私をあっさりと絞め落とした。
そして翌日。数々の手紙を受け取り、私は顔を真っ青にしていた。
「学園からの解雇通知、大会優勝の取り消しと次回以降の大会出禁の知らせ、生徒達の転校届、やきう連盟からの除名処分、スポンサーからの損害賠償、ムサシ君から励ましのお便り、国王から名指しでガチ目のお叱りの言葉、オエエエエエ!!」
私は吐いた。なんかこう、色々と限界だった。
「だって隠しスキル目覚めちゃったもん!あのタイミングで隠しスキル手に入れたら、誰だって使用するもん!」
私の訴えを理解してくれる者は誰も居なかった。
■ ■ ■
「…と言う事がありまして、私は部活トーナメントを永久追放となった訳です。で、この結果を受けまして、二回目以降の大会でどうなったかとゆーと、ハイ次のページ!制限時間と判定制が採用される事になったんですよねー」
あれから十五年、私はすっかり過去の人となり、今では失敗談をネタにしてマルチタレントとして活動している。どんだけドン底に落ちたもしても、人は頑張り続ければ案外何とかなるものだ。あの日の罪が消える事は無いし、私を許さない人も数多いが、それと同じぐらい今の私を好きになってくれた人が居るから私は無事に生きて行けている。
「えー、それでは『初代部活王になったのにお酒で全部台無しにしちゃった先生』の私から皆さんにこの言葉を送ります。お酒は飲んでも飲まれるな!ありがとうございました」
乱闘のスキルは、やきう部だけのものではありませんが、やきう部マスターが比較的習得しやすい仕様となっています。
発動中脳内で流れるテーマは人によって違い、オータニの場合は某有名プロレスラーのテーマでしたが、他の人だとタイツ姿でガッペムカつく芸人のテーマだったり、シスの暗黒卿のテーマだったりします。
あ、それと、この話はフィクションであり現実の人物とは一切関係ありません。