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王宮に帰ると、レギュール王が帰還していた。
王子が竜に喰われただの、王都の上空を竜が飛んでいたの、にわかには信じられないような話が錯綜していて城内は混乱していた。
そこにひょっこりアンデルハイムが帰って来た。
「アンデルハイム! 竜に喰われたと聞いたが無事だったのか!?」
父王は息子の無事を確かめるべく肩を抱くと
「ん?なんだかぬるぬるするな...」
「ああ、スピネルの唾液です。口の中に入れて運ばれたので」
「だ、唾液...」
父王はハンカチを取り出すと自分の手と息子の肩をとりあえず拭いてみる。
「とりあえず無事でよかった。そしてこちらのご令嬢は?」
腕に抱えられた美しい女性に目を向ける。しかしアンデルハイムから返事が出る前に大声に遮られた。
「ユーフラ!!」
黒い長髪に黒い瞳の大柄な男性が走って来た。
冒険者のような服装だが質は上等でかなり珍しい魔石を縫い込んである。
「き、貴様!!! 乙女であるユーフラに不埒な真似をしたな?! 許さん!決闘だ!!」
「...、はい?」
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見た目で分かったが冒険者風の男性はユーフラの父、ハイルハイム国王その人だった。
レギュール王とアンデルハイム二人がかりで落ち着かせると、詳しい話をするため青の間に移動する。
その際、ダリルギュームがアンデルハイムに抱きついてユーフラを落としそうになったり、マーベリンを見て切りかかったりしたがとりあえず両陛下に説明をする。
「ユーフラ王女はこちらにいるマーベリンがスピネルの対の姿だと判断したのですが、それは間違いで本当の対の姿は私だったことがスピネルを通じて分かったのです」
ユーフラ王女が来てからのくだりを説明するとハイルハイム王は深いため息をついた。
「そうか...。アンデルハイム王子と騎士マーベリンには迷惑をかけた、すまない。ユーフラはちょっと性格が真っ直ぐ過ぎて思い立ったら即行動してしまうところが悪いところで、今回も私の話を全く聞かないで飛び出したんで慌て追って来たんだ」
王女のやらかしによって危うく悋気の王子に殺されるか、王子誘拐犯にさせられるかだったマーベリンは気が遠くなったが顔だけは神妙につくろっていた。
アンデルハイムはユーフラのそんなところも可愛いとばかりに頷いているので、もはや処置なしだ。
「ユーフラが遠見をすると言うのは聞いているね? あの子は姫巫として王家の秘宝とも言える存在なんだ。人生の先が見えるだなんて良からぬことに使おうと思えば便利極まりないからね。だからこの能力を知っているのは王族でも限られているんだ」
ハイルハイム王は少し言葉を切るとアンデルハイムを見つめる。
「君とユーフラの婚約は、レギュール王と私の口約束なんだ。彼が冒険者紛いなことをしている時、たちの悪い連中に奴隷として売り飛ばされそうになったのを助けたことで知り合ってね。意気投合して生まれたばかりの子供たちを婚約者にしたが正式に取り交わしたわけではない」
なにをしてるんだよ、レギュール王に部屋中の視線が向くが本人は「良い思い出だよね」と笑っている。
「お言葉ですが、私はユーフラ王女を愛しています。たとえ口約束であっても、正式な婚約者でなくとも、今後私が結婚したいのはユーフラ王女ただ一人です」
ハイルハイム王は重々しく頷く。しかしすぐに表情を変えると頭をかきながら言いずらそうに
「...結婚を許す前に一つ確認したいんだが」
「何なりと」
「...君はその...幼児が恋愛対象なわけではない、ということで良いのかな?」
「違います!絶対違います!違うと神に誓えます!」
義父となる人に恐ろしい勘違いをされるところだった。
まだばくばくと心臓が鳴っているが、ハイルハイム王はほっとした様子で
「よかった! それが一番気がかりでね!」
え? それが一番気がかりだったの?と言う声が部屋中に充満したが、誰も突っ込めなかった。
「こほん、それで私とユーフラ王女の結婚はお許し頂けますでしょうか?」
アンデルハイムが言うとソファに寝かされていたユーフラが目を覚ました。
「う、あら...?」
「ユーフラ! 気がついたんだね、気分はどう? 水、水飲むかい?」
甲斐甲斐しく世話をやくアンデルハイム。
「ありがと...ってお父様?! 何でここに?」
「お前が話も聞かずに飛び出して行くからに決まってるだろう」
憮然とした顔になる。
「話って、スピネルの対の姿を探しに行くって言ったじゃない」
「だから、その対の姿を見つけた後の話だ」
「後の話し...?あれ、何で私...あれ?私、成長してる!?」
やっと気がついたユーフラは自分の体を見回す。
立ち上がって見るとゆったりとしたチュニックの胸はきつく盛り上がり、裾は短くなり、手足は細くしなやかに伸びている。
アンデルハイムがそっと側に立つが、今までと違い目線が近い。
女性らしい曲線を描いたユーフラの腰をアンデルハイムがそっと引き寄せる。
「殿下...」
「ユーフラ、とても美しいよ。幼い姿も愛らしかったけれど、とても綺麗で眩しいほどだよ」
するりと頭から頬に指を這わす。
「でででで殿下...!」
「やっぱり幼児の姿にも反応してたんじゃ...?!」
義父となる人の不穏な言葉にきつい視線を当てると慌てて口をつぐんだ。
「どんな姿であっても君が私の運命の人だよ」
「運命...、そうだ! なぜ私の遠見が外れたの?もう能力が無くなったの?!お父様!」
ハイルハイム王は呆れた顔をして
「だから話しを聞けと言うんだ。いいか、歴代の遠見の巫達も自分の運命の人だけは見ることができなかった。 きっと先が見えたら生きていくのが難しくなるから神のご采配なんだろう。まああとは自衛もあるんだろうな」
「自分の先は見えない...」
「そうだ。 あと体が幼児だったのは自らの運命を解き放つまで魔力を蓄えておくかららしい。運命の人が見つかればその魔力を放出して本来の姿に戻る。まあ、歴代の巫達は幼児の姿であることを理由に恋人を作ることを諦め、探さなかったから幼児のままだったんだな」
お父様はずっと王家の歴史書を何年にも渡って読み解き、ようやくこの解釈に至ったらしい。
「お前が諦めて巫として生きると決めているのを知っていたからな。私は父親として出来る限りのことをしただけだよ」
「お父様...」
大きな瞳から宝石のような涙が転がり落ちる。
「しかし! 私の話を聞いていればこんな騒動にはならなかったんだ!」
「ええ~今せっかく感動したのに...」
急に怒りが戻って来た父親に肩をすくめるが治まらない。
「まあまあ、ハイルハイム王どうか許してあげて下さい。私はそんなところもユーフラの可愛いところだと思っていますから」
アンデルハイムがきらきら微笑む。
「アンデルハイム...」
見つめ合う二人に部屋の隅にいたダリルギュームが叫ぶ。
「いえ!やはり王女には今後自重して頂きたく思います!」
その首には包帯が巻かれている。
ユーフラとアンデルハイムは目を会わせると、二人で肩をすくめた。