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朝、目が覚めると異質な感じがした。
白地に薄いピンクのアクセントを入れた可愛らしい部屋はレギュール王国に着いてからユーフラのために用意された部屋で、いつも通り整然と整えられている。
ベッドの上できょろきょろする。
悪質な殺気もないし、誰かが潜んでいる訳でもない、いや返って何かが足りない...?
「あああああああああ!!!」
思わず叫び声をあげると侍女が吹っ飛んで来た。
「ユーフラ王女様、いかがいたしました?!」
「ガーネットがいない...」
「申し訳ございません、ガーネットのアクセサリーがないのでしょうか?」
「違う! 私の竜のガーネットが影から出てる!まずいわ!スピネルが来るんだ!」
そう言うとベッドから飛び降りてクローゼットから服を引っ張り出す。チュニックに細身のパンツを自分で素早く着ると、扉から走り出す。
「ゆ、ユーフラ様!?」
侍女の声が聞こえて廊下に集まる人々もユーフラが駆け抜けていく姿に呆気にとられるばかり。
ようやく気を持ち直した侍女が慌ててアンデルハイム王子の元に報告に行くと王子は真っ青になって立ち上がった。
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まずい、まずい!
最近、のんびり過ごしすぎてスピネルのことを忘れていた。
対の姿が見つからない竜は不安定だ。そもそも強大な力を持つ竜がいらいらとすれば天は豪雨を降らせ、地は揺れ動き全てをなぎ倒す。
私のガーネットはおっとりしているが、番であるスピネルと長く会えなかったのも不満だったのだろう。
私に何も言わないで影から抜け出すなんて...、ごめんねガーネット!今迎えに行くよ!
ユーフラが城壁の見張り塔に登ったその時だった。
朝日が眩しい澄んだ空に、小さな炎のような姿が見えた。
「スピネル!!」
首から下げた竜の鱗で出来た笛を吹く。
人間には聞こえない音を発する笛に気がついたスピネルがぐんぐんと勢いを増してこちらに向かって来る。
「ユーフラ王女、下がってください!」
見張りから連絡を受けたマーベリンが甲冑姿で現れる。
「だめよ! スピネルは私に向かってきている! マーベリンは隠れていて!」
こんなに興奮した状態では悪気はなくともまた怪我をさせてしまう。ユーフラであれば暴れ竜も制御できる。
しかし、マーベリンは生粋の騎士だった。姫を置いて隠れるなら命を削った方がましだ。
槍を構えると、ユーフラ王女を庇って立つ。
「マーベリン! 私のために傷つかないで!」
「ユーフラ王女、姫のためならばこの身を割かれてもお守りします!」
マーベリンとその背中にしがみつくユーフラ王女の姿。
そして、それを見てしまったアンデルハイム王子。
ようやく追いついて見れば、まさに愛し合う二人の悲劇のシーンではないか!!
...実際には自分なら落ち着かせられるから退いて欲しいだけのユーフラと、教え込まれた騎士道から外れられない反射系脳筋マーベリンなのだが、アンデルハイムにとってはもはや割り込む隙のない恋人同士の労りあいにしか見えなかった。
どうして、マーベリンなんだ。
どうして、私じゃないんだ。
...どうしても、ユーフラでなくては駄目なんだ!
もつれ合う二人を通りすぎてアンデルハイムは塔の先端に登る。
「アンデルハイム王子?!」
「殿下!? なぜここに!降りて下さい!」
ちらと二人を横目で見るがすぐに向かって来るスピネルに向かい合う。
「私は!」
大声を放つ。
「私はお前の対の姿になる! お前を死ぬまで大切にして慈しむと約束しよう! だからユーフラの夫にしてくれ! いや、ユーフラの夫になる!」
抱擁するかのように両手を広げて迫り来る竜に対峙する。
「アンデルハイム様!」
「殿下!」
悲鳴に似た声が聞こえた瞬間、スピネルがパクっとアンデルハイムを口に入れた。
「スピネルうううううう!!!」
「ででで殿下ああああああ!!!」
ユーフラは両手で頭を抱え、マーベリンは涙を流しながらがくりと膝をついた。
そしてスピネルはそのまま飛んで行ってしまった。
「殿下、殿下、殿下はどこに!?」
ダリルギュームが息を切らしながら入り口に現れた。
「おい! 野猿姫、殿下はどこだ!」
ユーフラは真っ青な顔で空を見つめ、マーベリンも嗚咽で言葉が出ない。
「殿下、殿下ああああああ!?」
ダリルギュームの悲鳴が空に吸い込まれた時、ユーフラの影からガーネットがひょっこり顔を出す。
「ガーネット!!!」
「うわああ、なんだその魔獣は!?さてはお前、それを使って殿下を亡きものにしたのか!? こここ殺してやるう!!!」
護身用の短剣を抜いたダリルギュームにマーベリンが手刀で気絶させる。
「はっ! 側近のダリルギュームまで手を出したらこれ絶対誘拐犯の首謀者確定じゃん!」
反射的に暴漢から姫を守ってしまった。白目剥いて倒れているダリルギュームを見て我に帰ったマーベリンが頭を抱える。
その隙に影から現れたガーネットの背に跨がるユーフラ。
「マーベリン、早く!」
「ええええ! 俺も一緒に行くんですか? ここで捕まった方がいくらか心証がましだと思うんですが!?」
「いいから!」
巨体のマーベリンが乗ると僅かに顔をしかめたガーネットだが、ふわりと浮き上がるとアンデルハイムを口に入れたスピネルの行った先に飛んでいった。
塔の上には見張りの騎士が腰を抜かしたまま残された。
「な、なあ、これどうしたらいいんだ...?」
「とりあえず、この人運ぶしかないんじゃないか...?」
まだ白目を剥いているダリルギュームに視線を移した。