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短いお話しですが、能天気な主人公達を楽しんで頂けたら嬉しいです。

「今日は婚約者と初めての対面なんだが...」


白い石にレリーフが刻まれた静謐な部屋の中で王太子の声が響く。高い天井には世界の成り立ちが著名な画家によって描かれ明り窓から日の光が幻想的に差し込んでいる。ここは王宮の奥深く、王族だけが入ることができる光の間だ。


「まさか、遅刻されるとは思わなかったな」


大陸一の大国レギュール王国第一王子アンデルハイム殿下と、西の小国ハイルハイム王国第一王女ユーフラ殿下の婚約は二人が生まれた時に決まった。

それから17年、一度も会うことはなかったが婚約者だった。なんなら手紙のやりとりも、姿絵の交換も、ないないづくしのオンパレードで全く交流がなかった。


「やはり、約束の日と言うのを忘れたんじゃないかな」


そう呟く王太子に側近のダリルギュームが渋い顔をした。

「陛下が放浪の末に命を助けられた国の王と将来子供が生まれたら結婚させようなんて胡散臭いと思っていたんですよ。そもそも陛下の法螺話を17年も信じ続けるなんておかしすぎるんですよ」


殿下第一主義のダリルギュームが歯噛みをした時、天井のステンドグラスがばりーん!と割れてキラキラと硝子の破片が雪の結晶のように降り注ぐ。


「ごめーん、遅くなった!」

割れた硝子の間から飛び込んできたのは、黒髪に黒い瞳の小柄な女の子だった。




「それで、あなたがユーフラ王女ですか?」


アンデルハイム王子が困惑した顔で目の前の人に尋ねる。

それもそのはず、ユーフラ王女は背中まで伸びた美しい黒髪にぱっちりした黒目、透き通るような肌、と数え上げれば確かに絶世の美女なのだが、いかんせん小さかった。


「はーい、私がユーフラよ。そしてあなたがアンデルハイム殿下でいい?」


対するアンデルハイム王子はさらさらの金色の髪を背中で一つにまとめ、深い青の瞳にすっきりとした鼻筋、優しい中にもきりりとした表情を変えないでいる。


しかし、ダリルギュームはあからさまな不信感を隠しもせず王子を背に隠して立っている。


「私はハイルハイム王国のユーフラ、アンデルハイム王子と婚約関係にあると聞いて私とあなたが結婚すべきかいなか見極めるために来たの」


「ななななんと失礼な!大陸一の大国であるレギュール王国の第一王子であるアンデルハイム王子と婚約できただけでもありがたく思うべきなのに、見極めるですと!? 王子を下に見るなど許しがたい! こんな野猿のような姫、こちらからお断りだ!」

ダリルギュームは唾を飛ばして怒りをあらわにする。


きょとんとしたユーフラ王女はアンデルハイム王子に

「この人は?」と聞いた。

アンデルハイム王子はあまりに礼を失した側近に頭を痛めながらも「我が側近が大変失礼した。彼は私のことになると少々過敏で、すまない」


王女はまるで気にしないようににこにこして

「ああ、良い側近をお持ちなのね。王子の人柄を測るに大切なことよね。己を省みず主人のために戦える者がいると言うのは殿下の人柄が忍ばれると言うものだわ」


大様に頷く素振りは年の割には貫禄がある。レギュール王国の令嬢達は足元まで隠れる長いドレスを着ているが、ユーフラ王女は艶やかな髪をふんわりとしたスカーフで半ば隠し、膝丈までの体の線を隠したチュニックに細身のパンツを着ている。


そのチュニックは襟元に美しい石が縫い付けられており、両手首にも煌めく石のバングルが嵌められている。

さすが魔石の宝庫であるハイルハイム王国らしい服装だ。


しかし、何しろ小さい。

アンデルハイムの背ははすでに180ほどあり、ユーフラは140程度、とても同じ年には見えない。

しかし見た目の美しさだけでなく大変有能で人格者と評されるアンデルハイムはこの小さい割には偉そうな姫に嫌悪感はなかった。むしろ、王国の令嬢達のようにやたらと触って来たりしないし、急に顔を赤らめて失神したりしないし、それどころかしっかり目を見て話してくるのでとても好印象だった。


アンデルハイムとしても冒険者に憧れる父王の若い頃の冒険談が真実とは思っていなかったが、こうして実際にユーフラ王女が現れて、まだ恋愛感情はなくても良い関係が結べるのじゃないだろうか、など不思議に受け入れる気持ちが出てきていた。


しかし、ユーフラ王女はその爽やかな表情で言った。


「お会いしてはっきりした。アンデルハイム王子は私の伴侶ではないわね」


「は?」

にこにこしているユーフラ王女に返す言葉を失った。


そのすぐ後にダリルギュームが叫び声を上げた。


「は、はああああああああ!?ハイルハイム王国は喧嘩を売りにきたのか!?そうなのか?そうだな!ならば買ってやる!国が買わずとも俺が買ってやる!かかってこい!」

目は充血し、ギリギリと噛みしめた唇から血が滲んでいる。


「ああ、言葉が足らないのが私の悪いところだわ。つまり、アンデルハイム王子の運命の人は他にいると言うことよ」


そこまで聞いてもダリルギュームは全く怒りを抑えられないでいるので、アンデルハイムは騎士を呼んで外へ出す。そして自分はユーフラ王女をエスコートして応接室に移動する。今までいた光の間は婚約式のための部屋なので、話を聞くには椅子もなければお茶も出せない。そのため国宝のステンドグラスが割られた状態を愕然と見ている人々を置いて出ていく。


青の間と呼ばれる青い壁紙に青いカーテン、珍しい青いタイルを敷き詰めた部屋にユーフラ王女を案内する。

ここは比較的小さめだが王宮内では賓客しか案内されない特別な部屋だ。ユーフラ王女はその品格にうろたえもせず、ゆったりと青いソファにもたれかかる。


「それで、なぜ私はあなたのお眼鏡にかなわなかったのでしょう?」

アンデルハイムはメイドがお茶を置いていくと早速尋ねた。


ユーフラ王女は首を傾げると

「いや、単にアンデルハイム王子と私の人生が交差していないだけなんだけど」

「人生が交差していない...」

「そう、私が姫巫女であることはご存知?」


姫巫女であるどころか巫女がなにかも知らない王子は首を傾げるしかなかった。


ユーフラははははと笑うと「我が国は辺境にあるから、知らないのは当たり前よね。大陸の大国であるレギュール王国とは信仰している神も異なるゆえ、文化も大きく異なるの」


そう前置きしてからハイルハイム王国の成り立ちについて語り出した。


「ハイルハイム王国は西の半島にある辺境の国。前を海、背を険しい山に囲まれた小さな国だけど、魔石が豊富に採れることで有名なのはご存知かしら。それと言うのも、ハイルハイムが精霊達の墓場だからだと言われているわ」


「墓場、ですか?」


「そう。陽の沈む国にして精霊の常しえの土地、あまねく精霊は終焉の眠りをかの地で迎える、と古き文書にも残っている。この世界の精霊が死ぬときハイルハイム王国にやって来て魔石となって眠りにつくのだとね」

とはいえ、精霊も最後の命を振り絞ってやって来るので、思い残すことがあったり、眠りにつきたくなかったり様々な思いを抱えているらしい。その精霊達が安らかに眠れるようを祈るのが巫女の役目だそうだ。


「巫女であられると結婚できないと言うわけですか?」


ユーフラ王女は幼い生徒にどう教えようか悩むような仕草をして

「私には精霊の加護があってね、人の人生の行き先が見えるの。実際には目に見えるわけではないんだけど、そうねこれも遠見と言えるのかしら。全てではないけど大まかなこと、例えばどんな仕事につくかとか、どこに住むかとか、誰と結婚するか、とかね」


軽く言った言葉だが、そんなことがわかってしまったら生きていくのが大変なんじゃないか、とアンデルハイムは眉間に皺を寄せた。


「それは...ずいぶん大変なことですね」

姫はきょとんとした顔をすると、口を大きく開けて笑った。

「私に会ってそんなことを言う人は初めてだわ。アンデルハイム王子は良い人ね」

とても幼く見えるがその表情は決して子供ではなく、高い知性と教養がかいまみえた。


「それでは、私を伴侶にすることを考えてみてはもらえませんか?」

その言葉に控えていた侍従やメイドがぎょっとしたのを感じる。大陸一の王太子であるアンデルハイムが望めばどんな美姫だって喜んで嫁ぐだろうし、ましてやこんな子供のような姫でなくとも、と心の声が漏れてしまうようだ。


「ふふふ、とてもありがたいけど残念ながら私の運命の人はそこの人みたいなの!」


そう言って指差したのは、顔の半分を魔獣の爪で傷つけられた騎士マーベリンだった。


「...は?」

読んで下さり、ありがとうございます!

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