目覚め
「目が覚めたのね。」
その一言でぼんやりとしていた脳が覚醒する。
朝早くに目覚めてしまったような、そんな気分だ。だが、密室で朝の新鮮な空気が入ってくる訳もなく、大きな欠伸と同時に本の香りが肺に吸い込まれていった。
「随分と忙しい夢を見ていたようね。にやけたり、顰めたり、百面相を楽しませて貰ったわ。」
ふふっと笑ったIを見つめ、頬を膨らます。
人の顔を見て笑うなんて……。Iに悪意が無いのは分かるが、それでもムッとした。
「そんなに怒ることはないじゃない。でも、悪かったわ。」
そしてまたIは笑い出した。そんなに変な顔をしていたのだろうか。
顔を揉んだり引っ張ったりしてみたが、それすらも笑われそうな気がして、やめた。
「ところで、まだUの声を聞いたことがないわ。知らないと言ったら嘘になるけど……。」
そうだ、私はまだここで声を発したことがない。
ここで……?
「ねえ、U。何か喋ってみてよ。」
突然のIの口調の変化に驚いたが、私も自分の声がどんな感じか忘れてしまったので、声を出そうと息を吸った
「……ぁ……ぁあー……」
「ふふふ、とっても掠れてる。そりゃそうよね、暫く喋っていなかったんだものね。」
笑われてしまった。さっきは笑われて怒ったのに、今度は何故か私の方も笑いが込み上げてきて、Iと共に掠れた声で笑い出した。
笑っているうちに喉が慣れてきて、いつも通りの声が出せるようになった。
さっきまで忘れていた自分の声は思っていたよりも高くて、無邪気な子供のようだった。
Iと比べると、かなり幼い印象がある。
対してIは、やや低めのハスキーボイス。
声変わり中の男の子の声にも聞こえるな、と思ったが、失礼にあたるかと思い、口に出すのは辞めた。
どちらにしろ、私はIの声が好きだ。
いや、Iの声に限らず、Iのことが好きなのだと思う。
Iの声をもっと聞きたい。Iともっと話したい。
もっと、一緒にいたい。
「そういえば、まだUに見せていなかったかしら。」
笑って出た涙を指で拭いながら、Iが話し出した。
「この部屋にはね、とっても小さなドアがあるの。
そのドアから、私達は色々なものを観ることができるのよ。」
そう言って、Iは今まで座っていた少し重そうな椅子を横にずらし、そのドアを見せてくれた。
瞬間、私はとてつもなく大きな不安に襲われた。
もしかしたら、このドアの向こうから何か恐ろしいものがやってくるのではないか。
もしかしたら、このドアの向こうにIが吸い込まれてしまうのではないか。
もしかしたら、Iが……
「どうしたの、そんなに不安な顔をして。大丈夫このドアはそんなに恐ろしいものでは無いわ。この向こうからはここは見えないし、そもそも、こっちからも殆どのものは触れないわ。」
「私は、どこへも行かないわ。」
私の心を読んだかのように、Iが言う。それでも私の不安は収まらなかった。
本当に?
Iは震える私の肩を抱き、ドアに寄せた。
「一緒に居れば、少しは落ち着くかしら。一度覗いてしまえば、きっと安心するわ。百聞は一見にしかず。見てみましょう。」
Iはドアノブへ手を伸ばす。
「じゃあ、そうね……。これを観るのははどうかしら。」
「中学校まで周りから避けられてあまり友達のいなかった女の子が、高校で沢山の仲間に囲まれて幸せになる話。
まだこの話は終わっていないし、とっても長いのだけれど、途中まででも十分楽しめるはずよ。」