嫉妬心
今年の文化祭の作品になります。
楽しんで頂けると嬉しいです。
独占欲、嫉妬心というものは多くの人が持っているだろう。
それがいいと思うか、悪いと思うかは個人差がある。しかし、あまり度が過ぎると明らかに悪いであろう。
しかし、独占したいと思ったり、嫉妬したりするということは、その人のことが本当に心の底から好きだと言うことだ。好きだから自分のものにしたいし、自分以外の異性とやたらと親しくしてほしくない。
それは当然といえば当然のことなのかも知れない。誰しも自分の宝物に気安く触って欲しいものではない。大切であるからこそ独占し、嫉妬するのだ。どうでもいい人間に親しくする人がいようとそんなものはどうでもいいだろう?
そう考えると嫉妬や独占というものはそんなに悪いものではないと思える。嫉妬心や、独占欲が働くのは自分のことが好きだからしょうがないことだと理解して、鬱陶しがるのはよして貰いたいものだ。
僕、哀館夜衣には悩みがあった。
「またかよ……」
毎朝下駄箱に、机の中に、ロッカーの中に、ラブレターが入れられている。下駄箱と机はともかくロッカーはどうやって入れたんだ? 合い鍵でも勝手に作っているのだろうか?
入れておく、という手段を使わずに直接渡してくる子もいる。手渡ししてくるのはいい、その子達の勇気も認めるが、もっと人目を気にして欲しいものだと思う。と言うより、いくらなんでも、恋人である波羅市晴希が隣にいるときに渡してくるなよ。その後の晴希からの視線が滅茶苦茶痛い。
それだけならいいのだが、彼女である晴希も晴希で男子から告白されたり、ラブレターを貰っていたりしている。その話や現場を見たり聞いたりするとなんとも耐え難い感情がのぼってくる。あまりいい感情ではないとわかってはいるがこればかりはしょうがない。
やっぱり彼女が告白されれば気持のいいものではないだろう?
要するに、僕の悩みは、カップルである僕達二人が二人とも異様に異性に好かれるということだ。
贅沢な悩みに思えるかも知れないが本当に困っているのだからしょうがない。それが他人からは羨ましくても本人が困っていたらそれは迷惑なことなのだ。
「いつものことながら羨ましいね」
そんな僕の悩みを知らない親友は暢気に夜衣宛のラブレターの名前を確認しながらそう言う。
「だったら変わってくれよ、良史」
僕は親友の方を見ながら溜息をつく。ついでにラブレターもとりかえし、鞄に入れておく。せっかく渡してくれたのに読まないで捨てるというのは僕には出来ない。
「お? いいぜ、そしたら俺が波羅市さんと付き合えるんだろ?」
と良史は笑いながら言う。
「他の子はともかく晴希だけはやらん」
と言い僕は良史を叩いた。僕としては軽くのつもりだったが黒い感情が抑え切れてないのか、良史はとても痛そうだった。
「痛ぇ! ったく、本当にお前は独占欲強いな」
良史は叩かれたところを痛そうにさする。
「別に独占欲とかじゃねぇよ。彼女なんだから他の奴にとられたくないのは当たり前だろ」
と僕は言った。
「それを世間じゃ独占欲と呼ぶんだよ」
良史がきっしし、とすごく楽しそうに笑う。こいつが親友じゃなかったら殴りたい。
「楽しそうね。千地君、夜衣」
突然、後ろからハスキーな声が聞こえてきた。この学校で僕を呼び捨てにする女の子は一人だけだ。
「僕が一方的にからかわれただけで別に楽しくはないよ、晴希」
振り返ると恋人の晴希がそこにいた。今日も相も変わらず可愛らしい。
いや、ここは愛も変わらず可愛らしい、だろうか?
「夜衣は弄られキャラだからしょうがないのよ」
と彼女に弄られキャラ呼ばわりされた。
「弄ってくんのは良史と晴希くらいだよ」
つまり、良史と晴希が弄るのをやめてくれば、僕は弄られキャラじゃなくなるのだ。
脱・弄られキャラ!
「それは無理よ、私が弄るのやめないもの」
晴希は僕の心を読んだように言う。何故だろう?
「恋人なんだから夜衣が考えてることなんて大体わかるわ」
だから、心を読むな。
「相変わらずラブラブですな、波羅市さん」
良史は僕にしたのと同じように晴希をからかおうとする。
しかし、
「羨ましいでしょ?」
晴希は当然のように言い僕の腕に自分の腕をからませてくる。腕から晴希の体温が伝わってくる。
唐突に腕を取られたので、驚きはしたが慌てはしない。デートの時など歩く時はいつもこれなのだ。
「ウラヤマシイネ、ホント」
良史は苦い顔をしながら言った。こいつ晴希と僕が付き合うって言った時もこんな表情してたな。
実際、僕と晴希が付き合い始めた頃、僕に対する嫌がらせは半端なものでは無かった。毎朝、ラブレターと一緒に数十枚の脅迫状まがいのものが下駄箱や机の中を埋め尽くしていた。今でもたまに下駄箱などに入っている。
「もう行きましょ、夜衣」
晴希はそう言うと腕をからめたまま教室に歩いていく。自然僕は晴希に引きずられていく。
取り残された良史はとても寂しそうだった。
今日、僕は二通、晴希は二十二通ラブレターを貰った。
僕達はお互いのラブレターが何枚入っているかを報告しあっている。
これは付き合う時に決めたルールである。他にも、告白されたら報告するなどというルールもある。
晴希は異様にラブレターが多いが自分の彼女だからというわけではなく、そうなるのもわかる。
それほどまでに晴希は可愛い。何で僕なんかと、と思うほど。
「なんで晴希はそんなにモテんのかね?」
僕は黒い感情を抑えながら晴希に尋ねる。
「女の子がモテるのは簡単よ、ちょっと可愛ければ馬鹿な男なんて直ぐに好きになってくれるもの」
と晴希は答えた。
「僕もその馬鹿な男の子の一人ってこと?」
自覚はしてないが晴希にはそう思われているかも知れないと思い訊いてみる。
「そんな質問してくる時点で馬鹿だよ、夜衣があんな馬鹿達と同じ馬鹿なわけないでしょ? 私が外見しか好きにならないような馬鹿と付き合うように見える?」
晴希はそう言って微笑んだ。
「そっか、そうだよな」
馬鹿だと言われた瞬間一瞬傷ついたが悪い意味ではなさそうなので喜んでおいた。
「夜衣は私の特別な人よ、私のことを外見よりもまず中身で選んでくれた初めての人」
晴希は普通なら照れて言えないようなことも平然と言ってくる。そんな正直な、真っ直ぐな晴希が僕は好きだった。
「ぼ、僕にとっても晴希は何よりも大事な特別な人だよ」
負けじと僕も照れくさい台詞を言う。結局、照れてしまって顔が赤くなる。
「ありがと」
晴希はそう言ってもう一度微笑む。抱き締めたい衝動にかられたが人目があるのでやめておいた。
まあそんな状況でも晴希の腕は僕の腕にからまっている。
幸せな時間だった。いつの間にか抱いていた黒い感情はどこかにいってしまった。そのかわりに晴希に対する愛しい気持ちが心を埋め尽くす。
こうやって晴希と一緒にいられれば安心できた。同時に晴希を失ってしまった時のことを考えるともの凄く不安だった。
そんな矛盾した思いが僕の中には渦巻いていた。
「お前さ、いい加減そういうの止めたら?」
昼休み、僕が貰ったラブレターを読んでいると突然良史が言った。
「は? なんでだよ、わざわざくれたラブレターを読むのは礼儀だろ?」
僕には良史の言いたいことがわからなかった。
玉砕するとわかっていて、それでも一縷の望みにかけてラブレターを送ってくる女の子のことを思うと、せめてしっかりと内容だけはチェックしなければならないだろう?
「お前それ読んでも付き合う気なんて無いだろ? それってむしろ失礼だろ。それに波羅市さんもあんまり良い気持ちじゃないと思うぜ?」
良史はそう言い切った。
「なんで良史に晴希の気持ちがわかるんだよ、それに晴希は言いたいことははっきりと言うぞ?」
僕は理不尽な責められ方に少し頭にきた。
加えて晴希のことをそんなに知っているわけでも無いのに決めつけられたことに少々苛立つ。
「言いたいことは言えるかも知れないが言いにくいことはなかなかいえねぇもんだよ、それが誰であろうとな」
良史は僕を馬鹿にするかのように言う。
「どういう意味だよ」
僕は強い口調でそう尋ねる。
「そのままの意味だよ」
良史は詳しく説明はしてくれなかった。自分で気付けと言うことなのだろう。
それにしても晴希が僕に隠しごとはしても言いづらいからといって僕に話さないとは思えない。
晴希に言われれば直ぐにでも僕はラブレターを読むのを止めるだろう。僕は晴希の嫌がることはしたくない。
晴希は言いにくくても僕にはっきりと言うよな?
ラブレター五通、告白一回。僕はそのことを晴希に報告した。
晴希の方はラブレター十通、告白三回だそうだ。
「なんで恋人いる人に告白するかね?」
僕は独り言のように呟いた。
「知らないわよ」
何故か晴希の反応が冷たい。時々こういう時があった。それに今日は腕もからませてこない。
「なんか怒ってる?」
何となく僕は晴希に尋ねてみる。
「別に」
またも素っ気ない返事が返ってきた。前を行く晴希の背中からは怒気が伝わってくる。
「怒ってんじゃん」
僕ははっきり怒っていると言ってくれない晴希に頭にきた。
「怒ってないわよ!」
晴希は大きな声で言った。
「怒ってるじゃんかよ!」
僕もつられて大きな声になる。
「言いたいことがあるならいつもみたいにはっきり言えよ!」
晴希は振り返ると、
「言えないわよ! 少しは察しなさいよ! いつも私が言うのを待つんじゃなくて少しは自分で気付く努力をしなさいよ!」
と怒鳴る。その目には涙が堪っていた。
「察すれねぇよ! どんなことでもはっきり言うのが晴希だろ! こんな言いたいこともはっきり言ってくれない晴希なんて僕は嫌いだ!」
自分で言っておきながらハッとした。勢いで言ってしまったのかそれとも本心だったのかわからないがこんなことを言ってはいけなかった。言って言いわけがなかった。
「そう、だったら別れればいいじゃない! あんたのことを好きって言ってくれる女の子なんて沢山いるんだから! 私と違って中身を見て好きって言ってくれる人が一人じゃないんだから!」
そう言うと晴希は走って行ってしまった。晴希の言葉は涙で濡れていた。
「…………馬鹿だな、僕が晴希のことを嫌いになるわけ無いのに。嫌いになれるわけないのに!」
僕はもう目の前にはいない晴希に言った。
届かない言葉を。涙で濡れた、聞きにくい言葉を。
何度も繰り返していた。
泣いたせいで酷い顔だっただろうがそんなことを気にする余裕がなく。よろよろと不安定な足どりで家に向かう。
「酷い顔してんな」
家の前までくると誰かがいた。
「さっき泣いてる波羅市さんから全部きいたよ、ちょっと忠告するのが遅かったな」
家の前にいた誰か、良史は体重を預けていた壁から離れ、僕の前に立った。
ふと怒りが立ちこめてきた。
晴希のはっきりしない態度に怒ったのはそもそも良史が昼にわけの分からないことを言って僕を苛立たせたからだ。
そう思った瞬間、
「お前が昼にわけわかんねぇこと言ったから! そのせいで晴希と!」
僕は良史の胸倉を掴んでいた。
「俺のせい? ふざけてんじゃねぇよ、波羅市さんと喧嘩したのは自分のせいだろ」
良史はつかみかかってきた僕を気にしてもいないようにクールに言う。
「僕のせいだと? お前が昼にわけわかんねぇこと言って僕を混乱させなければこんなことには」
僕は良史の胸倉を更に締め上げる。
「喧嘩なんかしなかったって? そりゃあお前がそう思いこみたいだけだろ? 自分と波羅市さんが喧嘩するはずがないって。そう思いたいだけだろ?」
首も少なからず絞まっているはずなのに良史は気にもせずに僕に言ってくる。
「俺も反省はしてるよ、もっと早く忠告しとけばお前と波羅市さんがこうなることもなかったかも知れないって。でもな、それとこれとじゃ話が違うんだよ!」
そう言うと良史はがら空きだった僕の脇を力一杯殴りつけた。
僕は予想外の攻撃に手を離し、尻餅をついてしまった。
「なんでこうなったか自分で考えろ、人に責任を押しつけんな。こうなったのはお前のせいだ、それだけは言っておくぞ」
そう言うと良史は去って行った。
僕は尻餅をついたまま立ち上がれなかった。
次の日の学校は騒然としていた。僕と晴希が別れたという噂を誰も彼もがしていた。
昨日あれだけ派手に喧嘩したのだ。誰かが目撃していてもおかしくない。
良史が必死に別れてないと否定していた。ちょっと喧嘩しただけだよ、と。
実際僕と晴希は別れてはいなかった。でも晴希は僕のことを避けていた。
あんな喧嘩をしたのだから当然だろう。
僕が話をしようとしてもその空気を察してかどこかに消えてしまう。
だから、こうするしかなかった。
「お帰り、晴希」
昨日良史がしたみたく、家の前で待っていた。
僕を見るなり晴希は逃げようとした。僕は急いで、晴希を追いかけ、手を握る。
「待って…………」
その後、なんと言えばいいのか困ってしまった。話を聞いて、なんてむしが良すぎるとは思ったが、
「まずは、ごめん。話を聞いて欲しいんだ」
と言うしかなかった。
晴希はなかなか答えない。僕ができることは話を聞いて欲しい、と頼むことだけだ。無理矢理に話を聞かせたのでは意味がない。
だから、晴希が答えるのを待つ。
しばらくして、
「…………わかった」
晴希はそう言った。そう答えてくれた。
流石に晴希の家の前で話をするわけにはいかないので、近くの公園に場所を移した。
「まずは、もう一度ごめん。僕、あの時どうかしてて」
僕はそう言って頭を下げる。
「……私も悪かったわ、ごめんなさい」
晴希もそう言って頭を下げた。
「晴希が謝ることないよ、悪いのは僕なんだから」
僕は慌てて晴希に頭を上げるよう言った。
「私がはっきりと言っていればそれですんだ話だもの、悪いのは私よ。」
晴希はいっこうに頭を上げようとしない。
「やめてよ、もうわかったから」
僕はいたたまれなくなって言った。
晴希は頭を上げると、
「昨日私が怒ってたのは嫉妬したからよ」
昨日のことを話始めた。
「今まで隠してたけど、私、凄く独占欲が強いの。だから夜衣が告白されたり、貰ったラブレター読んでたりするたびに、その告白した子に暴力的な感情が浮かんでくるの。でも、そんなのみっともないし、それにそんな感情、夜衣はうっとうしいんじゃないかと思って。だから、昨日は言えなかった。私から以外のラブレターなんて読まないでとか、直接渡されるラブレターなんて破り捨ててとか、告白されないで、とか、そんなこと言えなかった。だってラブレター読むか読まないかなんて、受け取るか受け取らないかなんて夜衣が決めることでしょ? それに告白されるな、なんて無理じゃない。」
そこまで晴希が言ったところで僕は晴希を抱き締めた。渾身の力で、全身全霊で、力一杯晴希を抱き締めた。
「ごめん、そんな風に想っててくれたなんて思わなかった。晴希がそんなに僕のことを想ってくれてたなんて思わなかった」
晴希を抱き締めたまま僕は言う。普段なら照れて言えない台詞を。
「それにね、独占欲が強いのは、僕も同じだよ。嫉妬心があるのは僕も同じなんだよ。僕だって晴希が告白やラブレターを貰うたびにどうしようもない黒い感情が押し寄せてきて、それを晴希に悟られまいと必死だった。だって、嫉妬とかかっこわるいし、みっともないじゃん。僕だけがそんなことを一々気にしてる小さい奴だなんて思われたくなかった。嫌われたくなかった」
そこまで言うと自然に涙が出てきた。
「ごめん、昨日嫌いだなんて嘘ついちゃって、ごめんね」
僕が涙ながらに謝ると晴希は何も言わずに優しく頭を抱いてくれた。
「嫌いになんてなれないよ、だって、誰よりも、なによりも僕は晴希のことが大好きだから」
その後はもう言葉にならなかった。みっともなく泣き続けた。
「私も夜衣のことが好きだよ、誰よりも、なによりも」
晴希は涙声でそう言った。そして、僕が泣きやむまで優しく抱き締めていてくれた。
僕は止めどなくあふれる涙で聞き取れない言葉で好きだよ、と言い続けた。
翌朝、僕と晴希は一緒に登校した。
昨日の別れた、と言う噂のせいで僕と晴希の下駄箱と机の中は凄いことになっていた。
こちらの方が、勝算があると思ったのか、直接渡してくる子もいた。
同時に晴希の方にも男子がラブレターを渡しにきていた。その男子がラブレターを晴希の方に出す。
「これ、受け取ってもらえますか?」
といつもより希望のある目でラブレターを僕に向けて出してくる女の子。
僕と晴希は目配せをした。
晴希は僕宛のラブレターを取り、僕は晴希宛のラブレターを掴み、
「ごめんなさい、夜衣は」
「悪いな、晴希は」
「「他の人になんて渡せない」」
声をそろえて言い、ラブレターを破り捨てた。
いかがでしたでしょうか?
展開が異様に早いのには目を瞑って欲しいです。
出来れば感想をいただけると嬉しいです。
読んで頂きありがとうございました。