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2.妹が妹じゃない

 ぼくは途方に暮れた。10歳のぼくと7歳の妹で、どうやって暮らしていけっていうんだろう。こんなことになって、いつ妹が泣き出すんじゃないかとハラハラした。


 意外なことに、妹は泣き言ひとつ言わなかった。


 それどころか……


「おい、ヨシオ」


 と初めてぼくのことを呼び捨てにし、


「シュークリーム食べたくなったから、買ってこい」


 ふんぞり返ってそう命令した。ぼくは耳を疑った。


「ど、どうしたんだよ零……あ、そうか。こんなことになって気が動転しているんだな。わかるよ。ぼくも今、アイスクリームを爆買いしたい気分だ」


「は?」と眉を吊り上げる妹。


「なに知ったような口を利いている。わかってないのは、お前のほうだぞ」


 ぼくは戸惑いを隠せない。いつもお兄ちゃんお兄ちゃんとかわいらしくぼくの後をついてきた妹と、目の前の妹は、姿は同じでもまるで別人のようだった。


「ま、無理もないか。私だって、たった今覚醒したばかりだからな」


 ぼくはなぜか座布団に正座させられ、仁王立ちの妹に見下ろされる。


「いいかヨシオ。パパとママが言っていたことは冗談なんかじゃない。全部本当のことだ。ママは光の国の巫女で、パパは闇の国の帝王だった。決して相容れない世界にいたふたりがなぜ結ばれることになったか、わかるか?」


「全然わからない」


 パパとママの出会いのきっかけも、妹がどうして急に偉そうな口調になってしまったのかも。


「シュークリームだ」


 妹はぼくの疑問を置いてけぼりにする。


「あれはヨシオが生まれる3年前のことだった」


 妹は唐突に語りだした。


「金曜の夜、一軒のケーキ屋でふたりは出会った。ママの甘いもの好きは言わずもがなだが、パパもその週は仕事が立てこんで相当疲れていたのだろう。無性に甘いものが食べたくなり、ぶらりとその店に立ち寄った。


 しかし、閉店間際の遅い時間だ。ケーキというケーキは売り切れ、残っているのはシュークリームがたったの一つだった。もう、わかるよな? パパとママはそのシュークリームに手を伸ばし、譲り合い、結局この日はじゃんけんをして勝ったママがシュークリームを買った。それで、店の外でふたりで分け合って食べたんだよ。


 パパはそのシュークリームの味が、というかママのことが忘れられなくて、次の週も、その次の週もケーキ屋に通った。ママのほうもまんざらじゃなくて、金曜の夜に現れるパパを心待ちにするようになった。


 モンブラン、いちごショート、ミルフィーユ、チーズケーキ……なぜかふたりがやってくる金曜の夜だけ、種類はちがえど1個のケーキしか残っていなくて、譲り合っては半分こして一緒に食べるということが繰り返された。まあ、種明かしをすればパパと店員が手を組んでいたわけなんだが。そうして、ふたりは仲を深めていったのさ。


 悲劇はここからだ。恋は実り、いよいよ結婚しようというときになって、ふたりはお互いの境遇を初めて知った。巫女だの帝王だの、特殊すぎる職業だからな。本当に添い遂げる覚悟がなければ明かせないことだったのさ。まさか相手が日夜戦い続けてきた敵だったなんて、夢にも思わなかっただろうがね。


 しかしふたりはあきらめなかった。ロミオとジュリエットって知ってるか?……知らない? まあいいや。とにかく乗り越える試練が大きいほど、恋は盲目になるものなんだよ。ちがうな、これはヴェニスのほうだった。いや、知らないならいい。


 ふたりはあちこち駆けずり回り、根回しをして、どうにか二国間に当面のあいだ休戦協定を結ばせた。もちろん、親は大反対だったよ。だけど、どうしても一緒になりたかったパパとママは知恵を使った。結婚を認めれば、いずれ相手の国が手に入るように思わせたんだ。その目論見は上手くいき、どうにかめでたく結ばれたってわけさ」


 妹(と呼んでいいのかもうわからない女の子)はふうと息をつき、「わかったか?」とぼくを見た。


 パパとママのなれそめを聞くなんてちょっと恥ずかしいような後ろめたいような気がした。けど、そんなことよりずっと気になる問題がある。


「どうしてぼくよりあとに生まれた零がそのことを知っているんだよ? 計算が合わないじゃないか」


「お前が疑問に思うのも無理はない」


 女の子は不思議な貫禄をたたえて、ぼくを見下ろす。


「いいだろう、血を分けたよしみで教えてやる。私は大いなる意志の使いだ」


「大いなる、意志」


 すでに十分変てこな状況にいるせいで、あんまり驚けない。


「高次の存在といってもいい。パパやママよりもさらに上の大きな存在だ。本来は個ではないのだが、非常時にはこうして一部を切り離し、地上に送りこむ」


「今は非常事態、というわけ?」


 大いなる意志はうなずく。


「というより、パパとママが一緒になると決めたときから、かなりの非常事態ではあった。これまでにない太平の世か、これ以上ないほど悲惨な状態になるか、究極の二択だったからな。後者に転んだ場合、私の中の大いなる意志が覚醒するように仕組まれていたのだよ」


「パパとママが離れ離れになったのがきっかけだったってこと? そんな急に言われても信じられないんだけど」


「別に信じてくれなくても構わない。どの道、私のやるべきことは変わらない」


「やるべきことって?」


 背中をつーっと冷たい汗が流れる。


「私の仕事は、この世界をリセットすることだ」


 大いなる意志は皮肉な笑みを浮かべた。


「光の国の民と闇の国の民がぶつかって本格的な戦争が始まれば、この世界はとんでもなく凄惨な未来を迎えることになる。その前にすべてゼロにするのさ。最初からやり直して、全面戦争が起こらない、クリーンな世界をつくる」


「そんな、なかったことにするっていうのか!? パパとママの出会いも、ぼくと零の思い出も全部……」


「私にはどうすることもできない。時が来たらすべてをゼロにすることしか」


 大いなる意志、いや零は、瞳をうるませながら言った。


「だからお兄ちゃん、パパとママをもう一度くっつけてあげて。戦争を止めて、世界を救って!!」

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