1.パパとママが大変だ
「今日はみんなに話したいことがあります」
夕飯の跡片付けを終えたママは、家族を居間に集め、おもむろに切り出した。
「ママは今日を持って、この家を出ます」
ソファに寄りかかっていたぼくと妹は度肝を抜かれ、のけぞる。
「今まで黙っていたけれど、実はママは光の国の巫女で、いずれ国に帰らなければならない約束だったの。これまでその期限をずっと先延ばしにしてきたけど、とうとうごまかせなくなってしまったのよ」
「なんてね、驚いた?」とママが冗談めかして言うのを待っていたけど、ママからはそんな気配がちっとも感じられない。パパはといえば、座布団にあぐらをかいてむっつり黙っている。あらかじめ話の内容をわかっていたみたいだ。
「良夫、零、元気でね。あなたたちは私の誇りよ」
ママはそれだけ言うと、すっと立ちあがり、いつのまにか用意していたスーツケースをゴロゴロと引いて、出て行ってしまった。ぼくと妹が追いかけて「ママ、待って!」「どうして!?」と呼びかけても振り返りもせず、マンションの廊下の向こうのエレベーターに吸いこまれるようにして、消えてしまった。
ぼくたちは困り果て、パパを見つめる。パパはエヘンと咳払いして、切り出した。
「実はパパからもお話がある」
ぼくはすごく嫌な予感がした。
「今まで隠していたが、パパは闇の国の帝王で、いつかはもとの国に戻らねばならない身分だったのだ。ママがいなくなったことで決心がついた。でも、お前たちのことは心から大切に思っているぞ。達者でな」
パパはテーブルの下から大きなカバンを取り出して肩にかけ、悠然と出て行った。さすがにまずいと思ったぼくは必死に引きとめたけれど、パパは聞く耳をもたない。去り際に「お前たちのことはすべて管理人さんに任せてあるから、心配するな」と言い残して、エレベーターに吸いこまれた。