8 黒の襲来
藤側です
コーヒーも飲み終わり、これからどうしようかと考えていた。カメリアとの合流しやすい場所は、彼女の自室だ。しかし、そこに戻る為には1人にならないといけない。
チラリと、オピクスを見る。
「(ちょっとお花を摘みに〜って、通じるのかな?)」
彼と目があった。
「はぅ!あ、あのね、カメリアの」
「し!下がって、僕の後ろに」
オピクスが席から立ち上がる。
ざわりざわりと、食堂にいた面子も立ち上がり始めた。首を捻り、不思議そうな顔をしている子もいるが少ない。大半は、入り口の方を見つめて険しい顔をしている。1秒、静寂が辺りを立ち込める。
閉められた扉と共に、破られた。
「っ!」
吹き飛んでいった扉が受けた衝撃が辺りを叩く。叫び声を抑えて、思わず身を屈めた。
風が止まり、薄らと開けた目に映るのは、1人の、
「(男?女?いや、それ以前に、何?)」
「あれは、なんだ?恐ろしい強さを感じけど、気配的に人間ではない?俺達とも、違う。こ、の気配は」
オピクスは、答えを言う前に目を見張った。
入ってきたソレは、美しすぎる顔立ちをしていた。今まで見てきた美を消し飛ばすような、美しさだ。美の暴力とも言えよう。
しかし、美しい顔に目が奪われる中で、見落としてはいけないのがあった。
「うんうん。どうすれば良いんだっけ?うーん。とりあえず、暴れれば良いのか」
ソレは、片手に掴んでいた者を落とした。余りにも無造作に。ゴミでも捨てるように。
乱雑に捨てられたその人は、藤にも見覚えがあった。輝かしい金髪が血に染まっていた。
「リーラさ、ん」
オピクスが漏らした声の通り、その人物はリーラであった。
そして、ソレは彼の声を聞き漏らさなかった。意識がないように見えるリーラを掴むと、物を扱うように振り上げた。
「知り合いか?ほら、受け取れ」
「っ、やめろ!!」
彼の叫びも虚しく、リーラの身体が、宙に浮かびこちらに向かって飛んでくる。まるでゴールにシュートされたボールだ。軽々しく飛ぶリーラを、オピクスは済んでのところで受け止めた。
リーラの身体は、夥しい傷があった。その全てから血が滴り落ちている。オピクスからリーラを受け取った藤の手を伝い、血が床に落ちた。床に彼女の血溜まりが出来ていく。
日常なら見ない血の量に、身体の震えが止まらなかった。
「大丈夫。魂に対しては切り刻んでないし、死にはしないさ。まぁ、痛いだろうけど」
「お前、何者だ」
「ん?分からないか?いや、分かりたくないのか。似たような気配を知ってるだろう?」
藤の直感だが、オピクスは答えに辿り付いている気がした。ただ、それを認めたくないのではないのか。唇を噛み締めている。
リーラの傷から、溢れ出る血をどうすべきか分からず、一番大きな傷を手で押さえつける。腹にある傷だ。内臓が見えていて、痛々しい。
「藤、リーラさんを抱えられるか?」
「しっかり抱えられないかも。後で、リーラさんに謝る」
「きっと許してくれるよ」
傷から手を離し、上半身を抱え込む。力はある方なのだ。藤にとって一番近くの壁を睨み付ける。あそこまで走らなければならない。
「行けっ!!」
怒号と共に、壁に向かってダッシュした。そして、食堂の片隅に避難する。
たどり着いた後、後ろを振り向くと、ソレに殴りかかってるのはオピクスだけではなかった。食堂にいた全員が、敵に向かって殺到する。
「やっぱり、人間じゃない」
場違いだが確信を得た。オピクスを含め、戦いを見てそう思う。人であの身体能力はおかしい。
彼はいつの間にか、手に持つ鞭で応戦していた。周りもいつの間にか、剣やら槍、弓を持っている。身のこなしを見ても、映画の中に入ったような気分だ。
身体能力については敵にも同じことが言える。同時に突き出された槍と剣を、易々と回避する。弓矢を手で弾く姿にゾッとした。
だが、あの人数が相手だ。きっと勝てると信じて、戦う彼らを見た。
「ぅ、う、ゲホッ」
「リーラさん!」
呻く声に下を向くと、リーラが少し目を開けていた。ぼんやりとした瞳が藤を写し、焦点があった。口から血を吐き出して、起きあがろうとするが彼女は、藤の服を掴みながら崩れ落ちる。
「だ、めよ。藤ちゃ、ん、逃げなさい」
「今リンチの刑執行中ですよ。それより、喋っちゃだめ。どうしたら」
「勝て、ないの。アレは」
「そーそー、勝てないだよね。この程度じゃ」
声がした。
「不意を突かれなきゃ、お前たちも良い勝負出来たと思うよ?ま、仕事中だ。急がないと」
声が後ろからした。
「あ、やっと、こっち見た。お前も戦うか?」
震えながら目を見開く藤の前に、ソレは堂々と立っていた。
目を離したのはたった数秒だっのに。数秒で、食堂にいた戦士は崩れ落ちている。全員、血を吐き倒れているのが、藤の目に映った。
「その子から、離れろ」
血を吐き、血を垂らし、立ち上がる姿が一つ。その血の量からして、立てるのが不思議なくらいだ。優しい表情からは想像も出来ない表情で、殺気を込めてオピクスは言葉を吐いた。
敵はオピクスに気にせず、手のひらを広げた。黒い光が集まり、一本の槍を形作った。その先を藤に突き立てるつもりなのだ。震える藤には、見つめることしか出来なく、目蓋さえ下ろせなかった。
槍が振り下ろされる。同時に、オピクスが大振りに鞭を振るった。
「『コル・セルペンティス』!!」
「恨むなら、天を恨めよ」
どこか狂ったような声が耳に届き、黒の光が視界を塗りつぶした。
そうして
「は?」
最後の力で放った技が目の前の敵に入ったのが分かった。
敵は鞭によって裂かれた腕を気に留めず、粉塵の先を見つめていた。それは先ほど、攻撃を放った場所で、彼女がいる場所だった。
「藤っ!!」
迫り上がってきた血と共に、叫んだ。返事はなく煙により姿も見えず、オピクスの胸中は荒れていく。
ーーーやっと、やっと、カメリアのことを相談できる誰かに、会えたのに。
ーーーこれで、カメリアと元に戻れると思ったのに。
「聞いてないんだけどなぁ」
敵の声が耳を打ち、オピクスは現実を注視した。粉塵が消え、そこには、
「ゲホッゲホッ。な、に?」
全く無傷の藤がいた。
読んでくださり、ありがとうございます