7 異常者と堕落者
藤側です。
「(カメリア〜。カメリア〜。カメちゃーーーん)」
カメリアが色々な意味で、会議で冷や汗をかいてる中、藤はオピクスに貰ったコーヒーをチビチビと飲んでいた。
あれから、案内が続きそうだったのだが、疲れたというと食堂のような部屋に連れてこられた。ここはエントランスに続く一階にある。ちなみにリーラは、誰かに呼ばれたらしく、少し前に別れた。
気を取り直して、これまでのことを整理する。すると、まだ聞いてないことを思い出した。話に出てきていた派閥についてだ。
「オピクス。派閥の説明して欲しいんだけど」
「あ、してなかったね。大概みんな入ってるよ。入ってる方が、何かあったら助けてくれる。後、階級を上る時に一声くれるから」
オピクスは三本、指を立てた。
「派閥は三つ。ボティス派、オリオン派、そして、スコルピオン派」
「へー。オピクスとカメリアは何処に?」
「俺はボティス派だよ。……、カメリアは、スコルピオン派。僕も前は、スコルピオン派だったんだけど、色々あってね」
「成る程(カメリアについて、なんか歯切れが悪いのは、それか)」
通り過ぎる人たちの服を見てる限り、腕章とかはない。藤の見解だが、派閥同士の壁は薄いような気がする。つまり、組織的にはっきりしたものではない。
「何処に入るかは自由?」
「う、うん」
戸惑いに瞳が揺れ、表情が陰る。その様子は、カメリアの名前を出す時と同じで、思わず藤は声に出していた。
「カメリアがなんか関係しているの?」
「あはは。藤って、すごく勘がいいって言われない?」
「へっへーん。私、むかし、から」
昔から、なんだろう。
昔からって。
頭痛が起こり、視界がぶれたのは、一瞬ですぐに治った。
「昔って。藤は、生まれたばっかりだろう。もう、年上を揶揄って」
「うん。うん?(同い年くらいに見えるけど)」
「カメリアは特別なんだ。本当に、あの子は、ーーーーー、普通と違うから」
懐かしむような、悩むような、悔やむような。混ぜこぜになった感情の重さに、オピクスは、目を震わせ、閉じた。
その横顔を見つつ、藤は聞き捨てならない言葉について考えていた。
「(新入りは、生まれたばっかり。同じぐらいの背丈なのに、彼は年上。そもそも、カメリアたちって、なんだろう)」
死んだ人の魂を回収し、地獄と天国に分ける存在。姿形は丸っ切り、人だ。天使の羽や頭の上に浮上する輪っかもないし、あるいは悪魔の羽と尻尾もない。
「俺は、カメリアを置いてきてしまったんだ。いや、きっとこう言ったら、怒るんだろうなぁ」
「(聞いてみるべき?いや、なんで知らないの?って感じになるから、後でカメリアに聞いた方が良いか)」
「カメリアの為にって思ったんだけど。あぁ、ごめんね。変な話してた」
「大丈夫よ。(丸っ切り、別のこと考えてた)」
薄情な藤である。しかし、相手はここまで案内してくれているオピクス。余りにも失礼すぎる気がした。
「オピクスは、カメリアの考えが分かる?」
「カメリアの考え?いや、あいつ、頑固だし。信じられないぐらい落ち込むし、よく分からない」
「私も、分からないわ。ただ、ただ、想像するだけ。でも、為になる事を幾らしてあげたって、本人の決断には叶わない」
今もしかしたら、藤の望みを叶えようと、奮闘してるかもしれないカメリアを思う。死なないで、と釘を刺したが、どこまで刺せたか分からない。
「だったら、俺はどうしてあげたら」
「ーーー。私は、私も頑張るって決めた。カメリアに通じなくっても、いざって時は」
藤の生存のために、カメリアが命を投げ出すのだったら。
藤だって、同じことをするのみ。
「藤。ーーーー、そうだな。俺も、頑張らないと」
小さな声だったが、藤の耳には確かに、その言葉が聞こえたのだった。
耳を塞ぐ。
それほど無意味な行動はない。塞いだって、頭の中に響き渡る声は、止まってはくれない。
ーーーーそんなに、責めないで。
ーーーーやるべき事はしたじゃないか。
しかし、返す声は酷く自分を馬鹿にし、次のすべきことを言った。
もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと!
役に立て!!
耳を塞ぐ。硬く硬く耳を塞いで、頭を地に擦り付ける。その有り様は、何かに怯え丸くなってるようで。同時に何かに懺悔をしてるようだった。
そして、
ーーーーやれ。やれ。やるんだ。やっちまうんだ。全部全部、壊すんだ。
ーーーーやる。やる。やるから。やっちまうから。全部全部、壊すから。
かつてないほどの静寂。
葛藤と懺悔の態勢は終わり、地に擦り付けてた額を上げる。
泣いてるようで、笑ってるようで、目の焦点が合ってない異常者は、その手に収まる程の機械を取った。
その心を締めるものは一つ。
ーーーー1人にしないで。
承諾の声が高らかと響き渡り、今、異常者は行動を再開させた。
ズルリ、ズルリと門から這い出す。石油のように黒く、煙を上げる泥を纏ったそれは、手を振り足を振る。
さながら水から上がった、犬のようで。
犬と比べ物にならない邪悪なものだが。
徐ろに、そいつは鏡に気がついた。
鏡に跳ねた泥を手で引き伸ばす。足りないものは、泥が滴る服から調達して、とびっきりのニコちゃんマークは出来上がった。
「さてさて、天に唾を吐こうじゃないか?」
堕落者は、真っ白な床を汚し、進軍を開始した。