5 予測不能な事態
出口である門には、大勢集まっている。だが、その機械とやらが出来るまで、この人たちは動けないとのこと。そして、話を聞いてる限り、生者が誰なのかも、誰が生者を連れ込んだかも、分かっていない。
つまり、藤がさっさとこの浄罪界から出れば、なかったことに出来るのではないか。カメリアも罪に問われずに済む。
だから、人間界に繋がるあの門を通りたいが。
「(周りに多すぎる)」
門を睨みつける藤。門を心配そうに見つめるオピクスとリーラ。表情に差がある三人の後ろから、誰かが近寄ってきた。
「おや、オピクスじゃないか。リーラも」
「シュティ様。お久しぶりですね」
「こんにちは、シュティ様」
深みのある声に振り向いた。そこに居たのは、年長者たる気遣いと優しさが込められた笑み。ほぼ白のグレー髪に、引き締まった顔立ちをしている。
電車に駆け込みが出来なさそうな背丈を持つ男は、周りの視線を少し集めていた。
リーラとオピクスに向けられていた緑の目が、藤に向く。顔の良い男に見られたからか、何とも言えない気持ちになった藤は、唾を飲み込んだ。
「……、うん、君は見たことがないな」
「そういえば、その子について聞いてなかったわ。オピクスの新しいお友達?」
「はい、新人さんですよ。しまった。案内してたくせに名前、聞いてなかったな」
「あ、藤です」
名乗った藤に男は、目を細めた。それは一瞬で、彼は手を差し出した。
「ようこそ、浄罪界へ。歓迎するよ。俺は、シュティだ。何かあったら聞いてくれたまえ」
温かい微笑みを浮かべているが、どことなく胡散臭い。本心で笑っているのかを掴めないが、ただ怖くはなかった。藤は出された手をとり、握手をした。
「ありがとうございます」
「アタシはリーラよ!よろしくね、藤ちゃん!」
「よろしくお願いします。(仲良くなる前に消えたいんだがな!?)」
リーラの言葉に心の奥底で突っ込みながら、藤は周りを見渡した。本当にカメリアと合流した気持ちが強まってきた。何より、手に入れた情報を共有したい。
情報を集めるというのなら、もう一つ、生者を見つけ出す機械について、聞いておきたい。オピクスとリーラの口調から考えて、このシュティという男は階級が高いとすれば、二人より詳しい可能性がある。
しかし、口を開く前に、シュティは片手を上げた。
「それでは、俺は会議に行ってくるよ。緊急でね。この騒動を見れば、見当は付くが」
「生者捜しですよね」
「どう紛れ込んだのやら、不思議だわ」
「おや、リーラ。そこが不思議なのかい?」
シュティは揶揄うように言った。リーラとオピクスは首を傾げ、何が言いたいのか気になった藤もシュティの顔を見た。目があった気がしたが、置く底にあるものは分からなかった。
「鏡が反応したことから、生者は魂だけだ。肉体から出た魂と考えて、死者の魂と変わりはない。死者の魂と生者の魂、二つの違いは肉体が生きているかどうかだ。死者の魂同様に、自然に浄罪界に来るという可能性も考えられる。が、朝の時間に来たということは、浄罪界に招いた奴がいる」
「(なんて、嫌なところを!)」
生者が何処にいるか、本当にいるのかという生者捜しの話から、招いた奴がいるという犯人捜しになる。
シュティが参加する会議で、彼がその可能性を話せば、カメリアが危なくなる。
顔に出てないかが不安だった。彼が去って行った後、藤は誰にも気づかれないように息を吐いた。混乱してはいけないが、どんな手を使ってでも、カメリアと合うべきだ。
先の発言のせいで、シュティに対する好感度が下がった。あれは、腹に何かを抱えた性格の悪い男だ。
生者捜しだけでよかったのにと思った時だった。疑問が一つ浮かび上がる。
「(いや、待てよ。私たちはどうして特定されてないの?)オピクス、さん」
「オピクスでいいよ。仲間なんだ。敬語なんて要らない」
「監視カメラ、とかないの?それで生者を探せばいいのに」
「監視カメラ?」
もしかしたら、監視カメラという犯罪を抑止したりするシステムは、この世界にはないのだろうか。それだったら、変なことを言ったことになる。
慌てて藤は言い訳を考えるながら、押し黙ったリーラとオピクスの顔をチラチラと見た。
「あるわ。あるけど、報告は何も上がってないわね。何かトラブルかしら」
リーラは細っそりとした指を顎に当て、首を傾げた。オピクスも何も言わない辺り、何も分かってない状況なんだろう。
何かに大きく巻き込まれている予感がした。
カメリアは噛み締めていた唇を、ゆっくり緩ませた。
心配なのは、藤のことだ。頼むから部屋に居てくれと思うのだが、妙にアグレッシブな所がある気がするのだ。今までの、主に蹴りからの逃亡を思い出して、遠い目をした。
しかし、今は目の前の存在を注視しなければいけない。
まさか、部屋の前で彼に捕まるとは思っても見なかった。まず、直々に話しかけてくるとも思わなかった。話は最近の鍛錬についてから始まり、仕事の出来について聞かれた。最後に辿り着いたのが、本題だった。
「カメリア。つまり君は、この件について何も知らないんだな?」
「はい。スコルピオン様」
前に垂れていた赤毛のストレートの髪を、耳にかける仕草は美しい。面長の綺麗な顔にある赤に近いオレンジ色の瞳が、厳しくカメリアを見つめる。
スコルピオン。三つある派閥の内の、決まりを重んじる〈スコルピオン派〉の顔だ。そして、スコルピオン派に属するカメリアの上司にも当たり、浅くも簡単にも語れない関係にある。
おそらく未曾有の事態に、派閥が関わってないか知りたかったのだろう。まさか、目の前のカメリアが生者を招き入れたとは思ってないようだ。前々からのこともあり、申し訳ない気分になった。
スコルピオンは眉間のシワを揉んだ。
「生者が紛れ込むなんてな。これから会議だが、なぜ特定が出来てないのか問い詰めないと」
「監視カメラを、つまり、機械を担当しているのは、オリオン派の者ですよね」
眼鏡を直しながら、指摘するのはシャンヤン。スコルピオンの助手なような仕事をしている女で、小麦色の髪でお団子を作っている。昔からカメリアにも、よく話しかけてくれた。
「(監視カメラで、僕たちのことがバレてない?何かあったのか?都合が良いけど)」
スコルピオンとシャンヤンの会話を聞いていると、彼がこちらを見た。その瞳から何を思っているかは、相変わらず分からない。嫌いなら嫌いだと、言ってくれれば良い。カメリアが彼を慕う気持ちに変わりはない。
「下がっていいぞ、カメリア」
「失礼します」
一礼をして、部屋から出ようとした時だった。
「スコル!」
「シュティ」
部屋を出る前に、ドアを大きく開けて、駆け込んできたのはシュティだ。それには、カメリアも驚き固まった。
彼はいつも穏やかな顔つきを崩して、スコルピオンの腕を掴んだ。その冷静の無さに、スコルピオンも何かを感じたのか、眉を寄せた。
「シュティ、どうした。お前がそんなに慌てるなど。何があった」
「大変なんだ。監視室が全滅だ。全員、魂が砕け散っている!誰かが、監視室を襲ったんだ!!」
ここで、カメリアも勘付いた。遅れながらも藤と同じ結論に辿り着いたのだ。
自分たちは何かに巻き込まれつつあることを。