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願望たるや  作者: 和鏥
落とし子
4/32

落とし子 4

 1


 ティオグはその日、クレアを連れてハバリーの家に泊まり込んだ。

 自身の家が危険だと言うことと弟に危険な目に遭わせてしまったというハバリーを放って置けなかったのもある。

 あの後、ハバリーの弟は見つからなかった。おそらく依頼した闇医者たちが助ける前に西区管理局に連れて行かれてしまったのだろう。

 彼は弟の敵討ちに燃え、買い占めとも思える程武器屋と交渉していた。

「護衛なのに戦うのか?」

「中央区は血の気が多い奴が多い。そういう気質なんだよ。能力がないから落ちぶれて、力まかせにやってきた連中だからな」

 愛想なく答えるハバリーを元気付けようとしたのか、初めてクレアは彼に対し口を開いた。

「能力なんて……私もない。だから開花させる為に……認めてもらうために此処に来た」

「散々だったな」

 ティオグはそう言いながら自分が持つ武器の具合を見る。

 ロウとは少ししか戦っていないのに剣にはべったりと毒がついている。刃溢れもあり、よほど彼はクレアを殺したがっていたらしい。

「そうでもない。少しだが、収穫はあった」

 疲れた顔ではあったが、クレアはそう言って二人に向けて微笑した。

「それはよかった」と、二人ともあしらうように答えて地図を広げる。

 バケモノ出現の予測をたてるのだが、西区管理局の統制がより厳しくなり証言は得づらくなっている。

「管理局のせいで住人が怖がって情報をなかなか提供しない。それだったらロウの言っていた西区に行ってみようと思う」

 ティオグの言葉にハバリーは驚いて地図から目を離した。

「ロウを信じるのか? アイツは発狂したんだぞ」

「信じられない。でも、浄化施設に連れて行かれたんだ。もしこれが本当の事だったら俺は一生後悔すると思う」

「連行されたのはあの人数だ。すぐに定員制限に引っかかって追い出されるさ。何せ負傷者も目撃者も多かった。だが、嬉しい報告もある。既に討伐職というのが提案されてる。あのクソバケモノを殺すんだよ」

「そんなに役職を作ったら混乱するだろう。一括りで何でも屋でいいんじゃないか?」

 場を和ませようとしたティオグの意図を汲んだのだろう「確かにそうだ」とハバリーは笑った。

「とにかく、俺は明日行くよ。その間、クレアを頼む。バケモノを殺したいのは俺もそうだが、なにせまだ動きが分からない。慎重にいたいんだ」

「お前は強情だからな。分かったよ」

 ハバリーはそう言って、どこか迷惑そうに眠たげにしている自分の妻を見て立ち上がった。

「俺はもうそろそろ寝る。お前達も早く寝ろよ」

 彼はそう言って寝室に消えた。ハバリーが完全に出て行ったのを確認した後、クレアは寝ようと立ち上がるティオグに声をかけた。

「お前、兄弟はいるのか?」

「いる。クレアには?」

「私の事はどうでもいい。お前の話が聞きたい。眠れないんだ」

 仕方がない、とティオグは苦笑いをして椅子に座った。

「どう説明したらいいかな。俺の家族は複雑なんだ。三家族、大人は四人。子供は十八人で一つの家で暮らしていた。貧乏で大人は常に出稼ぎ、年上は年下の面倒を見なくてはいけなくてな。誰もが忙しくて寂しくてすぐに伴侶をつれてくる。けれど、その伴侶はこの異様な構成にすぐ子供を置いて去っていく。そしてまた姉や兄達は新しい伴侶をつれてくる。そんな家庭さ」

「お前が此処に来たのも……」

「せめて故郷を思い出さない遠い場所で暮らしてみたくてね。クレアと同じ出稼ぎ」

「……私は違う。もっと後ろめたい」

「後ろめたい?」

 不思議そうにするティオグにクレアは頷いた。その瞳にはどこか悲しげな色が浮かんでいる。

「言っただろう。私は能力が低くて、その力を開花する為に此処に来た。故郷で何かをするには勇気がいるんだ。私にはそれがなかった。……引き止めてごめん。もう寝る」

 クレアはそう言って客室へと歩き出したが、振り返った。

「それと、助けてくれてありがとう」

 緊張で顔を硬らせていたティオグだったが破顔し、小さく手を降った。

「仕事だからな」


 2


 それから三日が経過した。

 ティオグはあの後西区に行こうとしたが厳しい監視の目があり、西区外れに行くのもできなくなっていた。

 バケモノが住人を襲うといったような新たな話は入らなかった。

 同様にクレアの友人らしき人物も行方が分からなかった。「バケモノに食われた」とロウの証言を信じるならば依頼は失敗という事になる。

 探索打ち切りを依頼したのはクレア本人だった。

「そこまで探してくれても見つからないなら受け入れるしかない。おそらく、ロウとかいった男に殺されてしまったんだと思う」

「すまないな」

 ティオグは頭を下げる。同じようにハバリーも頭を下げたが、彼の目はやはりバケモノへの怒りは収まり切らないのだろう。けれど、彼らは見るからにやつれて弱っていた。目の下には隈があるし、物音にはどこか病的に反応を示した。

 浄化施設に連れて行かれた仲間の心配と、それがいつ自分に向けられるか分からず誰もが緊張していた。それは二人とも同じで、この三日間西区管理局から逃げ回りながら彼の友人を探すのは体力気力だけではなく精神も削られた。

「諦めるよ。明日、故郷に帰ることにする」

 クレアの言葉に二人はただただ黙って頷いた。

 仕事が無いというのは暇であり不安を掻き立てるものであるのだが、今回は別だった。

 睡眠不足だったティオグが起きたのはすでに十二時間が経過しており、傾いていた太陽はいつのまにか登っている。

 ぼんやりとした頭でクレアの友人を探さなければと思い、そしてもう必要ないんだったと切り替えるまでに数十秒を要した。

 クレアはあの後ハバリーの家に泊まると言っていた。今日ここを出ていくらしいのだからせめて謝罪と挨拶をしなければいけないとティオグは考える。

 バケモノを見たほとんどの人間が西管理局に連れて行かれた。管理局の人間は中央区にも足を運んで必死に目撃者を連行しようとしている。

 城下施設に連れて行かれたら希望はない。おそらくロウもそうだろう。

 その時、ティオグの頭にくしゃくしゃに丸められた紙がぶつけられた。彼は驚いて投げられた方向、窓の外を見たがそこに投げたらしい人物の姿はなかった。

 紙を広げると、そこには小さな文字が綴られている。読めなくてもこの神経質な文字の並びには覚えがあった。

「くそ。文字の勉強をしとけばよかった」

 ティオグはそう零し、ハバリーに解読依頼のため外に出た。しかし、実際彼に会うとティオグは言葉を失った。彼は泣き腫らし悲しげに肩を丸めて、妻に背中を摩られていた。

「どうした?」

「西区管理局に行ったんだ」

 彼は弱々しい声で答えた。

「アイツら人間じゃねぇ。弟の頭に穴を開けたんだ」

「頭? そんな事したら死ぬんじゃないのか?」

「髪の毛を全部削いで、インキで印をつけてた。そこで、針を刺して……鼻から……」

 ハバリーは声を殺して泣き始め、彼の妻が名前を呼びながら抱きしめる。

「施設の中央には庭があって、弟はそこのベンチに座ってた。声をかけたが無反応だった。ロウも同じだ。アイツ暴れまくって独房行きだと言われていたよ」

 ハバリーの言葉は嗚咽に消えた。彼の妻が早く去ってくれという目でティオグを見るので、ティオグはそんな彼らに申し訳なく思いながら「読めないんだ」と手紙を寄越した。

「”西地区の外れ。二十三区三番、貸家、青い家。”これでいいでしょ? クレアは帰る準備をしてる。気をつけて。西区管理局員が増えてる」

「ありがとう」

 ティオグは頭を下げた。ここで悟られる訳にはいかなかった。

 文字はロウの筆跡だった。神経質そうな小さな文字、何度も見たものだ。廃人になったらおそらく文字は書けないだろう。

「生きてるのか?」


 指定された場所は西区の外れ。中央区に近いという事で治安はよくない。それでも中央区の住人が立ち寄らないよう空き家が壊され、隣家同士は距離がある。

「ん?」

 そこまで歩いてティオグは首を傾げた。逃げてきたクレアが教えてくれた道順と似ている。もっというと二手に分かれてロウが動いていた道に近い。

 中央区に近いという事もあって、時間もかからず指定された家を見つけた。

 玄関は少しだけ開いている。

 中に入ると異臭が鼻をついた。何があってもすぐに迎撃できるよう武器に手をかけながら進んでいく。台所には腐乱した食べ物が置いてあり、何より目立ったのは壁一面を汚した赤黒い染みである。それが血である事は日頃の職業ゆから連想つくのは仕方がないことであった。それは一人分とは思えない。

 貸家である為二階や地下は存在しない。キッチン、リビング、個室。ティオグはそろそろと個室に近づく。

 扉は開いており、ちらりと覗いた。

 不思議な事に大きな木製のベッドは壁際に立てかけられている。

 そっと、半開きの扉を押して中に入ると異様な光景が広がっていた。腐乱臭で溢れていたため、殴られるような衝撃が鼻に、脳に響く。

 汚れた床には白いチョークで奇妙な図式が描かれている。天井には複雑な紋様が描かれていた。

 文字が読めないティオグには余計な情報が入ってこなかった。ゆえに、天井や壁面にかかれたのは星座であると理解した。床に書かれた円形の図の中央に立つと、全ての星空を眺められる事が出来る。

 床に書かれた円形の図式は一箇所だけ血で汚れて潰されていた。

 他に何かめぼしいものはないかと辺りを見回せば旅行鞄が一つ落ちている。開けると青色に染められた民族衣装と思しきものが一着だけ丁寧に終われていた。

 服の上に置かれた一枚の紙には、ロウとはまた違う神経質を思わせる癖字が並んであった。嫁はしないが、文字の側に描かれた絵はこの前見たバケモノそのものであった。

 ティオグはすぐにその家を出て、隣家に聞き込みをする。

「あそこの貸家だが、誰が住んでいたか分かるか?」

「分からないよ。ずっと家に篭りきりだったからね。ただ、何人も友人を連れてきては迷惑だったんだ。五月蝿くするし、臭いし……、いつだったか真夜中に俺の家にガキがやってきて扉を叩いたんだ。本当に迷惑で、迷惑で……」

 住人はそう言うと面倒臭そうに扉を閉めた。ティオグは次に西区場に足を運んだ。


「中央区何でも屋だ。二十三区三番の貸家の住人を知りたい」

「何でも屋だからといってすぐに情報提供できると思わないでくださいね」

 受付の女はとても嫌そうな顔をしながら貸家の情報を調べているらしい。南北では出来ない事だが、西区の――しかも外から来た者の情報は何でも屋に限り許可されている。

「貸家に住んでいる人ですよね。クレア。クレア・イオパード。若い男性です。何度か異臭と騒音での通報も来ています」

「くそ!」

 ティオグは舌打ちして走り出した。

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