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向日葵

作者: 甘楽

林と出会ったのは4月の初旬の部活体験のときだった。王様みたいなやつだと思った。歩き方、態度、言葉遣いですらも何もかも上から目線でこいつとは仲良くできないと直感した。

昔から俺自身ある程度の実力があって此処に居ると半分無意識で感じてた。だけれど、周りも確かな実力と自信を持っていて焦りばかりで毎日失敗ばかりだった。

今まで上手く行っていたものが思い通りにならなくてむしゃくしゃしてた時、あいつのプレーを見たんだ。軽く靡く髪、圧倒的なドリブルに両手で投げるスリーポイント。余りに綺麗で目が眩んだ。同い年にあんなプレーをするやついるだなんて思いもしなかった。林には今でも言えてはいないがあの時から惹かれていたのだと思う。

林は割と名の知られてるこの高校に推薦で入ったってことも才能はピカイチでみるみるうちにエースになっていった。女バスと男バスという差はあるものの林の実力は確固たるものだった。その上頭も良くて練習も怠らない。そして顔面が何よりいい。最初は気が付かなかったが林は滅茶苦茶綺麗な部類に入ると思う。眼鏡の奥に隠れた長い睫毛に栗色の目、整った鼻、白い肌、見れば見るほど魅力に溢れれてなんて言えばいいのか辛い。こんな女が人気が出ないわけも無いが性格がめっぽう尖ってるせいで若干チームでは孤立気味である。林と俺が関わりを持つようになったのは6月の初めだった。男バスのコートが改修?かなんかで使えなくなって仕方がなしに女バスのコートを借りて部活終わりに練習しようとしてるとき、初めて俺は林と会話をした。本当に取り留めのない会話で、顧問の笑い方の癖が酷いとか夏の大会の進捗とかその程度の事だった。思っていたより静かな声で話すんだと少しだけ意外に思った。それから林とは偶に話すようになって、お互い帰り道も一緒だから部活帰り二週間に一、二度帰るようになった。俺は林と帰る小さなこの時間が好きだった。段々日が経つにつれて林は我儘になって、散々だっけどそれでもこの時間が続けばいいなと心の奥に思ってた。

それから夏になって大会が始まる。毎日毎日バスケ漬けの日々で暑さが息を止めにかかってたけど練習するのは嫌いじゃないし何より勝ちたかった。本当に勝ちたかった。スタメン入りすらできていないけど意地でもチームの役に立ちたかった。けれど俺のチームは予選敗退。先輩たちの涙と汗がこびり付いて離れない。悔しい。悔しさに溶けそうだ。

林のとこはベスト4入りという輝かしい成績を残してった。準決勝終わりの次の日体育館で一人でいる林を見た。俺が林の涙を見たのは初めてだった。言葉のかけ方も分からずこうして夏は訳のわからんクソデカ感情を置いてったまま終わった。

秋が来て冬が来て季節が段々と流れて逝くけど林との関係は何一つ変わらなかった。

林も俺もバスケに精一杯で次の夏を終わらせないために必死だったのだ。多分。

桜の季節になって後輩ができて俺が先輩になった。戸惑うばかりで慌てふためいてたのを同期の松田に笑われたのは覚えてる。後輩はまあ優秀で特に吉野は気も使えるしバスケも上手いわでとんとんとーんとスタメンになった。そりゃ推薦選手ですし?仕方がないと思ったけどそれなりに嫉妬した。本当に辛かった。

そのまんま2回目の予選が来た。今年こそは全国と意気込んだけど俺はまたスタメンに入れなかった。ベンチ入りはやっとの思いで果たしたけど結局試合に出れたのは3回だけだった。あーもうやるせない!結局予選決勝でまたもや敗退。あと一歩、あと四点で全国だった。のにだ。去年の自分とまた重なって涙が止まんなくて吉野に滅茶苦茶心配されたのも今となりゃ懐かしい思い出だ。林のチームは準々決勝敗退。あんだけ泣いてる林を見たのは去年以来だと変に既視感に溺れた。その次の日林から電話が来て初めて林の静かじゃない声を聞いた。楽しい楽しくないで私はバスケをしてないんだ!と強く語った林はの気持ちは今でもわからんままだ。

んでまた冬が来て選手権も終わりキャプは面倒みの良かった松田がなってこのチームを引っ張っていった。何処か取り残されたような気持ちで迎えた夏。最後の夏。もう戻れないんだと心の片隅で思った。けど俺はこのチームが好きで何よりバスケが好きだったから本当に勝ちたかった。柄にもなく神様に祈りに行ったし後輩達を全国に連れて行ってやりたかった。出来ることなら優勝したかった。でも結果は予選準決勝敗退、死ぬほど泣いた。息が詰まるくらいに泣いた。俺の夏はここで終わったんだ。

林のチームは、決勝敗退。栄えあるベスト2だ。でも林の夏はこれで終わって、林の涙は見れなかった。あいつは泣けなかったんだと思う。

俺は不器用な声掛け1つだけしてその日は帰った。次の日の体育館で意味もなく林を待った。それが毎年続いた当たり前だったからだ。でも林は来なかった。

それから夏休みが明けて遅すぎる受験に対しての自覚を持ち始めた。夏は勉強バスケ勉強の繰り返しだったが秋はバスケが抜けて1に勉強2に勉強的な感じになったから本当に嫌気が差した。

この頃から林と放課後勉強するようになっていた。林は注目選手として大々的に色んなところに取り上げられていたから大学も推薦だろうかと思っていたけど違うようだった。でも大学でもバスケをするだろうと俺は傲慢にもそう思ってたんだ。林の進路希望調査を見るまでは。本当はいけないことだと知っていたし、あれは本当に事故的なものだったんだけどそこに書かれた林らしい文字に俺は驚かずにいれなかったんだ。林は国公立薬学部志望だ。思えばずっと勝手に思い込んでいた。林はバスケの道に進むんだと。教室に林の足音が響く。力を入れすぎて少しだけ草臥れた紙を見て林はそれを見たの?と言った。何時もよりも静かな声色でなんだか締め付けられる気持ちになった。何も言わずに固まる俺を見て林はテキパキと参考書を片付けていった。そして俺の手を引いて帰路についた。猛烈に泣きそうだった。見馴れた道、見馴れた風景を林と歩ける日々があとちょっとと考えるだけで心臓が痛いったらありゃしない。俺は林が好きだったのだ。林に手を引かれてついた場所は何時もの別れ道ではなく林の家だった。ビビるくらいに大きいその家は見るからに厳格そうで林の家っぽいといえばそうだった。

こんなこと知らなかったし林の知らない一面を見てこいつのこと何一つ知らなかったんだと思った。また泣きそうだ。初めて入る林の家は薄くお香の香りがして、林の制服の匂いはこの匂いなんだと場違いな事を思った。んで林があんまりバスケをするのを歓迎されてないのだと思った。だって林は部屋になにもバスケ関係のものを置いていなかったし、あるのは机の上にあるのは参考書とノートだけという殺風景な部屋だったからだ。座りなよと言った林の声を聞いて腰掛けたもののまあ気まずい。とても気まずい。あー!!なんかはなぜ俺と思って取り敢えず家のデカさとか先程すれ違った女の人は林のお母さん?とか適当に聞いてったら林はポツポツと話し始めた。父親が病院を経営してる事とかお母さんが薬剤師な事とか兄が医者なことも。医療家族で自分もそういう職につかなければいけないとか。その他諸々。林のこんな話を聞くのは初めてで全部うろ覚えだけど一つ確かに覚えてるのは林は高校でバスケをやめなきゃならないと言った事だけだった。たまーに大人のような表情をする林の理由を知れた気がして、あのとき泣けなかった理由がわかった気がしてなんか俺情けないなあと無意味に感じた。その日はなんか適当に親の誕生日とか言い訳をつけて家に帰って帰り道ほんの少しだけ泣いた。んで林に明日バスケをしようと適当にラインを送った。次の日が来ていつも通り放課後二人で勉強して、久しぶりにコートに入ってバスケをした。後輩の吉野とか色んなメンツに会ってちょっと嬉しかったし林のバスケはやっぱきれいであー!!と思った。この恋を終わらせよう。大人になる歩みがどんどん加速していく気がした。帰り道初めて俺から林の手を引いて歩いた。かなり遅くまでバスケをしていたからあたりは真っ暗で普通は家まで送り届けるのが当たり前なんだろうけど駅に向かった。?を浮かべる林は想像以上に戸惑ってて少しだけ面白かった。財布の中には1470円持金で買えるギリギリの二人分の切手を買って林に何処かへ行こうと言った。断られたら断られたでいいと思ったし、林は頷かないと思って尋ねた。でも林は頷いていいよと悪戯っ子みたいに笑うからあーもう!!と思って二人で改札を抜けた。

電車に飛び乗って逃げた先に、きっと日常と過去になった林しかいないと知っていたけれどあの瞬間だけは林も俺も大人以下の何かになれたんだと思う。

遠く、できるだけ遠くに行きたかった。

昨日出来たばかりの口内炎、使い古したバッシュに嫌いな汗の匂い。妙に冷たい冬の匂い。

多分駅についたら困ったように親に電話して、それから二人で浅い別れを遂げて卒業式まで話さない。妙な確信とその場限りの優越感が同居した心が折れていく。いいんだ。これで良かったんだ。隣で笑う林の手の震えが今の今まで残ってて痛いけどこれで良かったんだ。今までのことが走馬灯のように蘇って林を好きな気持ちもバスケにかけた思いを明るく照らすけど多分俺の恋は林がバスケをやめるって決めたあの瞬間に死んで、俺の好きな林もコートの中で死んでったんだと思う。林に風穴の開けられた現実がゆっくりと濁っていく。ああ大人にはなりたくない。いっそ林のことを嫌いになれればよかった。でも今だけは駅につくまでのあと少しの時間だけは俺達を何かが隠してくれますように。


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