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32歳ニートの異世界譚  作者: たこ
7/7

第7話 俺氏、就職


おっさんから宿を与えられ、それまでに生活のメドをつけろと期限を設けられてから1週間。

今日がその日だ。


結局は仕事も住むところも確保できなかった。

そもそも人間が生活の基盤を整えるのに1週間という期限が短すぎるのだ。



昼前、ジャンが宿にやってくる。


「久しぶりだなナイト。どうだ、仕事のアテは見つかったか?」


「い、いえ…。いろいろ積極的に活動したのですがなかなか…。や、やはり文字が読めないのと期限がこう短くては何とも…」


「…そうか。」



ジャンはブラウンの報告により知っていた。

彼が何もせずほとんど部屋で寝て過ごしていたことを。

当初から1週間という期限は厳しいと思っていたので、元々もう1週間ほどを延ばすつもりでいたが昨夜の報告により、この男にはこれ以上時間をかけても無駄であると悟っていた。

そこで、彼はここに来るまでに既に万全の用意をしてきていたのだった。




「つまり、識字力不足で仕事を見つけるのも難儀だと。少しでも何かやってみたい事も見つからないか?」


俺は首を横に振る。

さぁ、猶予をくれ。そしたら今度こそ仕事を見つけるから!明日から本気出すから!


「よし、それじゃぁ俺の知り合いで人手が欲しいってとこがあるんだ、そこで働こうか。」


…ん?ん?待て待て。何でそうなる。


「い、いや。待ってください。急にそんなこと言われても…」


「積極的に仕事を見つけてきたんだろ?大丈夫、もう相手側にも話をつけてあるんだ。さ、これから行こうか」


やけに準備いいな?もし俺が仕事決めてたらどうするつもりだったんだ?

控えめに抵抗の意思をみせるが、おっさんはさぁさぁと俺を立たせ、強引に背中を押しながら宿を出される。

おいおい勘弁してくれよ。分かった、働く。働くから場所を選ばせてくれ。厳しいとこは嫌だ!



着いたのは顔なじみのいつもの酒場。

なんだ、昼にはちょっと早いけど先に飯でもってことか?しかしまだオープン前だぞ。

開店前の店内におっさんはズカズカ入っていき、俺もそれに続く。

中ではリリィちゃんが昼の営業開始に向けて掃除をしていた。


「やぁリリィちゃん。マスターいる?」


「ジャンさん。それに、最近よくきてくれる――。おじさんなら今厨房で仕込みしてると思いますけど、呼んできます?」


よろしくと伝えると、リリィちゃんは厨房からあの髭モジャおやじを連れて戻ってくる。


「うっすマスター。コイツが今朝話したナイトです。どうですか、使えそうですかね?」


おいコレってまさか――。


「…まぁ五体満足なら構わねぇ」


いやいやいやいや。なに、此処で働けってこと?

ムリムリムリムリ。『飲食』ってブラックじゃん!

いやマジで飲食系は無理だって。

なにせ俺の唯一の職歴、2・5日間働いて嫌になったのも飲食、しかも居酒屋なんだ。

抗議だ抗議!こんなとこで働けっか!もっとこう本屋とかゲーセンみたいなところが性にあって――。


「え!あなたが新しくここで働く方だったんですか?嬉しい!よろしくお願いしますね」


「は、はい…。よろしくです。」


リリィちゃんの無邪気な声に思わず条件反射で答えてしまう。

俺のバカッ!





「私はリリィ。知ってると思うけどウエイターやってます。で、こっちが――」


「ワシはジン。ここのマスター。裏で料理を作っとる」


「や、やま、いえナイトといいます。その、よろしくお願いします」


ここでおっさんが俺の身の上を話してくれる。

記憶喪失で自分が何者か分からない、文字が読めない、住むとこがない――。

自分で言うのもアレだが激ヤバ人材である。


「き、記憶喪失?それは大変でしたね…」


リリィちゃんが心配そうな顔を向けてくれる。マジ天使。


「で、マスター。確か裏通りにアパート持ってたよね?そこの空き部屋コイツに貸してやってくんないかな?家賃は給料から天引きでさ」


この熊マスター、アパートまで持っていやがるのか。

意外とやり手だな


「部屋が埋まるってんならこっちも願ったり叶ったりだがよ、こいつに勤まるか?それに文字もが読めねぇってのも仕事に支障がでるぞ」


痛いとこを突くな。勤まるかは俺が一番心配だわ。

確かに文字を読めないのはどんな職種でも色々と大変だろうな。

さて、どうしたものかという空気が流れる。



「ならさ、私が教えましょうか?」


リリィちゃんの発言に他の3人が一斉に顔を向ける。


「仕事始まる前に、ちょっとお勉強しようか。どうかな?」


「い、い、いいんですか?僕は大変ありがたいんですけど…」


おっさんは「そんなこと大丈夫?」マスターは「ここは学校じゃねぇんだぞ」と心配するがリリィちゃんは任せて!と胸を叩く。

この子は本当に神なのか?いや女神か。



話もまとまり、おっさんは肩の荷が下りた様子で店を出る。


「それじゃナイト、頑張れよ!…くれぐれも逃げ出すんじゃねぇぞ?紹介した俺の顔潰すなよ?」


最後低い声で言わないでくれ。怖い。

あれよあれよという間に15年振りの仕事が決まってしまった。

どうやら今から仕事に直行らしいが、できれば2・3日くらい気持ちを作る準備が欲しかった。

そろそろオープン時間らしく慌ただしく準備に戻る。

渡された給仕服に着替えるが、こんなピシっとした服を着ることになるとは夢にも思わなかった。


昼は11時~15時までの営業、一旦クローズし17時半~22時までが夜の営業らしい。

きいただけで疲れてくる。ちなみに定休日は週1日。やはりブラック!


まずテーブル番号を覚えるように指示を受ける。

テーブルに番号が書いてある訳ではないのでしっかり覚えなければならない。

開店までのわずかな時間で何とか頭に叩きこむ。

店内はなかなか広くテーブル数も多いが、設置してある順番通りに番号が移るだけなのでそんなに苦はない。


そうこうしてうちにオープンの時間だ、と同時に数組の客が入ってくる。

とりあえずはオーダーはリリィちゃんに一任する。

俺は出来上がった料理をテーブルに運び、客が退店したら皿の片づけ、隙間を見て厨房に行き皿洗い。

なかなかハードなミッションだ。

次々にオーダーが入る。リリィちゃんが聞き、それを伝票に書きマスターに伝え、伝票を厨房に貼る。

なるほど、文字が書けなきゃ注文も取れないな。にしても、そこそこ大きな店なのにマスター一人で料理つくってるのか。

それをいったら、注文・配膳・会計・片付けを一人でこなしてるリリィちゃんも大したものだ。


そんなことを考えていると料理が出来上がった。

俺もよく食べたウインナーが二皿。


「ナイトくん。3番テーブルにお願い。初めてのお仕事だよ、頑張って!」


小さくファイトポーズをとるリリィちゃん。なにこれ激カワ…。それにナイトくんって…。

緊張感がやばい。ふぅと浅く深呼吸し、テーブルに向かう。


「こ、こ、こちらウインナー盛りになりまっせ!ごゆっくりどうぞ!」


やば、どもった。しかも『なりませ』って。

恥ずかしくなってそそくさと戻る。

クソ、やってしまった。

意気消沈でいるとリリィちゃんが「オッケーオッケー!最初にしては上出来だよ!」とピースサインをくれる。なにこれ尊い…。

おかげで少し緊張感が取れた。


次第に客足は増え、オーダーがドンドン入ってくる。


「ナイト君、鴨ローストは6番、ウインナーと鯨の燻製が8番、あと2番11番にお水!」


あっというまに昼のピークを迎える。

言われた通りに料理を運ぶ。運んでも運んでも終わりがこない。


「お、お待たせしました、になります」


「はぁ?そんなもん頼んでないけど?」


「し、失礼しました!」


慌てて戻り確認をとる。くそ13番テーブルに持っていったつもりがあそこは14番テーブルだ。

再度、配膳し直す。普通にやれば間違えないようなことでも、忙しく慌てているとよく些細なミスが発生する。

そのミスが焦りとなりまた次のミスを誘発する。

悪循環だ。ヤバい。頭が回らな――。


「大丈夫ナイトくん?落ち着いて、ゆっくりでいいからね」


自分も忙しいだろうに時折優しい言葉をかけてくれる彼女。

もともとプライドなんてこれっぽちもないけど、少しはやれるとこをみせたい。

体と心に活を入れる。


「これは…10番」


料理を手に取り、体をホールのほうに向ける。と、その瞬間。

ガシャンっと皿が割れる音が響く。

しまった。皿の握りが甘く手から滑り落ちてしまった。

足元には粉々に砕け散った皿と羊肉のソテー。

ヤバい、やっちまった、どうしよう、どうする。


「大丈夫!?怪我無い?大丈夫大丈夫!私もよくやらかしてたから!ごめんおじさん!落としちゃったから10番のラムチョップもう1個つくってー!!」


マスターがジロっとこちらを睨んだが、気にしない気にしないと声をかけながらリリィちゃんはささっと片づけをする。

その優しさが嬉しい。先程から本当に優しく接してくれる。でも、あれだな。


あまり優しくされるとみじめな気分になるのって何だろな。


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