第5話 大人の階段、登る
結論からいえば、俺は今正座をさせられている。
周りにはに2人の屈強そうな男と先ほどのチャラ男、あと女が1人。
「なぁ兄ちゃん、あんだけ飲み食いしてあんな可愛い子はべらせたのに、1万しか持ってないってどういうことよ?請求は5万ペルクなんだけど?」
「あ、あ、あんだけって……。ジャーキーと変な豆しか食べてないですけど…」
口にしたのはこちらが注文もしてないのに出てきた何の肉か不明なガチガチのジャーキーと黒くて苦い変な豆と水。
酒を勧められたが、ほとんど飲めないので断った。
あと、女はブスだった。
この世界の物価はまだ理解してないけど、5万は高すぎるはず。
そう俺は客引きに続き、キャバクラ、そしてボッタクリまで経験してしまった。異世界で。
「とにかくさー、どうにかして後4万都合つけろよ」
色々ごちゃごちゃとまくし立ててくる強面の男。何言ってんだ。
手持ちの1万、宿に置いてる1万、合わせて2万が俺の全財産なのに5万なんて払えるか。
その金だって俺の唯一の生命線なのにこんなボッタクリ連中に取られるわけにはいかない。
「聞いてンのかァッ!!払えんのかッ!払えねぇのかッ!」
「はっ、は、は、払えまぜぇん……。ずいまぜんぇん…」
大粒の涙が射出。怖い。
「払えねぇだァ?なめてンのか?」
「持ち金足りねーなら家まで取りに行けや!もちろん俺達が付いてってやるよ!」
「どうしても払えねぇならてめぇの指で勘弁してやるぞ?おおぉッ!?」
ヤクザかな?
男はナイフを持ち出し、俺の首もとにあてがう。
怖い。怖い。怖い。何だこれ。俺はただ、飯が食べたかっただけなのに。
なのに何でこんな目にあわなければならないんだ。
奥歯がガチガチ鳴り身体の震えが一層強くなっていく。
次の瞬間、恐怖とは別種の震えを感じる。
それは股を濡らし、異臭を立ち込めさせ、次第に足元に大きな水溜まりをつくっていく。
「ううっ!……うっぅうぁぁぁ~~!ああぁぁぁん!うえぇっぁぁぁああぁあ!ゴホッ、ああぁぁ~」
号泣である。大の大人の号泣。それも大音量。
泣き崩れる俺。引く男共。地獄絵図がここにある。
どれほど泣き続けただろう。
あまりの剣幕に、最初は怒ってた男達も呆れ果てたのだろうか。
とりあえず所持している1万ぺルクの支払いと汚した床を掃除することで見逃してくれることになった。
冷えきった股と濡れそぼった目元を不快に思いながら、床を雑巾で拭いていく。
そばで強面の男達は酒を飲み始め、チャラ男は次の獲物を求め町に出たようだ。
掃除が終わり、雑巾をよく洗い返しに行く。
1万ペルク札を取り出すと、女が汚いものを触る手つきで受けとる。
馬鹿にしたような笑みを浮かべながらさっさと消えろと告げられ、俺はとぼとぼとした足取りで店を出た。
ちなみに雑巾は持って帰れと言われた。
宿屋に戻る道中、濡れた下半身を周りの人間に気づかれぬようにそそくさと駆けて行く。
この年齢で漏らして、なおかつ町中を闊歩するなんて、少し前の自分からは信じられない。
何とか宿に着いたが、店主にバレて言い訳するのも厄介だ。
そっとドアを開けて中の様子を窺うと、いつもはフロントにいる店主が今は席を空けている。
運がいい、他の客もいないようだ。
そそくさと部屋に戻ろうとするが、途中でこの宿には浴場があることを思い出す。
いい機会だ、服を洗ってついでに汗を流そう。
こんな形で初めての風呂を利用をするとは思っていなかった。
脱衣所で服を脱ぎ中に入ると大きな樽に水が張ってるある。
見回るが当然シャワーなんて便利なものはないので、樽から桶で水を掬い体にかける。
「ぬるぅっ」
五右衛門風呂の様に下で火を焚くようなものではないので温かくないことは承知していたが、かといってプールのようにさっぱりする冷たさでもない。
張りっぱなしの水はなんとも絶妙の温さである。
さっと汗を流し、次に桶に水を溜め、着ていた服を擦り洗いしていく。
下だけのつもりだったが、ついでに上も洗っておこう。
じゃぶじゃぶ洗っていると汚れが落ちてくる。洗剤もなかったが意外と落ちるモンだ。
ある程度綺麗なったところで、捻り絞りながら水をきっていく。
ふぅ…、一通り洗濯を終えるとまた少し汗をかいたので、入るには少し小さいがに樽の中に入る。
やっぱ俺は日本人だなぁ、湯船に浸かると落ち着く。
ぼーっとしながら、先程の事を思い出す。
クソっ、もう二度と客引きなんかに付いていかねぇ。いや付いていくつもりなんて最初からなかたっけど。
さぁ出るか。
浴場のドアを少し開け、誰もいないことを再確認すると店主もまだ戻っっていないようだ。
服を抱え素っ裸で部屋に猛ダッシュで戻っていく。
こんなとこ誰かに見れれたら死ねる。
後に聞いた話だけどあの樽の水はかけ湯用で、湯船用ではないらしい。
どうりでヤケにきれいだと思った。
早速濡れた服を部屋にを備えつけの紐に通し干していく。
あまり脱水ができてないのか、かなり湿ってるが何とかなるか。うん、加湿にいいな。
唯一の服がなくなってしまったので仕方ない、裸のまま布団に包まる。
悲しい気分になってきたのでさっさと眠りたいとこだが、寝付けない。
如何せん起床したのは夕方だ。
外が白んできた頃、ようやく眠りについた。
数時間前――。
屯所に一人の男がやってくる。
「よぉ、待たせたなジャン。ふぅ…、酒をくれ。」
ジャンを顎で使うこの男、宿屋の店主――ブラウン・リック。
ジャンの元上官で鬼軍曹と評判だったが、8年前隣国との小さな争いに出兵した際、左足を負傷し退役。
その後、司令官として軍に残る話もあったが前線に出ないのは性に合わないとして、国が管理する宿屋の店主に就くことになった。
「何か動きはありましたか?」
ジャンはグラスになみなみとラム酒を注いでをブラウンの前に置く。
今の2人の主題は数日前に突如として現れたあの男についてだ。
この辺りでは見かけない顔に服、怪しい言動。
とはいえ今の上司であるリカルドはあの男に危険はないという見解で、ジャンの目から見ても何か企んでいる様子もない。
ただ挙動不審なだけの男といった印象。これが周りを欺く為の演技ならなかなか大したモンだ。
「今日は昼間は全く動き無し。部屋でグースカ寝てやがった。夕刻に外出。町中でクズに捕まり金を巻き上げられ下半身を汚して帰宿。以上だ」
「……………。そ、そうですか。」
ブラウンの報告は想像以上に壮絶だ。
これがやつの演技だったら本当に大したモンだ。