第3話 ここ、異世界
しばらくして、おっさんが部屋に戻ってきた。
「それじゃ、これから宿屋に案内しよう。着いてきてくれ」
部屋に戻るや直ぐに移動とは忙しない。
とはいえ、この屯所という空間はあまり落ち着かないのでさっさと出ていきたいところだった。
宿屋は屯所からそう離れていない場所にあった。
お世辞にも綺麗とは言い難いが、それは現世基準であり、こちらの世界ではそこそこの建物ではないだろうか。
中に入るとおっさんが店主となにやら話をし始めた。
俺は暇なのでロビーをうろうろする。
小さな本棚に本が何冊か本が入っているのを発見し、手に取ってみる。
日本語が当たり前の用に通じるので、文字ももしかしたら読めるかと思っていたが、生憎見たこともない文字で埋め尽くされていた。
文字と言葉が一致していない気がするが、それは現世の理論であり、この世界ではこの文字と日本語はしっかりリンクしているのだろう。
読めないがやることもないなので暇つぶしにパラパラ本をめくる。
何冊か本を流し読みするが、写真は無く挿絵が多く入っていた。
この世界にカメラはないのか、それともたまたまそういう本をとったのか。
恐らく前者な気がする。
次の本を手に取る。
「あいつが例の…。えぇ、頼みます」
ジャンが店主に小声で内容を伝える。
ナイトを宿泊させる宿屋。
無論、ただの宿屋でない。
ここは王国軍御用達の宿屋であり、店主も元兵士である。
時には兵士を待機させる詰め所的役割、時には他の町から来た軍関係者を宿泊させるため。
そして時には拘束する程ではないが、要注意人物を監視するための施設となる。
必要な情報を店主に伝えると、ジャンはナイトの元に戻っきた。
「ナイト君。それじゃぁ、1週間ほど、このホテルに滞在してくれ。もちろん滞在費用は軍がもつ」
「んっ、えっ、い、1週間だけ?」
1週間だけなの!?
てっきりここでずっと暮らしていいものかと思ってた。
「それはそうだ。国王軍とはいえ資金は潤沢ではない。1週間以内にこれからの身の振り方を考えてくれよ」
それだけ言い残しおっさんはさっさと消えてしまった。
思いのほか限られた期間であることに悩むが、後ろで店主が待機してることに気付いたので、まずは部屋に案内してもらうことにした。
案内されたのは、1階のフロントから比較的近い部屋だった
できれば、あまり人の気配がしない2階の部屋がよかったが、贅沢は言えない。
「わしはだいたいフロントにおる。何かあったらきてくれ。あと、夜遅くはあまり出歩かないでもらえると助かる」
ぶっきらぼうにそれだけを言うと店主は部屋から出ていく。
誰もいないことを確認して、すぐさまベットに飛び込んだ。
「硬ぇ…」
現世で使っていたスプリングのよくきいているベッドとは違い、木の板に布がひいてあるだけの実にシンプルな寝床だ。
なんとも寝つきが悪そうではあるが、なにせ今日は色々なことがありすぎて疲れた。
もともと、長い引きこもり生活で体力は無に等しかった
石のような枕に頭を乗せ横になると、すぐさま眠気がやってきた。
ここは異世界。
もちろん、元の世界に帰る方法を探すことを一番に考える。
まだよくこの世界のことは良くわからない。
でもせっかくの異世界だ。
笑われ、蔑まれてきたニート人生。
ここから大逆転してやる!
俺の本当の人生はここから始まるんだ!
そんなことを考えているうちにまどろみの中、意識は消えていった。
朝、空腹で目が覚める。
体感時間で恐らく18時間以上は何も腹に入れてない気がする。
部屋を見渡すと時計がある。電池を必要としない振り子の時計だ。
時間は朝10時を少しすぎたところ。
この世界の1日が24時間周期なのか分からないが、時計を見るかぎり現世のものと大差ないのではないかと推測する。
ギュルルルという腹の虫が大声で鳴く。
そういえば飯ってどうすりゃいいんだ。
とりあえず、部屋を出て店主にきいてみるか。
部屋から出てロビーに向かうと、フロントで店主が紫煙をくゆらせながら新聞を読んでいた。
喫煙厨かよ。
異世界とはいえ、人に話しかけるは苦手だ。
「あ、あの」
その声に店主は新聞を少し下げ目線で返事をした。
「め、飯…。食事ってどうすればいいですか?」
「…ここは寝る場所だけで、食い物は置いてないんだ。腹が減ってるなら、外に行ってくれや」
そう言うと、再び目線を新聞に戻して煙草に口をつけた。
なんとも愛想のない男だ。
俺が言えたモノでもないが。
しかたなく宿を出る。
強い日差しに頭がクラっとする。
こんな明るいうちに外にでたのは何年振りだろうか。
周りも見渡すと、商店や食事処らしき建物をいくつか見つけられる。
今すぐ利用したいが、もちろん金が必要であろう。
試しにポッケをまさぐってみるが、出てきたのはコンビニで商品を買った後の釣り銭の小銭、そしてクシャクシャのレシート。
さすがに円はつかえないだろうなぁ…。
どうしようか悩んだが、今の俺に頼れるのはあいつしかいない。
再び、屯所にやってきた。
入り口で警備をしているだろう若い男に話をかける
「あ、あの。すいません。おっさん…じゃなくて、ジャンさんはいらっしゃいますか」
「…失礼ですが、あなたは?」
若い兵士はこちらに一瞥をくれて答える。
「わ、私、ナイトといいます。き、昨日ジャンさんに――」
そこまで言うと「ああ、あんたがあの」と建物の中に入っていく。
数分もしない内に、おっさんが中からやってきた。
「よぉ、ナイト。昨日は良く寝れたかい?」
俺はぺコ゚っと頭を下げ、今の状況をかいつまんで説明した。
「そうか、無一文だったか。昨日確認してなかったな。よし、丁度いい。これから昼飯なんだ、一緒に行こう」
運がいい。どうやら飯にありつけるみたいだ。
おっさんと一緒に酒場らしき店に入った。
周りに比べて比較的大きめな建物で、中は吹き抜けの2階建て。
かなりの数のお客が入りそうだ。
何でもここは昼は働く人間たちに昼飯をだし、夜は酒場として姿を変えるらしい。
今もなかなかの数の客が賑やかに食事をしている。
中には真昼間から酒をあおっている男の姿もある。
おっさんは勝手知ったるといった態度でウェイターの女の子に一声かけ適当な席に着く。
俺は向かいに座ると、おっさんからさぁさぁといった態度大きなで紙を差し出しだされる。
どうやら、メニュー表のようだが文字が読めないので困る。
それを伝えると本当かよと笑いながら自分と同じものでいいかと聞かれた。
「おーい、リリィちゃーん、注文おねがーい!」
ジャンが大声で呼ぶと、先程のウェイターの女の子がパタパタと寄ってきた。
「はーい、ジャンさん。何にします?」
少しウェーブのかかった亜麻色の髪にクリっとした碧色の目。
透き通るような白い肌は雪を思わせ、唇はまさに小粒で可愛いチェリーのようだ。
控えめに言って、超絶美少女。
「いつものを2つね」
「かしこまりましたー」
彼女は踵を返し厨房へ向かった。
思わずその後姿を目で追ってしまう。
「おいおい、見惚れちまってのか?」
そんなおっさの言葉に図星を突かれ顔を赤くしてしまう。
今まで洋モノに興味は無かったが、あれは別格だ。
「まぁ、気持ちはわかる。リリィちゃんかわいいからな。この店の看板娘さ。俺も嫁がいなきゃ間違いなく口説いてるぜ」
おっさん嫁いんのかよ。
おっさんは数枚の紙幣を俺に寄越す。
「2万ぺルクある。しばらくはこれで生活してくれ。あまり無駄遣いはしないようなにな」
ぺルク。
どうやらこの国、世界の通貨の様だ。
渡させた紙幣には禿げたじじいやちょび髭の親父の肖像画が印刷されいる。
この国の昔の偉人かなにかだろう。
礼を言いながらそれを、ポケットに無造作にしまい込む。
本当におっさんには何から何まで世話になりっぱなしだ。
しばらくして料理が運ばれてきた。
大きいウインナーに、大量のポテト。これでもかという量のマスタードを添えて。
別の皿にはキャベツの漬物?らしきものが山盛りにされてる。
まさに海外の酒場といったメニュー。
さあ、食べようという言葉を合図に料理に手を付ける。
ウインナーはシャ○エッセンのように皮がパリッとしてる感じでもなく、まさに肉詰めという感じ。
現世のものよりかなりハーブが効いてる。
ポテトはそのまま塩味で茹でただけのようだ。
口に入れる度に口中の水分を奪われ、砂漠にいる気分が味わえる。
このキャベツの漬物は…酸っぱい。
ザワークラウトというやつか?クセが強いが悪くない。
少し遅れて、パンが運ばれてくる。
早速口に運ぶと、あまりの硬さに吐き出しそうになる。
俺の軟弱な顎では飲み込むのにもひと苦労だ。
「で、どう?何か思い出した?」
おっさんは硬いパンをもろともせず頬張りながら聞いてくる。
俺は首を横に振る。
「そうか。ま、慌てても仕方ない。これからどうするんだい?」
「と、とりあえず…、何か思い出せるかもしれないので町の中を見て回ろうかと思います」
思い出すも何もないので適当に答えた。
「そうだな。あ、一応この町の中を歩き回るのは自由だが、町の外には出ないでくれな。どうしても出たい場合は一声かけてくれ」
出る気などないが何故だ。
まさか…。
「そ、それは…」
「それは、町の外はモンスターがうようよしてるからですか?」
おっさんは快調に進めていたフォークの動きを止め、呆然とした表情でこちらを見る。
な、なんだ?何か変なこと言ったか?
「その…。モンスターってのはウルフや野犬のことをいっているのか?」
「…ではなくて、こうスライムとかドラゴン…とか」
「ナイト……。頭を強く打っちまったのか?変なモンでも視えちまってるのか?」
これは…。そういう事なのか。
いやでも異世界だぞ?モンスターやら魔王やらいてナンボじゃないのか。
でも、この反応はそういうことなのか…。
いい機会だ色々聞いておくか。